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2100.5.19 伊予ヶ岳

 食事を済ませたのち、速やかに出発した。

 ゴール(浦賀水道の“渚”)は近いのでそんなに慌てなくてもいいのだが、今は初心者(ゲスト)を受け入れている。そのサポートがあるし、何よりゴール前に立ち塞がっているはずのラスボスとの一戦がどれだけかかるか分からない。時間的余裕は、あるに越したことはない。


 空は昨日から引き続き、爽やかな快晴だった。まるで宇宙まで透き通るかという青空で――

 目を戻せば、東西に走る県道89号の道のりは、鮮やかな緑の薫風に吹き洗われている。俺たちは恵まれている。俺はたまらず、

「うーん……」

 小さく唸ってしまったのだった。


 遠方の地の空気に酔う。これぞ旅か――


 思考する。

 現世(リアル)における旅の二大問題、“資金”と“時間”が、ここでは解決されている。

 昔は、同時に両方叶えることはほぼ無理だった、と伝え聞く。貧乏なまま出立(しゅったつ)するか、または年取ってから求め始めるか。幸運にしてどちらもあったとしても、人生の一時期、限定されたそのタイミングを逃してしまえば、もう一生、心からの旅ができなくなるのだとも言われていたらしい。そんなのに比べたら、このダンジョンは、旅人にとっては理想郷と言えるんじゃないかと思えるのだ。


 振り向く。

 ぜんぴまろ様には予備のケイバー装備を着けてもらっている。アキラ、エマという、ウチの綺麗どころ(かつスーパー実力者)に世話させているが、お陰でぜんぴまろ様、今や大分慣れてきたみたい。ときに明るい光のような笑い声をあげられていて、旅を心から楽しんでくれているご様子だった。


 am9:00。南北に走る県道88号と交差する地点に到達した。そこから約100mの降下(ディセンド)で、第一目標地点に到着。

 道路右手に、その目印たる白い石材の鳥居があった。平群天神社(へぐりてんじんしゃ)、その入り口だった。

 祀っているのは、かの菅原路真(すがわらのみちざね)公。おっかない神様ではあるが、エマに顔を向けると彼女は首を振り、その主祭神の不在を報告する。

 神様は他行(たぎょう)中らしい。なにしろ()()()は作戦の要だったから、運が良かったと俺らはホッと息をついたのだった。


 鳥居越しに眺めた。正面の山。空に(とんが)っている岩峰が、伊予ヶ岳(いよがたけ)・南峰(約330m)である。千葉県下で唯一「岳」の字を頂いている山であり、房総の“マッターホルン”とも謳われている。その異名にふさわしく、硬そうな岩肌の牙を、天に剥き出しにしていたのだった。

 頂上からの眺望は、さぞかし見応えがあるに違いない。


 ……もしかして?

 たった330m。盛ることなしに、この登山口(標高60m)から計れば、たったの270m。

 なんだ、大仰な――

 ――そう思われる方もいるかもしれん。

 だけど、一度見に行けばいいと思うんだ。そしたら分かるから。近づくにつれて山肌が急激に立ち上がっていて、“壁”に難儀させられるのは確実だから。


 ミラが、子供のような物欲しげな顔つきで、こちらにチラチラとした視線をくれてくる。

 冒険してみたいのだろう。あの特徴的な天辺から、空中に飛び立ってみたいのだろう。わかる。

 だが残念ながら山頂は、場所的にわずかにゾーンアウトしている。ラスボス戦が近い中、レベル下級者にアウト行動を許せる余裕はない。

「……進むぞ」

 俺はキチッと声に出した。

「0920、作戦行動開始だ」


 緩んだ気持ちを皆の中から追い払う。俺自身も気を引き締めて、

「目標、富山(とみさん)!」

 ラスボスが待っているであろう、西に聳えるその山に、チームを導くのだった。

挿絵(By みてみん)

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