魔王というもの
「ふはははっははっはははははは……げほッ、げほげほ」
「あー、駄目ですよ魔王様!そこは胸を反らして高慢な感じでお願いしますッ!!」
陶酔したように駄目出しを出す側近に新魔王は思う、どうしてこうなった。
蹴飛ばしても無駄だ。こいつら全員「次は私に!!」なんぞと背中向けてくるに決まっている。
せめて無能だとかこちらを馬鹿にしているとかなら処分も出来るのに、有能な上にこう見えても忠実で忠誠を捧げているのが分かっているせいで、下手に処分も出来やしない。
内心深い深い溜息をつく魔王であった。
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魔王とは魔族の象徴たる存在であるが、一定以上の力も必須だ。
その力は他の魔族と比べ明らかに突出している、と断言出来るレベル。
だが、当然だが、そんな者がそうホイホイと出てくる訳がなく、此度の魔王も前から千年近い月日が流れてようやっと出現したのだった。
「……ふう」
すっきりと片付いている卓上の書類を魔王は取り上げる。
そこには「政治」「経済」「諜報」「勇者」などの文字が並んでいる。その中から一番上にあるからと「政治」を選べば瞬時に展開した結界魔法が魔王と世界を遮断し、安全を確保した上で多数の書類が出現する。そこから、更に必要な情報を魔法で検索し、手にする。
そこから上がってくるのは完璧にこなされた仕事の内容。
魔族というのは魔王という存在に対して極めて忠誠心が高い。これは別段そういう教育を受けたとかではなく、酔うのだ。力や魔力という個別のものに対してではなく、魔王という一個のある種完成された存在に。例えるのは難しいが、魔王はある種の麻薬や酒として機能するのだ。
結果として、魔王が魔王である限り、魔族達はあんな変な態度をとる事になる。
「……昔はそんな事なかったのだがな」
ポツリと自らの部屋の一室で溜息を魔王はつく。
先代魔王の頃は純粋に統治力や戦闘力に対して敬服し、けれど下克上を目指す魔族もいたという。
なのに、何故今の自分の頃にはこんなになってしまっているのか!
……嘆きたくなる気持ちは当然だが、実は原因ははっきりしている。
魔族は長年、彼らのトップである魔王を頂く事がなかった。
結果として、各地でそれなり以上の力を持つ者達が代表という形で集まる合議制を取っていた。当初はえらい数が集まったらしいが最終的に最大で十名となり、それを超える場合は十名になるまで殺しあいという名の決闘だった、らしい。
しかし、当然だがかつてのままでは魔族はすぐに混乱に陥る。
下克上を認めるのは単体で数百の上位の魔族を圧倒する魔王の統治体制の頃はどうせ倒せないのだから良かったが、この極端なまでの差がない状況では折角十大合議の代表が決まっても、一月後には半分以上が入れ替わるなんて事が起きたりする。
さすがにそれではまともに合議制も機能しない。如何に魔族が優れているとはいえ、人との戦線がなくなった訳ではないのだ。
結果として、まず奇襲暗殺は下種のする事として、討ち取ってもむしろ魔族の恥と看做される風潮が作られる事になった。
これで大分マシになったが、結果として正面から挑むのが魔族の当然になっていった。いわゆる突撃バカの出現である。
次にある程度メンバーを固定する為に十大合議の全魔族の力を束ねて放つ事で、ある種の結界場を完成させた。
これによって魔族は十大合議の場に干渉するのは困難になった。
内容的には抹殺してしまうのは魔族の矜持が許さない為に敵対意識や対抗意識などを持った際にある種の幸福感をもたらすものが完成させられた。
この後者の結界が問題だった。
次第にこの結果場は拡張され、当初は魔都(魔族の首都)とその周辺だったものが今では魔族の領域には大体展開している。
この結果として、ようやっと魔族はある程度の一つにまとまったのだから決して悪くはなかったと言える。事実魔族が人族らとの戦争を続けてこれたのも十大合議による戦略がきちんと働いていたからだ。
普通の「何時か俺も」と目指す程度ならば軽い興奮を覚える程度。
麻薬レベルのヤバイ発動には多大な魔力と余程の強い感情が必要だった……そして、魔王が出現した際、残念な事にそれは成立してしまったのである。
