level.6 〈闇のモノ〉 してんのう が あらわれた!!
突然ですが……イタタタタッ!
あたっ、ぎゃあっ、にゃにゃにゃー!
しーん。
む、胸が! 私のムネがああ! オネガイ誰か気付いてっ。
しーん(沈黙音。実際にはありません)。
足アシッ、緊張で足つったッ!
マジで、これはジョーダンじゃなく!
「それにしても」
私のふくらはぎッ……おおイタイタ。
あ、沈黙が破られましたぞ。
「今回の〈新悪代官サマ〉は、恐ろしいほどにお美しい。まさかこんな“オジョーサマ”が、我々を束ねる存在になろうとは思いもしませんでしたぞ」
「先代が偉大過ぎた、っちゅうことは、ある。あのお方は、オイたちの中で、今もしっかり生きちょるけん」
先代……六十六代目の、とてもビックだった“グレイト・ブギョー”
〈かつての悪代官サマ〉のことでございましょうか?
〈マのモノ〉すべてに惜しまれつつ、深い眠りに就かれました。
その〈かつての悪代官サマ〉が居られました、
この空間のスケールのデカさは、もはや私のような小者には
理解の及ばぬ未知のゾーンにございます。
ふと思ってしまったがウンの尽き。『 NEZUMI 』を
シャカシャカ動かしたところでカーソル位置は元のまま。
電源ボタンを長押しするよりフリーズした私を救う手立てはありません。
我が社が、
なにに代えても守らなければならない最大の“ド本丸”――
まるで深淵なる虚無のような、この偉大過ぎる【悪代官サマの間】の
真ん中で『第一回〈マのモノ〉重役ミーティング』が
盛大に開催中でございます。
本社まで、遠路はるばるご足労いただいたお歴々は誰もが知るところの、
名だたる歴戦の猛者ばかり。
〈ニンゲン〉どものエース・〈光のモノ〉に対し
我々〈マのモノ〉のエース社員は〈闇のモノ〉と呼びたたえられ
こちらも絶大なる支持と尊敬を集めております。
「いやはや、その美貌であれば、どんなに血気盛んな〈光のモノ〉も、略奪行為も破壊行為も忘れ、ただただ〈新悪代官サマ〉にひれ伏すでしょうな」
アッハッハハ、と笑い声が高らかに、この広大な空間にこだまします。
重苦しい沈黙を破った豪胆な、いつも“無敵状態”のこのお方は、
本社である【地獄の城塞】がある地点より南東に六十六カイリ離れた
【無人のムの野】支店の支店長ですな。
ムジンのムノノ……舌を噛みそうです。
「まるで《ホーンダック(鴨鹿)》のように、すらりと伸びたオミアシで、グリグリグリと『ヒカリモノ』を踏みつける。なんと爽快――間違えた。なんとサイアク! 想像するだけで、気分はとても『サイアク』でございますぞ」
真っ先に口火を切ったのは、
特別『要』警戒地区に選ばれております
【無人のムの野】支店を任される、なんと!!
勤続年数三十四年という、わずか三十四歳にして
激戦区で指揮を執る羨ましいほどの『超』エリート――
“ヴェロン支店長”にございます。
やはり尊大過ぎるその態度が
私のようなザコとは根本的に違っております。
ここで吐きだすのは皮肉。
しかし実際に〈光のモノ〉と対峙した場合、
得意の皮肉なんぞ、デキル男のシュミの範疇。
あの方が得意とするのは
よく動きそうなそのお口から容赦なく吐き出される、
すべてを無に帰す『冥界の業火』にござい。
「そうですな。私も一度は〈新悪代官サマ〉に踏まれてみたいと思います」
とやはり、ここで飛び出すのは皮肉。
しかしちょっと同感であります。
というか賛成ッ!
あの『超』キケンな快感をもう一度ハアハア……
どうか、すらりと伸びたそのオミアシでェ!
