2100.5.19 太姫籠窟
タイミングよく通信が来る。俺はパムホの画面を確認すると一つ頷き、パムホを最大サイズにまで拡張して、八太士にかざして見せた。とたん、うめき声をあげる彼らだ。画面には、山の洞穴の前で、ニコニコと手を振る彼の姿が映し出されていた。俺は畳み掛ける。
「このとおり御前様のお住まいを押さえた。手出しされたくなくばこちらの要求を飲め。念のため教えるが、この者、山の一つくらい簡単に潰すぞ」
「お、おう――」「なんたる――」「まことか――」「無念――」
御前様とは八太士の裏ボス、太姫様のことだ。ちなみに、さらに真のボスというのがいて、それが神犬八太。
山の洞穴とは、現世では“太姫籠窟”の名で知られる、ボスお二方の御住居なのであった。
そしてその前に立つ彼とは当然、わが全幅の信頼を寄せるS級ケイバー。チームのトップエース。伊予ヶ岳山頂から飛び立ち、軽々と大回りを果たし――
未知の危機のなか、敢然と籠窟を直に押さえてのけた立役者――アキラだったんである。
コイツがそこに到達した時点で、すべてが終わってしまった、ということだった。
そう――
「ぬぬ……致し方なし!」
八太士が白旗をあげ、ここに最終バトルはあっけなく幕を閉じたんである。
「二人のボスとやらの姿が、見えませんが……」
ことの進展になんとも釈然としない爬虫類の表情で、トノが囁いてくる。
「今回のダンジョンはライン長25.4km。じつは、この程度なら、俺らが全速を出せば半日もかからず走破できる。そんなサイズなんです。そんな容量だったから、ラスボス級のパーソンを、ぜんぴまろ様ふくめて9体創るので、精一杯だったんでしょう。それが証拠に、ぜんぴまろ様は子供仕様だ」
「なるほど……」とりあえずは納得顔をつくる。
俺は笑いをこらえるのに一苦労だった。トノ、まさかこれで終了とか思ってないよね?
ちょっと思い出してくれよ。
俺は、要求を飲め、て言ったんだよ!「――ウププ」
もう我慢できなかった。爆発しそうな満面の笑み顔で、俺は八太士に声をかけたのだ。
「おおし! じゃあ皆で“相撲”をとろうぜ!」
言い終わるが早いか突っ込んで行ったのだった――
前襟を掴んで腰に乗せぶん投げる! すかさず次を内股で崩し、瞬間、後転させる。流れのままにお次は大外刈り――!
急な展開に目を白黒させてた大男八人衆――
そこまで来たらさすが八太士、反応する。至極うれしそうに微笑を「ニィィィ……」と顔一杯にまで広げ、肩を怒らせ掴みかかってくる!
「うふふ!」「猪口才な!」「ぬぬ、此奴めィ!」「目にもの見せてくれるわ!」「かかってこい!」
「――おうッ!!!」
そこからはもう、楽しい時間の始まりだったのさ! 俺はかいくぐり、受け流し、掴んだ瞬間重心移動! 嘘のように盛大に投げ飛ばす! 大回転! マッスルムキムキ大男、ドシン! 痛快! なんたる快感! 押されたら引き、引かれたら進み、来たら掴み、退かれたら離し、捕まれたらすかさず巻き込み、崩し、吊り上げ、つんのめらせ、反り返られたらそのまんま、勢いのまま回転技にしとめてしまう――どどんッ!
「おおう!」「こやつ!」「意外や意外」「すばしっこいぞ――!」
俺は、自身の顔の筋肉が、不遜につり上がるのを自覚する。ニヤリ。
――そうさ!
たとえ千の刀に斬り掛かれようとも、きっと全てを躱してみせる!
見よ! 力を凌ぐ技の働き――!
どっこいしょ~~ッ!「アハハハハハハ――!!!」
目を丸くさせ、はじめは唖然としていた外野席、このころにはヤンヤの喝采をあげはじめている。そのうち辛抱たまらなくなったのだろう、本職のヨコヅナと主役のトノが、顔を上気させ鼻息を荒くさせ、真打ち登場とばかりにのっしのっしと参戦してくる。おお、目にも見よ! 音に聞け! チーム・ニコリの誇る大型戦士二人の乱入で、場は大いに盛り上がり、盛り上がり――なかば狂乱の宴にへと燃え上がるのだ!
ついにはエマとぜんぴまろ様、画面のアキラを置いて、なんとマーチやミラまでもが興奮して飛び込んで来て――
それぞれ太江親兵衛と太坂毛野に、(もちろん手心を加えてもらいながら)相手をしてもらう。
「あははっ!?」「きゃははっ!」「がっはっはっは――!!!」
全員土まみれ、ほこりだらけ――!
存分に、十分に――
双方、大満足の時間を過ごしたんであった。
――!
