第1話 横断歩道の白線から足をふみはずしてはいけない
1-1 横断歩道の白線から足をふみはずしてはいけない
「おはよう、やみこ」
「……おはよう」
朝。
二人の女子中学生が、横断歩道の前であいさつをかわす。
先に声をかけた女の子は、うつむき加減な友人の顔をのぞきこんだ。
「朝からテンション低いね。もうちょっと元気だしなよ」
「でも私、血圧低いし……ここまで歩いてくるだけでやっとだし……」
信号が青になり、横断歩道を渡り始める二人。
「私も血圧低いから起きるのつらいけど――あ、ココア飲むとけっこう目が覚めるよ。試してみたら」
「効き目ない。たぶん、効き目ない。飲んだとしても血圧上がらない。私、ふつうの人より血圧低いし。っていうか私、血圧ないし」
「血圧なかったら死んじゃうよ……」
「でも私、ここに住み始めてから――あっ」
「どうしたの?」
「……白線から足をふみはずした」
「白線――ああ、これ。横断歩道の」
「ダメだ……死んじゃった……。もう帰る」
「えっ、ちょ、ちょっと、やみこ!」
1-2 黒い猫に横切られたら呪われる
「だめだよ、やみこ。ちゃんと学校いかなきゃ」
「でも私、死んじゃったし……」
「いや、死んでないってば」
横断歩道を渡りながら、苦笑する友人。
だがやみこは、こわばったままの顔でつぶやいた。
「今日は渡れたからいいけど……渡れなかったら私、死んでいたから」
「そんなことで死なないよ……。あんまり死ぬ死ぬっていうの、よくないよ。ほら、もうすぐ学校」
そのとき、軒先から黒猫が現れ、二人の前を横切った。
「あっ」
「えっ」
「……黒猫に横切られた」
「ええと、や、やみこ?」
「ダメだ……いま学校に行ったら、不吉なことが……」
その場で頭を抱え出すやみこ。
「それ迷信だよ、やみこ。大丈夫だから」
「ううん。そんなことない。きっと学校のクツ箱に呪いがかけられていて、フタをあけた瞬間、私は黒猫になっちゃって、それからの一生をネコとして過ごすことになるの。そんな私の姿をみて、代わりに私そっくりに変身した黒猫はほくそえみながら、私になりきって人間として生活する……」
「想像力ふくらませすぎだよ、やみこ」
「ダメだ。私、もう帰る」
「あっ、やみこ!」
1-3 くつひもが切れたら不吉
「だからダメだって……学校行こうよ」
なんとかやみこを引き戻す友人。
そしてずるずると友人に引きずられるやみこ。
「私、黒猫になっちゃうから……私、黒猫になっちゃうから……」
「やみこ、なんでもいいから私に全体重あずけるのやめて……自立歩行して……」
そのとき、やみこが自分の足元に気づく。
「あっ」
「えっ?」
「くつひもが……」
やみこが履いていた右足のスニーカーのひもがほどけていた。
「足をひきずるからでしょ……。いいかげん、立ってよやみこ」
「くつひもが切れた……」
「――あの、やみこ。まさか『不吉なことが』とか言い出すんじゃないよね」
「……やっぱりダメだ。私、今日は学校に行っちゃダメなんだ。だってくつひもが切れた」
「落ち着いてやみこ。くつひもは切れたんじゃなくて、ただほどけただけだから。ほら、よく見てよ」
「――――ひもの端の繊維が0.5ミリくらい切れてる」
「えっ」
「もうダメ。帰る」
「やみこー!」