「口を慎めヴェロン」
若い支店長をいなすのは、すごく知的なインテリ美女。
「お前の発言は我々、女型の〈マのモノ〉すべてを不快にさせる。お前も誰かの上に立つモノなら、もっと慎重に言葉を選ぶべきだ。何度も同じことを言わせるな」
ふえええ。
こちらはデキル女。
勤続年数四十四年の
こちらも若手の〈マのモノ〉を代表する『超』エリート――
キャリアウーマンの“モーリング支店長”にございます。
口を開くなり、女型の〈マのモノ〉を代表する重いお言葉。
男型の〈マのモノ〉を代表しまして
ゴメンナサイと反省するよりありません。
〈闇のモノ〉とたたえられるお方は歴史に数あれど、このお方ほど
女型・男型の双方に慕われる〈マのモノ〉はおりますまい。
と、勝手に私が断言しますぞ!
「本気に受け取らないでいただきたい。あなたはいつもガードが固すぎます。そのように常に完璧では、誰も本気で支えてはくれませんよ」
「お前の口から出たモノは、その瞬間からお前のモノではない。受け取る相手によってお前の価値が決まる……そうだな。今のところお前は、私にとってサイアク――いや、これ以上ないくらいに『爽快』といったところだな」
こちらはやはりインテリジェンス。
ああ言えばこう返す。
返す言葉のひとつひとつに、美しいトゲがありますな。
あの『邪悪度メーター(非売品)』が簡単に振り切れてしまう
ヴェロン支店長でさえ、このお方にかかればカワイイボウヤ
といったカンジ。なにを言ったところで
聡明な彼女の手のひらでコロコロにございます。
「あらゆる攻撃は、私の前に意味をなさない」
鉄壁を誇るモーリング支店長ならではの格言ですな。
彼女が任されるのは、こちらもやはり最前線――
本社から南西に四百四十四カイリ離れた地点にある
【迷いのマの森】支店にございます。
長らく、しかばねだらけのジュクジュクしい肥沃な大地は
〈ニンゲン〉どもにとって宝の山に映るそうで
ノドから手が出るほど欲しい万能資源『 Pow 』が、
無尽蔵に埋積されていると〈ニンゲン〉どもの間で噂されております。
頼まれもしないのに等間隔で派遣されてくる
『ヒカリモノ』の絶え間ない執拗な攻撃を日夜受け
そして彼女の才能でなんとか死守している、といった予断ならぬ、
こちらはひっ迫した状況。
前任者が眠りに就いてからというもの……
彼女の気苦労は絶えないご様子。
「ふっ。イキがって小僧どもが。少しは黙っちょけ」
おっと。
これは勤続年数が二百三十三年の、いわば中堅クラス――
ルバロバ支店長が申されます。
「おまんらが言うんは、オイにとっちゃ、ただのガキの遊びじゃ」
長らく我が社の惨状を見てきた功労者の重い発言ですな。
個人的なことを申しますが、
私はあのお方の、ズバリドンピシャな年代ですゆえ。
お気持ちはよく分かります。
「あのヒカリモノが、ただのひとりの女型に、ひれ伏すワケなかァ。おまんらは、アイツらの一部を知っとるだけじゃ」
「ほう。それは聞き捨てなりませんね」
食って掛かるは、やはり血気盛んなヴェロン支店長にござい。
「私が任されております【無人のムの野】支店は、まだ一度も〈ニンゲン〉どもの蛮行を許したことはありませんぞ」
「知った風に、一人前の口を聞くんじゃなか。おまんが支店長になったんは、ついこの前じゃろうが。まだ毛の生えないガキじゃお前は」
そうなのでございます。
勤続年数が長い――私のようなデスクワークを主とするモノを除外して、
長らく戦列に居りながら、それだけの勤続年数を誇るということは
なによりの有能社員の証明なのでございます。
「ワシが任されちょうのは、おんしらと違って前線の中の最前線――〈光のモノ〉を数多く輩出しちょる、ヤツらの『聖地』とも言うべき【アンゾルゴンのア大灯台】支店よ。ここをワシは、先代が倒れてからもずっと〈ニンゲン〉の手から守っちょる」
【アンゾルゴンのア大灯台】地区は
恐ろしく善良な〈ニンゲン〉がなぜか多い。
決まって歴代の悪代官サマを眠りに就かせる逸材は、
なぜか……本当に……本ッ当に不思議なことに……
