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死にぞこないの英雄  作者: 雷帝
過去編
5/9

他の人達:魔術師

今回はちと重めです

っていうか、じぇんじぇんコミカルじゃねい……

 「……最後に聞くけれど、魔法使いはどうなの?」


 彼は長命種族故、もしかしたらまだ生きているのではないのか?

 その問いに、けれどまだ前に残っていた法王も、ギルド秘書ガーネットも双方がどことなく気まずげな表情になった。

 疑念を持ちつつ、もしかして、と思い背後の王達を振り返るが、彼らもまた似通った表情を浮かべている。


 (何があったの?)


 一瞬、嫌な予感が走る。

 人というのは存外排他的な生き物だ。

 勇者という概念があれば怪物的な技量を見せても「さすが勇者だ!」という感嘆で済むだろうが、これがそういう前提がなければそうはいかない。

 考えてみても欲しい。

 容貌魁偉な巨漢がそれに相応しい豪腕で持って重装備に身を固めて雑兵をなぎ払う姿を見ても、皆頼りには思っても異常には思わないだろう。

 だが、彼女が先程模擬戦で見せたような真似をしてみせれば通常はどうか?事実、全く攻撃が通じない事に彼らの一部には彼女に恐怖を抱いていた者もいた。さすがに自分達の国の王が礼儀を払う相手に「化け物」呼ばわりは出来ないから黙っていたに過ぎない。と、同時に彼女のような女性だからこそありえる、それとは正反対のもの、「崇拝」の熱い視線を向ける者もいた。

 では、これが長命種の魔法であった場合はどうだろうか? 

 彼らの魔法は桁が違う。

 仕方ないと言えば仕方がない。元々、魔法使いのハイエルフという種族は人という種族より魔法的には優れた才能を持っている種族だし、知識的・技術的な研鑽、という意味合いでも長く生きる方が当然有利だ。真面目に勉強すれば、の話ではあるが。

 あの魔法バカの事だ。研鑽は怠るまい。

 となると、人外規模の魔法に更に拍車がかかったとしたら……。


 (怖れられても不思議じゃない)


