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悪代官サマ と ユカイな仲マたち  作者: 中田 春
【 地獄の城塞 】序編
2/82

level.1  まがまが しい すとーりー の はじまり。

〈マのモノ〉は、がんばるモノが大好きです。

「さぞや無念だったでしょう、〈かつての悪代官サマ〉……」



 あの()ッくき〈光のモノ〉どもの

 恐ろしく善良なる毒牙にかかり

 唯一にして絶対だった六十六代目の我が主が

 【地獄の城塞】の最深層にて深い眠りに就いて幾星霜――

 永遠にも思えるほどの

 我ら〈マのモノ〉が耐え忍ぶ『冬の時代』は過ぎ、

 善意がはびこる世界はまた

 いつかの心地よい暗黒の風が、ひっそりと吹き始めるのでした。










 ドクンドクン!と、規則的に脈打つデコボコの床。

 そしてネチョネチョの、ちょっと刺激を加えるだけで、

 まるで洪水のように粘液を分泌し続けるクサイ壁……。


 

 ――ああッ! なあんて、マガマガしいんだ!



 これほど悪意に満ちた場所は、この空間を置いて存在しないでしょう。

 なんとも陰気で邪悪なオーラ……やっぱり落ち着く。

 まるで自分が生まれた故郷のような、そんな気がいたします。



「オイ」

「はっ」



 サッと、素早く我に返ります私。


「泣きながら、目の前で笑うんじゃねェ。このオレサマの正確無比な、悪魔のように太い手先が狂ゥじゃねえか」



 そう言って、いつものヨコシマな視線を私に向けるのは、

 この【サルトン実験室】の主――もちろん、サルトン博士にございます。



「ミリ単位の誤差も許されねえ、今は『超』繊細な作業中だ。そのヘンテコなテメエの奇妙なマモノヅラで〈マのモノ〉のジュクジュクしい明日を導く、オレサマのサイアクな仕事を邪魔するんじゃねェ。新しく造り変えるぞコノヤロウ」



 コノヤロウ、バカヤロウと、口を開けば決まって猛毒を吐くこの博士、

 こう見えて〈マのモノ〉製造の、偉大なる悪才にございます。

 ちまたでは『合成のサルトン』の異名を取るとか、取らないとか。

 その辺は、ボヤーッと曖昧に。



 トレードマークであるボロボロの白衣から覗き見える

 この灰色のジュクジュクしい腐りかけの皮膚が、

 博士が辿ったであろう過酷な歳月を想像させますな、ハイ。

 もう誰の手にも負えない(というか触りたくない)

 すんごく恐ろしい〈マのモノ〉に間違いございません。



「お、お許しください博士! どうか……どうか造り変えるのだけはご勘弁を! しかし今の私は、これ以上ないくらいユウウツで……これから始まる『マガマガしいストーリー』を想像するだけで、表情が勝手に緩んでしまうのですゥ!」

「かああッ、だらしのねえヤツめ。なんだその締まりのねェツラは。これだから最近の〈マのモノ〉は……って、グチグチ好き放題に言われるんじゃねェか。テメエらを造ったオレサマの顔を少しは立てろッてんだ、この親不孝の〈マのモノ〉が。テメエの身体の造りは貧弱でも頭の脳ミソは、もっとギュウギュウに詰めたはずだぞ」