この“小規模地区の出身者”に、極端に限定されております。
ですから小さな島国でありながら、
それだけに重い責任がのしかかる
【アンゾルゴンのア大灯台】支店長のルバロバ殿は特別に、
出そうなクイは“必ず討つ主義”なのでございます。
ア、ですぞ“ア”。アンゾルゴンの“ア”を忘れずに。
「それは浅はかと言うもの。モーリング支店長の言葉を拝借しますと、それで先輩の価値が決まりますよ。撤回しなくてよろしいのですか?」
「なにがァ、浅はかっちゅうんか。ワシをナメちゃら、タダじゃ済まんぞ、おまん」
と、
やはり『超』重要地区を任される大幹部に食って掛かるは
コワイモノ知らず、イケイケの前途『超』洋々の若手社員。
「それでは申し上げます。ヤツらの初期レベルは低過ぎる。ご経験豊富な先輩にかかると、まるで赤子の手をひねるような、簡単な業務にございましょう。一切の侵略を許さないのは当然の摂理にございます。違いますか? しかし我ら――『第四の大陸』を任されているモノは、その条件が根本から異なっております。憎らしいアヤツらは……比較できないくらい最初から強い。なぜ強い〈マのモノ〉が、私の周りにばかり配備されるか、先輩はご存じでしょうか?」
ほうほう。なぜかしらん。
「イチバンに潰さなくてはならないのは、遥かに遠い未来の障害――つまり『聖地』などではなく、本社のお膝元の、つまり我々――『第四の大陸』すべての領土なのです。あなた方は、さほど重要な存在とは思われて」
「ヴェロン。口を慎め、二回目だ」
お互いにツーン。
ヴェロン支店長とモーリング支店長、
おとなり同士でベクトルが反対方向を示しております。
絶対に混じり合わない水と油。
そして若い〈マのモノ〉の旗手であり、本社防衛の双璧を成す
重要なポストに就かれるお二方でもあります。
しかし現場たたき上げの中堅社員のルバロバ支店長にとっては
どちらも大して変わらない印象をお持ちのご様子……。
どちらもスキあらば、グングン勝手に飛び出るクイ。
若手潰しに定評のあるルバロバ支店長としては
とっても打ちたそうにしておりますぞッ。
は、張り裂けんばかりに重苦しい!
「でェ、他に言いたいことは」
おおーッ。
ひとりでパチパチ。
しーん。またも、しーん(沈黙音。実際にはありません)
のキツイ時間がやってまいりました。
やはり、このお方の前では誰もが、しーん。日本語でシーンであります。
「わざわざァ、遠路はるばる〈マのモノ〉を代表する顔が集まったのは、我らの今後の身の振りを検討する、重要な会議のためではなかったかえ」
その容貌――まさに亀。しかしサイズが違い過ぎます。
《アダマンタイン(鰐象亀)》という恐るべき外殻の硬度を誇る
陸に生息する大亀がおります。
たったの一言で場を完全に制圧してしまう老獪――まさにソレ。
しかし先ほど申し上げた通りの
『超』ビックなグレイト巨大亀にございます。
このお方が〈新悪代官サマ〉と呼ばれたところで誰もが納得の貫録。
あのオーダーメイド王座をスッポリ覆い隠すほどであります。
「自己紹介はいらんかい」
してくれるんですか?
えっ、マジすか?
そりゃ嬉しい限りでございます!
さすが長老、分かってらっしゃるノリがイイ!
では……。
うおっほん。張り切ってドォゾ!
「ふぉっふぉっふぉ。これもファンサービスじゃ。こういう時間を、ワシは大切にしておるからのう。ワシは『第三の大陸』という、この世界でもっとも広大な大陸の、すべてを任されておる。肩書きは【豊穣のジョーの湖】支店の支店長じゃ」
うんうん。ホウじゃなくてジョーかい。
「まあそれくらいかの」
ズッ(こける私)。
「それでワシは……ええとォ……ワシの名前は……」
おお。フリですな。
さすがはエンターテイナー。
じゃあノリノリで。
あなたのお名前ナンテェーノ!
「はて、なんじゃったっけ?」
さすがは我らが長老、ジョーダンに聞こえません。
時間がないので続きをドーゾ。
「ワシは、“アダマちゃん”じゃ」
よかった本当にボケてなくて――ッて違う。
イヤイヤ断じて違いますぞッ。
ご老体の意識は確かであります!