現在の魔王は先代より更に上回る魔力の保持者だ。
最も先代より強いのかと言われるとそうとも言えない。オールラウンダーの先代に対して、より魔術師よりなのが今代の魔王だと考えてもらえば分かりやすいだろう。近接戦闘においては先代より明らかに劣る。
で、その魔力が玉座を通して結界場に流れた結果……。
「最早完全に麻薬の域となってしまうとは……」
特に中心部に近い魔都の周辺は酷く、完全にハイでアレな状態になってしまった。
今はある程度落ち着いてきたものの、余りの結果に当初魔王は結界場の破壊も考えた程だ。
ちなみに自分の退位は考えていない。
権力がどうこうではなく、魔王の退位という規定が全く、何も、僅かな痕跡すらなく存在していない為だ。先代の頃は魔族の風潮自体が「強い者が正義!」みたいな所があり、結果として魔王が倒れるとしたら誰かもっと強い奴に殺された時、みたいな感覚だったのだ。
ところが、千年近い月日が流れる間に魔族も変わった。
変わったが、魔王がずっと存在しなかったせいで、そっちの法基盤は何も整備されていなかった。
ではどうやって魔王が決まったかといえば、魔族に代々受け継がれてきた宝物『選王の宝玉』による。
魔王の素質を持った者が生まれた時点で淡く輝きを始め、それが魔王となった時赤光でもって対象を示す……いや、元々はただ単にバトルジャンキーが強い奴を探す為の代物だったのだが、何時の間にかそうなっていたというべきか、誰も由来を忘れた結果というか……。
まあ、実際問題として先代魔王にある程度以上迫った実力を持たないと表示されないので完全に間違っている訳ではない。
ちなみに、ある程度以上強くないと真っ当な戦いになる訳がなく、且つ大本の基準が最後の正式所有者であった先代魔王になっているだけである。
お陰で、先代魔王から見てもそれなり以上の実力者でないと魔王に表示されない訳だが、そんな事は正式所有者以外に分かる訳がない。
今では単なる「魔王選出の為のアイテム」としか認識されていなかったりする……魔族って長生きは可能だが、実はなまじ下克上だったせいで、情報の途絶も多かったのだ、特に先代魔王が亡くなった当時は。
とにかく選出はそういうアイテムのお陰で出来た。
後ろ盾も新しい魔王は十大議会の一角を占める実力者の孫であった為に問題なく、選出後は魔王として一定教育を受けた後就任。祖父はそれに伴い相談役に退いた。
ただし、祖父や当人の意志に関係なしに、退位という選択肢はなかった。
なので、現魔王は自動的に選ばれた挙句、「辞める事は出来ません」みたいな状況になっている訳だ。
せめて、結果陣を壊せば、多少はマシになるんじゃないかと思ったが、魔王がいない時期が長すぎた。
魔王がいない時はこの結界陣である程度魔族を制御しないと混乱が酷い事になる。
かといって、一時停止させようにも、基準となる陣に注ぎ足し、おまけでつけ、タコ足配線のぐっちゃぐちゃになっているせいで某ゴルディオスの結び目みたいな有様になっている。かといってそっちのように剣で糸自体を叩き斬る訳にはいかない。そんな事をしたら壊れてしまう。
もし、万が一自分の代で終わらなかった時を考え、再利用も考慮しておかないといけないのに壊してしまっては元も子もない。
「世の中上手くいかぬものだ……」
こうなれば何とか力を抑えていくしかない。
そう思い、深い溜息をついた時だった。
「む……?入れ」
扉がノックされた。
入室許可を求める声は大臣の一人だ。だが、先ほどから感知している気配は複数……それもいずれもよく知った気配……。
扉を開け、挨拶の上入ってきた者は三名。
いずれも先に記した十大合議のメンバー達だ。魔王正式就任に伴い祖父以外に高齢を理由に相談役へと引退した二名を除き、七名がそのままスライドしている。
各自がそれぞれ以前担当していた部署を担当しており、こうして複数でやってくる事は稀……というか間違いなく面倒事だ。
「……何があった?」
全員が厳しい顔をしている。
さすがに彼らは結界陣の事を知っており、特殊なアイテムで精神を守っている為(そのままだと彼らだって影響を受けるからだ、結界陣発動させてるのは自分だけじゃなく他の魔族も混じってるから!!)麻薬でアッパー状態になっているという事はない。
