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三回目のきのう  作者: おだアール


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[起] 二回目のきのう

三回目のきのう


   [起] 二回目のきのう



 さて、いまからぼくの体験談を聞いてもらうことになるんだけど、実はこの話、ちょっとややこしくて、ぼく自身ですら、どこから話をすればよいのか、よくわかっていない。

 事件のはじまりは――、たぶんきのう。正確には二回目のきのう。えっ、二回目ってなんのこと、って? ほら、やっぱりいきなりややこしくなってしまっただろ。

 まあとにかく、話を聞いてよ。少しずつわかってくれると思うから。


 きのうは日曜日、ぼくは朝から家でゴロゴロしていた。

 二学期が始まって五日。まだ夏休みぼけが抜けないっていうか、からだがだるくて、どうも、しゃきっとしていないんだよね。夏休みの終わりに、自由研究とか読書感想文とか絵日記とか算数ドリルとか……、最後の追い込みでなんとか片づけたんだけど、そのときの疲れがまだ残ってる、そんな感じ。まあ先生もわかってくれてて、「みんな、夏休み気分抜けないでしょ。当分、宿題は出さないから安心してね」って言ってくれてるし、もうちょっとだけ、のんびり過ごしてもいいんじゃないの、なんて、思っていた。

 リビングでぼけーっと、アニメ見たり、マンガ読んだり、テレビゲームやったり。ほあーって、何度もあくびしていたと思う。

 お昼ごはん食べたあと、おとうさんに怒られてさ。「ケンジ、家でだらだらしてないで、外行ってこい」なんてね。しかたなく「緑の森公園」にでも行くかと家を出たんだよ。

 緑の森公園というのは、町で一番大きな公園だ。森があるし川があるし、池も芝生もある。ブランコやシーソーのような、ちっちゃい子用の遊具もあるけど、人気はなんといってもロッククライミング。垂直の壁をのぼっていくって、結構おもしろいんだから。

 公園には、ものすごく広い広場もある。広い広場って変な言い方だって? じゃ原っぱって言うことにしよう。ともかくそこは、バレーボールやったり、たこ揚げしたり、歌や太鼓の練習したりと、みんなが憩いのひとときを過ごせる場所だ。もちろん、のんびり寝転がってる人や、お弁当食べてる人もいる。そんな場所だ。


 外に出ると、めちゃくちゃ暑かった。頭の上から太陽が攻撃してくる。なんとか光線ってやつ。じっとしてても、じわーっと汗がにじみ出てくる。夏休みは終わったけど、まだ夏。空には、わた菓子みたいな真っ白な雲が、それこそ、ぽかっ、ぽかって、あちこちに浮かんでいた。

「おとなだけ涼しい家の中で過ごしてさ。こどもは追い出すなんて」

 ぼくは、ぶつくさ言いながら公園までの道を歩いていた。田んぼの稲はぼくの身長ぐらいに伸びて、その上をトンボの集団が飛び回っている。麦わら帽子をかぶったかかしと目が合った。かかしも暑いよーってうったえてるみたい。

 公園に行けば木陰はあるし、なにかしら遊ぶことはできる。ひょっとして、タケシかミツオがサッカーやってるかも。もしやってれば仲間に入れてもらえればいい。そんなことを思って、ぼくは公園に向かっていた。


 公園までは歩いて十分ほどだけど、途中、とてもごちゃごちゃした道路を通らなければならない。道の両側にいろんな商店が軒を連ねている。スーパーとか本屋さんとかレストランとかカラオケボックスとか。ただでさえ人通りが多いのに、看板が歩道にでんと置いてあったりするので、ほんと歩きにくいって感じ。ベビーカー押した人とすれ違うときは、車道に出てゆずんなきゃなんないし、車道は車道で自動車やバイクがひっきりなしに行き来している。大きい自動車同士がすれ違うときは、歩道に乗り上げてくることもある。