 勇者の仲間。

 そのブランドがあれば普通は大丈夫だとは思うけれど、このような態度をされれば不安が……。

 そう思うと同時に後ろめたい、というよりは困った、という雰囲気だという事も気になる。


 「……一体何が?」


 悩んでも仕方がない。

 この際すっぱりと聞いてみる事にする。


 「……ええと、あの方はその、確かにご存命なのですが……」

 「ですが?」


 どうやらまだ生きているようだ。

 言いづらそうな印象も変わらない。


 「……実際に会われるのが一番分かりやすいかと思います」

 「……そうね、そのとおりだわ」


~~~


 「…………」

 「おんやあ?どちら様でしたかのう?」


 ……言いづらい訳だ。

 クリソベリルは納得せざるをえなかった。

 かつては若く自信に満ち溢れたどこか慢心気味の、けれども腕だけは確かな若者だった。

 

 (ふんっ!この程度の相手ぼくにかかれば!)


 あの頃の彼の声が頭よぎる。

 その大言壮語を、けれど大言壮語とさせなかったのは間違いなく彼の実力故、だった。

 さすがに魔王には直接攻撃系の魔法は効果がまともに発揮しなかったが、それならそれでと味方への援護、支援魔法を的確に飛ばしてくるだけの柔軟性を持っていた。

 若さに満ち溢れた彼は今では見るからに……そう、おとぎ話に出てくる老魔法使い、その典型とでも言えるような姿となっている。

 頭部は白髪に覆われ、豊かなヒゲもまた白。

 しわくちゃの顔は穏やかな雰囲気を漂わせ、その目は柔らかく垂れ、細められている。そこから感じる光もまた穏やかなものだ。かつてのガツガツとした雰囲気はどこにもない。老成した人生の先達と呼ぶべき姿だ……ただ……。


 「……クリソベリルよ、覚えてない、かしら?」  

 「……ん~……はて、どこぞで聞いたような……おお!」


 ポン、と手を叩いて嬉しそうな声で言う。


 「思い出したわい。あれは確か……はて、何時じゃったか?」

 「もうあれからだと千年近く前って聞いてるけど」

 「うむうむ、確かにそれぐらいになるのう……で、お前さん誰じゃったかの?」


 ……この調子だ。

 もうお分かりだろう。彼はすっかりボケ老人になっていた。

 ……ガーネットから聞いたのだが、魔術師スフェーンがこのような態度を見せ始めたのはここ数十年の事らしい。


 先の魔王との戦いでは随分とたくさんの知識と魔法が失われた。

 何せ、当時は魔王なんて存在、予想だにしていなかった。お陰で初期は対策が遅れに遅れ、ようやっと魔族の策謀とその背後の魔王の存在を把握した時には随分と各国とも疲弊していた。勇者という僅かな者に希望を託したのはそれしかなかったという事もある。

 この時、当時最も優れた魔法文化を誇っていた都市国家、その貯め込んだ知識と研究都市としての性質故に周辺国家からも独立した立場を得ていた地も滅んだ。

 そこに納められていた莫大な書物や記録結晶もその大半が失われた。

 事実、この目の前の魔術師スフェーンを始めとする本来偏屈者や閉じこもりの多かった連中がこぞって勇者に協力してくれたのも、そうした貴重な知識の破壊者としての側面を魔王と魔族が持っていたからだ。連中からすれば、人やその側に立つ者達の戦力を削る、という意味合いもあったのだろうけれど。

 魔王討伐後、知名度の問題でスフェーンが中心となって、生き残った魔術師や貴重な文献を収集し、或いは徴収し、或いは協力を要請し、魔法の復興を目指した。魔術師ギルドが成立したのもその過程の中で、それを行うのに各国の思惑とは離れた集中して管理する為の組織としての形が必要だったから、らしい。確かに、それは分かる。魔術師の組織をどこかの国が独占して抱え込めば、知識を我が物にする事が出来れば周辺の国家を圧する事も可能だろう。

 だが、それでは当然他の国は警戒し、その分余計に時間がかかる。

 かくして、スフェーンは冒険者ギルドと提携し、独自の組織を作り、魔法を復興させていった。今では魔術師ギルドは魔法を学ぶ為の組織として、それと同時にいずれの国にも公平な教育を与える事で独自性を維持している。無論、寄付金の多寡で多少の優遇は行うが、過剰な肩入れは魔術師ギルドも冒険者ギルドも行わず、各国としても下手に独占しようと手を出す事で二つのギルドを敵に回すと同時に、各国からの警戒を招く恐れがある事から中立の組織として両者を扱っている。

 そして、その中心には常にスフェーンがいた。

 私ことクリソベリルが倒れ、勇者ジャスパーが亡くなり、僧侶クンツァイトが老いて姿を消し、怪盗サーペンティンは誰にも勇者の一人と知られる事なく世界と歴史のいずこかへと姿をくらませた。その中で唯一残った魔王討伐の勇者一行の最後の生き残りとして、世界で最も優れた魔法の使い手として魔術師ギルドの長の一人であり続け、やがて組織の安定と共に相談役に身を引いたが、尚も敬意を払われる存在だった。


 そんなスフェーンがボケた。

 最初は些細な忘れっぽくなったというものだったが、段々悪化した。

 当然、誰もが慌てた。急ぎ、ハイエルフに連絡を取った結果、ハイエルフも数百年を生きると時折ボケる事があるのだと判明した。……どうも脳みそが限界を迎えるらしい。そして限界を迎えた時、ハイエルフの頭の中で何が起きるのか……必要な知識の保全だ。事実、スフェーンの場合、未だ魔法に関しては優れた才能は一向に衰える事はない。今も尚彼は孤高の世界最高峰の魔術師であり、こと魔法に関しては知識と知性にまったく衰えは見られない。

 事実、私の復活というかアンデッド化の儀式も彼が中心となって儀式を行ったそうだ。

 成る程、教会の聖系統魔法ではなく、魔術師の使う魔法……それならば蘇生とかそういうものではなく、アンデッド系となるはずだ。

 存在するとされる神……少なくとも超常の力を持った一般的に善とされる感覚を持つ何者かが存在する事は確実視されているが、その力を借りる聖系統魔法と呼ばれるのが教会の魔法だ。これに対して世界の理を解し、その法則を歪め、力を我が物とし放つのが魔術師の魔法。前者は癒しや予知に特化し、後者は攻撃や支援に特化している。聖系統魔法に他者を傷つける攻撃魔法は存在せず、魔術師系魔法に他者を回復させたり本来は知らぬ事を知るような魔法は存在しない(まあ読解系の魔法は後者の例外と言えなくもないが)。

 私の儀式に関しても千年近く前の死者蘇生にまで至れる聖系統魔法が存在しないか、扱える者がいなかったのに対し、アンデッド化ならば可能な使い手が魔術師にはいた。私がアンデッドとなったのはそういう事だ。

 ……逆に言えば、スフェーンは最早相手が誰か、アンデッド化が相手が望む事なのか、など考える事も思い出す事も出来ずただ請われて魔法を行使したのだろう。

 魔法の知識を現在も最優先で保持しているという事は逆に言えば、その分、かつての思い出、日常の記憶はどんどん破棄されているのだ……それでもこうして、ある程度まだ魔王討伐に関する事象を覚えているのは、それでも彼にとってはそれだけ大切な思い出だと認識しているのだろう。それが無意識であろうと、だ。

 だが……。

 のほほん、とお茶をのんびりと座る好々爺然としたその姿は、私の記憶の中のかつての彼とは一致しない。

 私の事すら、わざわざ名前を語り、一時的に記憶の奥底から引きずり出せても年月を思い返そうとするだけですぐに忘却してしまう。

 今の彼は……そう、言うなればただの魔法を使うだけの道具と化してしまっている。

 敬意は今も尚、払われ続けている。

 けれども、今、彼はこうして教会本神殿の奥で当人の自覚のなきまま監視されている……やむをえないのだ。今の彼は、スフェーンは例え魔族にでも願われればその魔法を人に対して振るうだろう。ある種の兵器、兵器はそれ自体ではなく扱う者によってどのように使われるかが決まる。

 一部ではスフェーン様の事を考えるならば、いっそ楽にしてさしあげるのが礼儀なのではないか、そんな意見もあったという。

 今ではそれが理解出来る私がいる。

 けれども……未だスフェーンにしか扱えない魔法は多々ある。スフェーンしか知らない魔法もまだまだある。

 ……それ故に彼はここにいる。今の生活を不自由とすら感じる事さえ出来ぬままに……。そんな彼を見るのが辛かった。


 「……行きましょう」

 「はい」


 ぼんやりと……その姿だけならば平和な象徴。暖かい日差しの中まどろみ、不自由なく暮らす老いた成功者。

 ……けれど、実態は……。

 もう会う事はないだろう、スフェーンは、あの魔術師はもう死んだのだと……そう告げる自分がいる。自分の中の彼と今の彼とが一致しない。姿が変わり、性格が変わり……彼の中にはもう私の事も微かにしか残ってはいない。そんな姿を見るのが辛く……私の後ろで静かに厚い扉が閉じられた。

 

次回から今代の勇者達との旅立ち編

ちょっと……ならず重めかもしれませんが、ご容赦を

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