「一つは喜ばしい話です。エルフ族の抵抗拠点となっていた国境地帯のクラルの森の陥落に成功しました」
「そうか」
クラルの森は割合小さな森なのだが、エルフ族の最前線として半ば要塞と化し、小競り合いは長年慢性的に続いていた。
魔王が正式就任した後も各地から増援を迎え、森そのものを要害と化してのゲリラ戦術が繰り広げられていた。厄介だったのはこの森と森のエルフ達も魔族の子供達が山菜などを採りに来るのは妨げていなかった事だ。この森は近隣の弱い魔族達にとっては同時に大事な森の恵みを受ける地であり、そうした村はエルフと協定を結び、採り過ぎない事を条件に採取を認められていた。何せ、エルフの部隊が駐留している為に危険な動物はまずいない。安心して山菜や枯れ木の採取が出来た訳だ。
一方のエルフ達にとっても別に単なる同情からそれを認めていた訳ではない。
彼らが最も怖れていたのは炎によって森を焼き払われる事だった。だが、その森が近隣の戦に関係ない魔族達にとっては大事な食料供給地となっていればどうか?そうなれば、魔族も下手に焼き払ってしまう訳にはいかなくなる。強い者が上に立つのが基本とはいえ、上に立つ者は同時に一定以下の弱者を守る事を求められるのが魔族だからだ。
故に魔王出現後も、ある意味暗黙のルールの定められた状況下で戦いが繰り広げられていた。
最終的には魔族の森林戦を得意とする部隊を少しずつエルフ側に気づかれぬよう送り込み、純粋な数で五倍の部隊による波状攻撃がかけられる事になっていた。
どうやら作戦は上手くいったようだ。
「一つは、という事は後は良くない話か。ああ、まず座れ。……ではより悪くない方から聞かせてくれ」
「はい、ではそちらに関してはこちらから……勇者のパーティに関して重要な情報が掴めました」
ほう、と身を乗り出す。
勇者、先代魔王を討ち取った者達。
魔王の出現は勇者の出現でもある。故に魔族は魔王出現が確定した後、勇者の特定に全力を注いできた。願わくば勇者が勇者足りえる前に殲滅出来るように。
人族が魔族の領域で生きるには外見が邪魔になる。
だが、魔族はごく少数ながら人族に外見を似せる事が可能な者がいる。
魔法では見破られる危険があるが、生来の能力ならば変身維持に魔力を発しない事からその危険性は低い(魔力を単純に持っているだけならばエルフらを含めた人族にも多数いる為、魔法を行使しているかどうかが重要な点となる)。
無論、彼らは希少な少数民族であり、魔族にとっても諜報の要となる部隊だから危険を冒さないように慎重に、ではあったが。
残念ながら、人族もそれを察してはいたようで、多数のデマや囮を流し、正確な情報はなかなか掴めなかった。
「最もむしろ大々的に流しているようですが……かつての英雄を彼らは蘇らせたようです」
聞いてみれば、先代魔王を倒した古の大英雄を彼らは復活させたという。
剣姫クリソベリル。
あの大戦を生き延びたと伝えられる人族の伝説的存在。
とはいえ、蘇生魔法などというものは魔族にもない。そんなものがあれば当の昔に先代魔王を蘇らせている。
すなわち……。
「アンデッドか?」
「然様で。なりふりかまわず、といった感じですな、連中も。まあ、そちらに耳目を集中させる事で他の勇者一同の情報を隠すという意味合いも御座いましょうが」
だろうな、と魔王は頷いた。
潜入部隊は基本的にはあちらで掴んだ情報を幾つかのルートを用いて流すが、特殊な指示があった時以外は彼らが無理をしない範囲で掴んだ情報を流す事を徹底させられている。
当然、ある噂なり情報なりが氾濫すれば他の情報は流れにくくなる。
「……ただのアンデッドではあるまいな。厄介な事だ。より詳細を探れ。可能ならばその為の部隊潜入を許可する……で、最後はなんだ?」
「……こちらが制圧した敵の国境要害イスクードに周辺連合が反抗を仕掛けてまいりました。攻城戦が開始された由に御座います」
それは人族の側の反抗開始の合図。
すなわち、勇者とその一同が決まったという証。
自然と魔王の表情が厳しくなった。
一旦一本に絞った上でお話を進める事にしました
……うーん、完全なギャグは私は苦手なんだろうか……
残念よりはシリアス色が強くなったような…?