 そして博士は、私に向けていた注意をそれきり手元に戻します。

 繊細な動作でシャーレに培養した紫色の粘液を、

 ほんの少しだけスポイトに吸い上げますな。



 色がなんともジュクジュクジュク……


 化学的かつ生物的な、キケンな匂いがプンプンします。

 今度の実験では、どんな〈マのモノ〉が誕生するのでございましょう。



「ところでテメエ、呑気にここで『アブラ』売ってイイ身分なのか」

「『アブラ』……? それは……どんな恐ろしい武器ですか……?」

「〈ニンゲン〉のタトエだ、バカヤロウ! このスットコドッコイのゴクツブシ! キビキビ働かねェと、たったの三分間でメタボな体型にプチ改造しちまうぞ」

「ええーーッ! じゃあそれで私も、ね、ねんがんの第二形態にぃ!」

「そうじゃねェ。そんな不景気なツラしたボスが居てたまるか」


 ザンネン。


「それよりテメエに任された『召還の儀』は滞りなく、平穏無事に進行してるんだろうなァ!」



 すると博士の、悪魔のような太い手先でチョコンとつまむスポイトから、

 あらぬところへ数滴の雫がポタポタポタ……。

 恐ろしいほどの硬度を誇る《アダマンタイン》の甲羅から削り出された

 特注の実験テーブルに垂れた紫色の液体は、シュウウウウ、と

 なんだかヤバそうな効果音を立てまして、

 一筋の黒煙がスルスルと昇っていきます。



「ご心配には及びませんぞ! 【悪代官サマの間】は時間が経つごとにマガマガしさがジュクジュク増していて、守備力がペーパーのように薄っぺらい私では、近づくことすら困難なほど! こりゃもう〈ニンゲン〉どもが絶望に包まれる姿が」

「……やっちまった。坊主、これをキレイに手早く拭け。反応が始まると面倒だ」



 ポコポコと、実験テーブルに広がった液体が泡立ち始めます。

 少し経つと無数の白い斑点模様が浮いてきて、黒い斑点が中央に寄ります。

 そして目玉が無尽蔵に生まれます。

 そこからは果てしない増殖が繰り返されますな。

 サルトン博士の助手を務める私には、これから始まるヤバイ状況が

 手に取るように分かっちゃうのでございます。



 〈ニンゲン〉どもに一撃で倒される〈マのモノ〉……《スライム》。

 命儚き最弱の〈マのモノ〉、《スライム》。

 量産される悲哀の〈マのモノ〉、それが《スライム》。



 きっと彼らも、ここで私に拭き取られるのは本望ではないはず。

 


 だが……約束しましょう同胞よ。

 お前の仇は、いつか必ず(誰かが)取るッ!


 だからこれ以上、ポコポコ生まれないで。


「オラ急げ」


 もはや一刻の猶予もございません。

 とにかくできる限り早く、実験テーブルにこぼれ落ちた『ベトベトしたモノ』を

 一滴残らず処理しないと――





「お、おお、おおお、お出でになられますぞォォォォ!」




 な、なにぃ!


「やはり実験室でしたかサルトン博士! 遂に、遂に我らの主が降臨なされ――ッて、いつものように〈マのモノ〉製造など呑気にしている場合ですか。すぐに【悪代官サマの間】まで大至急お越しください!」

「それどころじゃねェ。オイ坊主、とっととキレイにしろ。モタモタしてッと、完全に手が付けられなくなる」



 と、その時、ムキムキの《リザードマン》が開け放ったドアの向こう側から、

 さらに大きくなった歓声がワイワイ・ザワザワ・ガヤガヤと響いてまいります。



「おっと、こうしちゃいられない! とにかく参りますぞ、サルトン博士。後片づけは、そこのモノに任せて」

「混ぜるんじゃないぞ坊主! そのパープル種は、データの取れてない希少種なんだからな! どんな変異を遂げるか分かったもんじゃ――」



 そうしてサルトン博士は補足情報もそこそこに

 《リザードマン》のムキムキの太い腕に引きずられるように

 【サルトン実験室】を出て行きます。

 



 この私を残して。

 『召還の儀式』のすべてを任された、はずの私を残して。

 もう用済みになった私を、こんなジュクジュクしい場所に置きざりにして。



「はっ!」



 またも素早く我に返ります私。

 しかし、先ほどとは明らかに違う点が……?



 痛いくらいに背中をグリグリ圧迫してくるのは、生命の危機を感じさせるほど、

 そりゃあ尋常じゃない、ただならぬ殺気にございました。



「なななななあッ! お……お前は誰だッ、ゼンッゼン弱そうじゃないぞ……」



 ザザザザッと、急速にうねりを上げる紫色の《???(巨大粘液)》!

 か弱い私に覆いかぶさるように、ヤツは『↑』へ向かって伸びる伸び~るッ! 

 一時代前に大流行した、まるでどこかの国のアイスのよう。

 きっと味はグレープだ。



「ハナシが……いや、設定が完全に崩壊しとる……」



 こちらの状況などお構いなし。

 完全に閉め切られた【サルトン実験室】のドアの向こう側から

 歓喜に沸く〈マのモノ〉たちの楽しげな声がしてまいります。



「〈新悪代官サマ〉のォ、おなぁーーりーーー」



 こんな時に……な、なんてイマイマしいんだ……。



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