note 世界すくみ
位置エネルギー的に直上の世界人の言葉に、逆らい難い気持ちになってしまう現象を、“すくみ”と呼ぶ。
直上の世界人に、真っ正面から話しかけられる。または、強く名前込みで話しかけられると、その“呪い”に、どうしようもなく掛かってしまう。うっかりすると、いつの間にか相手に無抵抗に従っている自分に気付くことになる。そして、それを不思議とも不満とも思わないのだ。
まるで洗脳のようだが、幸い中毒性はない。そうだね――
簡単に、ジャンケンをイメージしてくれたらいい。一つの手は、他の、一方の手に絶対的に負けないし、他方の手には絶対的に勝てない。この“三すくみ”の、手が多くなったバージョンだという認識で合っている。
すくみの“呪い”に意志強固に逆らえば、体調不良などの不運に見舞われる。と噂されている。俄には信じられないオカルトじみた話だが、それを肯定する多数の報告があるのは事実である。
すくみは、続きの2世界間にしか当て嵌まらない。順番を飛ばした世界間ではこのような現象は発生しない。
だからチームに於いては、命令、強い指示、個人的依頼などは、一個以上世界をとばしたメンバーにすることで、指示の正統性、公平性のマネジメントができた。
俺の場合は、一個とばしのマーチだな。コイツには何かと言いやすい。内心ありがたく思っているよ。(笑)
このどうしようもない“呪い”だが、限定されてはいるが、じつは対向手段が存在する。偶然みつかった代物で、それはある薬材であった。それを塗布したパッチを首筋に張ることで、すくみの催眠効果を打ち破ることができた。
今のところ、
κ→α
の一例しか存在しなく、これはκパッチと呼称されている。
(違法移民による増え続ける一方の“すくみ”犯罪、という現実があり、その対処のために最優先で開発された)
これは大いに人々に希望を与えたものだが、今のところ他世界間で有効な物品は見つかっていない。
さて。
ここで“すくみ”について、より具体的な、しかも赤面な体験談を記そうと思う。
2100.5.18……。新たにトノがチームに加わった時のことだ。
歓迎ケイビングでの夜。宴会時にこの話題が出たのだった。
初心者でλ人たる彼が、酔いも手伝ったのだろう、うっかりにも程があることに、リーダーで直下の下位世界人たるこの俺に、真っ正面から、悪気ない戯れの言葉を口にしてしまったのだ。
「――信じられないですね? じゃあ、実際に隣の人にキスして見せてくださいよ、ショウ(大笑)」
俺も笑いながら自然に応じていたのだった。
「おおし! ミコ、俺のキスを受けて回せ!」
棚からボタ餅(?)。アキラは降って湧いた、まったく交通事故のような信じられない突然の幸運に、顔をまるで月薔薇のように美しく輝かせ、それはそれは幸せそうに目をつむり俺の唇を受けとめたのだった。
そして次の瞬間、何の疑問も抱かずに、これも心臓ドキドキさせながら待ち構えていた顔まっ赤なマーチに、命令して、キスをして、以下じゅんぐりに――
愛嬌は満点だがハッキリ不細工なヨコヅナの、迫力ある分厚い唇のベーゼを平然と真っ向から受けとめたエマが――
さすがアネゴ。
エマは意思も強固にこの呪いに抗い、直下のトノに、キス代わりのデコピンをくれてのけ――
その指を痛めてしまうという、ある意味最高のオチをつけたのだった。
その後。
顔まっ赤な全員に責め立てられて、トノが平謝りしたことは言うまでもない。