 自動車は通行禁止にして歩行者専用の道路にしたらいいのに、なんて意見もあるみたいだけど、先に抜ける道はこれしかないので、そうもいかないらしい。この道さえ抜けると、車も少なくて広い道に出るんだけどね。


 なにも起こりそうもない、ごく普通の日曜日だった。けど、大きなできごというものは、えてしてこういうときに起こるもの、まさにきのうがそんな日だった。

 ぼくは、そのごちゃごちゃした道を歩いていた。途中、電気屋さんの前で、幼稚園ぐらいの男の子がしゃがんで店の中をのぞいている。奥のテレビで「ハリキリレンジャー」やってるみたい。いま、ちっちゃいこどもに人気の番組だ。男の子は音も聞こえてこない遠くのテレビをながめていた。

 少し先の洋服店の前で、同じクラスのミナが立っているのが見えた。ショーウィンドウの中をのぞいて、うらやましそうな顔をしている。なんで女の子ってファッションなんかに興味あるんだろうね。服なんていまのぼくみたいに、Tシャツと半ズボンがあれば十分なのに。

 ミナはタロを連れていた。タロはミナの家で飼われている柴犬、なかなかりりしい顔つきをしている。人に慣れていて、ぼくにも、いつもしっぽを振って寄ってくる、そんな犬だ。

 ミナはタロになにやら話しかけた。たぶん、「どう、あの服、とってもかわいいと思わない」とかなんとか、そんなこと話したんだと思うけど、タロにそんなことわかるはずもない。タロは退屈そうに大きなあくびしたあと、ぼくの方を見た。

「ミナちゃーん」

 ぼくは声をかけた。ミナがこっちを見る。

 近寄っていって、公園行くの? って聞こうとしたときのこと。タロが、いきなりぼくにほえてきたのだ。ぼくになついているはずなのに、歯をむいて、ウーッ、ワンワン、って感じ。ぼくはびっくりして、思わず立ち止まった。

「タロ! どうしたの」とミナ。

 タロはぼくにだんだん近づいてくる。グルルルッ、ワンワンワン、ってほえながら。

「タロ、やめなさいって言ってるでしょ」

 ミナは両手でタロの首ひもを引っぱっている。けど、逆にミナの方が引きずられている。タロのからだはミナよりずっと小さい。なのに、ミナを引きずるほどの力で向かってくる。タロは明らかに普通じゃなかった。

 タロはますますぼくに近づいてくる。ワワン、ワンワン、タロの鋭い歯がサメのように見えた。ぼくはこわくなった。後ろを振り返って来た道を引き返そうとした。


 そのときだ。ぼくの目の前に、トラックが迫ってくるのが見えた。チラッと一瞬だけだったけど、ぼくははっきりと見た。トラックの運転手は携帯電話に気を取られて、前を見ていなかった。

 トラックがぼくに向かってくる。突然のことで、ぼくはその場に立ち止まってしまった。

 このあとに起こったことを、ぼくは鮮明に覚えている。ほんの数秒のことだと思うけど、何分もの時間がたったような感じ。そう、スローモーションのように記憶に残っているのだ。

 トラックは車道から歩道に乗り上げてきた。車体がぐらっと揺れた。運転手が顔をあげた。座席に携帯電話を放り投げる。両手でハンドルをつかんだ。ぼくと目があった。引きつった顔。なにか叫んだ。

 キーッ、かん高い音がした。トラックのバンパーが迫ってくる。あと五メートル。ぼくは駆けだした。トラックのすぐ前を横切るように。必死だった。ぼくのからだがバンパーの前を横切るのが早いか、バンパーにぶち当てられてしまうのが早いか、速度の勝負。あと二メートル、上半身がトラックの横に抜け出す。思い切りジャンプした。あと一メートル、バンパーが右足に迫る。足首がバンパーにあたった。けれど、コツンと軽く。