「では今度は、こちらから挑ませてもらおうかいの?」
荒い息の中、太塚信乃が声をかけてくる。お互いにマックスやりあったという充足感に満ちた空気のなか、全員、地面に腰を下ろし、心から相手を認めつつの、ひとときのことだった。
だから、なんでも聞く心だった。
「おお……どうぞ……」でもさすがに息絶えだえな俺サマである(笑)。体を動かすのはもう勘弁だ。
信乃は快活に笑った。「心配無用、今度は頭じゃ。智慧比べを所望いたす」
そう言うと彼は、八太士全員から、かの、超有名な“仁義八行”の霊玉を集めた。
『仁』『義』『礼』『智』『忠』『信』『孝』『悌』
それぞれ、一文字を浮かび上がらせた、ピンポン球よりか少し小さい、美しい水晶の珠。傷や病気の治癒を早める力を持っている、とされている。
信乃はその珠の上に手をかざすと、なんの力か、文字を消してみせたのだった。そしてこちらを見る。
「どうじゃ、新しく文字を入れてみぬか? できるかな?」
ニッコリと、しかし十分に挑発的に、顔を笑みさせたのだ。
「文字は、どのように書き入れたらいいのかな?」
「珠の表面を、指で筆順すればよい」
「なるほど」
俺は余裕の笑みだった。答は、智慧比べの言葉にすでにあったからだ。
俺は、リーダーとして、メンバーの一人に頭を下げたのだった。
「お願いします……」
その者とは――当然この方しかいない――ぜんぴまろ様は、ようやく出番がきたかと完爾とされ、進み出る。そう来たか、と唸り、苦笑する八体の面々だった。そんな中、一つひとつ、小僧様が指でなぞったのが、かの超有名な七文字だ。
『南』『無』『妙』『法』『蓮』『華』『経』……
そしてこちらに顔を向ける。「残る一つは、其方が書き入れよ……」
今度こそ自分にとっての智慧比べだったろう。俺は進み出たのだった。
たちまち残りのメンバーからヤジめいたアイデアが飛び交った。真っ先に口を切ったのがマーチで、「“宝”でどうすか?」俺は苦笑してしまうのだった。おいおい、玉に宝って、アホ丸出しだぞ。しかしながらそれが呼び水となり、いかにも軽い口が皆から出る。これはマーチの手柄だった。
エマは、「ここは“美”しかあるまい」いかにも、らしくて、ごもっとも。微笑する。
画面のアキラは、もどかしげに「“愛”」と叫ぶ。これも、なるほどと、思うのだ。
「“友”」とやっとのことで声に出したのが、真っ赤な顔のミラだった。微笑む。アキラに引き摺られて勇気を出したんだろう。本当は“恋”と言いたかったに違いない。
「“救”」を提案したのはなんとヨコヅナだった。シリアスな顔をしている。彼の場合、てっきり“力”かと思ったが――なるほどその字も、彼にはアリだったのだろう。
ここまで来たら逃げられない(笑)。彼を面白げに、かつ期待して見やると、トノは、苦笑まじりに、
「“初”……初心忘るべからず」と、無難に体を躱してのけたのだった。さすがだ、アハハ!
「お前ら、日本人なら究極の一字があるだろうが?」
そして皆の注目を集める中、書き入れたのが、「“和”を以て貴しとなす」であり、これをもって完全にラスボス戦は完了したのだった。
まいった、とばかりに頭に手をやる太塚信乃だ。今はまた、元の仁義八行の文字に戻った球を皮袋にいれて、俺に放って寄越す。「くれてやろう……それと」
自分の腰から彼の代名詞とでもいうべき宝剣村雨丸を取り外すと、これもまた、俺に手渡してくるのだ。「受けてくれ」
俺はもう、口を結び、神妙に授かるしかなかったんであった。
信乃は満足げにほほ笑む。
「力あり、智慧あり。お主は不思議だの」
別れの言葉だった。残りが続く。
「愉快じゃった!」
「旅人よ――」
「みんなよ――」
「遠慮無用じゃ!」
「いつでも来い」
「人に遊んでもらえぬなら、我らがいくらでも相手しようぞ」
「人は恐いからの!」
豪快に笑い声をあげつつ、彼らは――
八人の英雄達は――
その要素の融合が、崩れていく。
肉体は砂に変わり――
本体であった、(よく観光公園などにある、記念写真用の)マスコット人形が、現れる。
着物、羽織、袴などの八体分の衣装がひとそろい、バサリと地に落ちて。
手渡された村雨丸以外の武具は、鉄鉱石などの土に還り――
核をなしていた、八匹の白い子犬が現れて、ワンと鳴き、どこかへと駆けていく。
風が吹き、砂を飛ばし、衣を飛ばし、人形はガランゴロンと斜面を転がり――
ああ、無情――
何もなくなっていく――
ほんとうに、ラスボス戦は、終演したのだった。
ぜんぴまろ様が合掌をしている――
ぜんぴまろ様がニコリと、最後の挨拶をなされたのだった。手の宝剣に目をやり、
「拙僧が“ラスボス”の際は、遠慮のぅその御刀にて、この首を刎ねるがよい」
と宣うのだ。俺は恐縮するしかなかった。
「――ははっ!」
「ただし……」ここで僧は、まったく真逆にほほ笑まれたのであった。
「“成人したあかつきの身共”は、おそらく“雷”を自在に操れると思われるぞよ。注意してな……」
あはははははは……、といかにも子供らしく楽しげに笑い、そして――
同様に、砂に、マスコット人形に、衣服に、元の要素にへと……還っていく。
コアになっていた、黄金に光る蒸気の塊が上昇し、空に拡散して――
これにて――
ほんとうに、旅のラスボス戦は、終演したのだった。
俺は、そして皆も、両手を合わせて黙祷する。幼名・ぜんぴまろ様こそ、のちの――
日本の宗教界の一角をなす、宗派の宗祖。
現在の千葉県鴨川市に生を受けた――
日蓮上人、その人なのであった。
俺らは合掌をし続けている――
参考「南総里見八犬伝の登場人物」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%B7%8F%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D%E3%81%AE%E7%99%BB%E5%A0%B4%E4%BA%BA%E7%89%A9