世界最大の大陸を任されます〈マのモノ〉界の重鎮は健在でございます!
ここはマジで否定、ヘタに発言すると株価が下がる!
これぞ本物のボケだ(キリッ)。
「アハハンハ~ァ。アダマちゃんは今日もゆくぅ~♪♪」
得意のヘタクソ鼻歌交じりで、
こっちの気も知らずゴキゲンよさそうです。
本日のため、せっせとご用意した椅子も、もちろん特別仕様にござい。
というか座っておりません。
こちらの不手際ではなくて、カラダの構造上の問題ですな。
例えるなら、まるでお盆の上に乗せられたカメ……うおっほん!
口が過ぎました。
「オイ秘書ォ、もっと拡大されたコピィはないんか? コワッパどもの、コヤツラにはちょうどええかもしれんが、ワシには小さくて資料がよく見えん。こんな細かい字でェ、なにを書いておるのかサッパリじゃ」
よくぞ言ってくれました。どうぞご心配なく。
「《リトル・ウィッチ》殿。コレを」
すると傍に控えておりました、あの《リトル・ウィッチ》、
私の声を聞いてススス……と音もなく駆け寄って
そっと差し出す丸めた拡大コピィを肩に担ぎ、
それを大急ぎでアダマちゃんの前でサッと広げます。おみごと。
「まだよく見えんがァ」
「《リトル・ウィッチ》殿。コレを」
するとあの《リトル・ウィッチ》、
拡大コピィを広げていた手をパッと離し、ススス……とまた音もなく
寄ってきて、私が差し出すデッカイ老眼鏡を両肩に担ぎ上げます。
「ん? なんじゃい」
少しずつ少しずつ《リトル・ウィッチ》、
ゆっくりゆっくりアダマちゃんに向かっていきます。
ソレもう少しッ、あと少しッ。
がんばれがんばれゴールはソコだ!
おっとっと。
さあ、さあさあ――
徐々に賑やかになってまいりました。
やはり我ら〈マのモノ〉は、こうでなくてはなりません。
しーん、は必要ありましぇん。
ヤレソレソレソレと
【悪代官サマの間】で自然発生的に始まるは景気のイイ大合唱。
がんばる《リトル・ウィッチ》を応援するのは
『超』重量級『超』巨大扉を開閉させる、力自慢の社員たち。
派手に太鼓を打ち鳴らし、熱気を団扇で煽りますぅ。
オマツリ大好き《ミートキャット》も
オトメちゃんの《ビックフット》も、
ハイそちらサマも、あちらサマもハイ!
皆でコールを合わせましてェ……
ヤレヤレソレソレ、ワッショイワッショイ!!
「おお。こりゃええわい」
ぬうううッと、デッカイ甲羅からブットイ首を伸ばすアダマちゃん。
ハッ、とそこで気が付いた《リトル・ウィッチ》、
プルプル震える二ノ腕をようやく伸ばして
老眼鏡をなんとか掛けますな。
イイカンジ、とってもイイカンジ!
そのまま、どうかそのままポージング!
切り取ったそのシーン、大衆受けする題名を付けるとしたら
『オジイチャンとねこ娘。そして大勢の〈マのモノ〉たち』。
ちょ、ちょっと写メして素材にさせて!
「……疲れた。オジョーチャン、ちょっとトイレ。メガネ外してくれる?」
なんとここでェ、まさかまさかの突然のハーフタイム要求だあッ。
しかしこいつァ、まったく予想外の展開だあ。
さっきの感動を返してくれ!
そしてブログ用にまだ撮れてない。
プリーズ・マイハート!
プリーズ・ユアーピクチャー!
《リトル・ウィッチ》に付き添われるようにアダマちゃん、
のしのしとフリーダムに地響きをとどろかせてフェードアウト・なう。
なんて自由人……。
このご老体を本気で叱れる人を、たった今勝手に募集しますぞ。
ようやく出そろった我が社のエース・〈闇のモノ〉四天王。
しかし相変わらず、どなたサマも個性的ですな。
私、少しだけ心配になってまいりました。
頼りの綱である〈新悪代官サマ〉も相変わらずオシャベリしませんし。
それだけに威圧感はやけにあります。
続きはCMのあとで。
自動販売機でジュース買ってきます。