note ダンジョン (7)フジ・エンジン
富士山の円柱は、“フジ・エンジン”、あるいは単に“エンジン”、と呼称されることになる。
さて。エンジンとは、どういうことなのか?
実は、αからκまでの10世界は、互いに、位置エネルギーの差異があったのだった。
α世界の空間に置かれた物体は、回路を開くことにより、β世界の同一座標に“落下”するのだ。
そしてβ世界からγ世界へ、γからδへと、次々に落下する。αからγへショートカットすることはなく、あくまで2世界間を順に滑らかに運動し、それの連続で最後にαに落ちてきて、循環する。すなわち永久に落ち続けるのであった。
平行世界間の落下エネルギーは、巨大ブラックホールさえはるかにしのぐ、と噂されている。
ただし、同位置であるから、このままでは運動をコントロールできない。あの400kmの“シリンダー”は、同位置だというポイントとポイントの“間”に無理矢理ねじ込んだ、エネルギーを汲み出すための人造の空間で、それの向きを垂直方向としているのは、システム起動時に地球重力を補助的に利用するため。そしてこの落体の速度が無限に加速しないのは、誰かが実際に、そこからエネルギーを汲み出している証拠、と考えられたのであった。
以下は推測である。
フジ・エンジン。
無数にある平行世界を俯瞰し、自由に組み合わすことの出来る“高次世界人”により敷設されたエネルギーシステム。
その高次世界も無数にあると考えられ、さらに上の“超越次元世界”へ進むべく創られた動力装置、なのであろう。
2098年10月。η、θ、ι、κが切り離され、新たにλと取り替えられたことはご承知の通りである。
言わば、10気筒エンジンから7気筒エンジンへの改造である。もちろん効率化を考えてのことだろう。おかげで、サイクルは60秒から42秒に。ステージの傾斜は36°から約51.4°へと、恐ろしく急峻なものに変わってしまった。
フジ・エンジン。
“誰か”のはなはだ利己的なモノではあるが、これのお陰で俺らの文化の交流、技術の発展、知見や友情の、じつに格段たる広がりを見いだせたことは無視できない。――嗚呼! 失われてしまった4世界よ!
円柱側面に導線を圧接することにより、無償で際限なく電力も取り出せた。今では円柱下部をぐるりとスカート状に、ご大層な汲電施設が建てられてもいる。既存の発電所千基分(限界不明)にあたるこのシステムは愛称・盗電所と呼ばれ、もはや日本、ひいては地球になくてはならぬものになっている。
今となって恐ろしいことは、このエンジンが――
いつまで俺らの世界に存在してくれるのか、誰にも答えられない、ということだった。