 ぼくのからだは歩道に転がった。間一髪で、はねられずにすんだのだ。ぼくはすぐに振り返った。トラックの行き先を見た。そのときだ。キャーッ、という悲鳴を聞いた。


 トラックはタロの横をすり抜け、ミナをはねたあと、洋服店のショーウィンドウに追突したのだ。ガッシャーン、と激しい音がした。中のマネキンがぐらっと揺れた。

 運転手があわてて下りてくる。ぼくのおとうさんぐらいの男の人。運転手はミナに駆け寄った。

「ごっ、ごめん、ごめん。大丈夫かい?」

 ミナは歩道に丸まって倒れていた。顔をしかめて足首を押さえている。おとなの人がいっぱい集まってきた。

「なんだなんだ、どうなったんだ」

「女の子、はねられたって」

「大丈夫? どこ、痛いのどこ?」

「頭、打たなかったか」

「救急車呼んで、だれか、救急車」

「警察もよ」

「ちょっと、あんた、運転手? なにしてたのよ」

 洋服店からおじさんが飛び出してきた。ミナに声をかける。ミナは何度もうなずいた。立ち上がろうとしても立ち上がれない様子。おじさんはミナを抱きかかえて店の中に入っていった。運転手もあとをついていった。

「ぼく、大丈夫だった?」

 見上げると、どこかのおばさんがぼくを見ていた。

「はい、平気です。ぼくの方は」

 ぼくは立ち上がってぴょんぴょんとその場ではねた。おばさんはその様子を見て、安心したようにうなずいた。

 ふと横を見た。タロがいる。悲しそうな目でぼくを見て、クーンと泣いた。もうぼくをおそってくる様子はない。さっきまでのむき出しの敵意はなんだったんだろって感じ。ぼくはタロを連れて、洋服店の前に行った。中で店のおじさんと運転手がしきりにソファの方に語りかけている。ここからは見えないけど、ミナがソファに寝かされているのだ。


 救急車がやってきた。だれかが洋服店の方を指さした。救急隊員はすぐに店に入っていった。店のおじさんが隊員に話している。ソファの背もたれの上にミナの背中が見えた。ミナ、起き上がれるみたい。それを見て、ぼくはほっとした。隊員は、ミナに話しかけながら頭や手足の様子を確かめている。ミナは首を横に振った。隊員はミナを担架に乗せて洋服店を出てきた。ぼくはミナと目があった。ミナは痛いのをがまんしてるって顔してた。大丈夫って声かけようとしたけどできなかった。ミナは救急車に乗せられた。

 パトカーがやってきた。救急隊員は警察官に少し話をしたあと、すぐに救急車に乗り込んでサイレンを鳴らして去っていった。タロが救急車の方を見て、また、クーンと泣いた。

 警察官が運転手にいろいろたずねている。道路にチョークでマークを書いたり写真を撮ったり。ぼくも事情を聞かれて、事故のときの様子を説明した。

 しばらくの間、現場は人や車でごった返していた。「前から、あぶないあぶない、と思ってたのよねえ、この道」、「そうそう、やっぱり自動車は通行禁止にしなくちゃ」なんてやじうまがしゃべっている。タロは、ぼくの横でずっとおとなしく座っていた。騒ぎが一段落してから、ぼくはタロをミナの家に連れて行った。その間もタロはずっとおとなしかった。


 結局、ミナのけがは、右足の骨折ということだったらしい。あとになって聞いたことだけど、事故のことを知ったミナのおかあさん、病院に駆けつけて、ギプスはめられているミナの姿を見て、泣いて抱きしめたんだって。

「ミナちゃん、かわいそうだったけど、足の骨折っただけですんだんだから、不幸中の幸いだったかもよ」

 夕食のとき、おかあさんがぼくに言った。

「あの道、本当にあぶないんだから……。ケンジも気をつけなさいよ」

「うん……」と答えたけど、ぼくは別のことが気になっていた。なんで、タロのやつ、ぼくにおそいかかってきたんだろう。あいつ、ぼくになついてるんじゃなかったのか。あいつがぼくにおそいかかってきたせいで、ミナが交通事故にあったんじゃないか。

 そうだ。ミナがけがしたのって、タロのせいだ。ぼくは、そんなことを考えていた。


(つづく)


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