始まり
「ことの起こりは聖王暦984年の事になります」
少数ながらいずれも国家や組織のトップにある方々の前で説明に立つのは私こと冒険者ギルド長……の代理であるガーネットだ。
代理?と思うかもしれないが本来私の仕事はギルド長の秘書なのだ。
本来は私ではなく、ギルド長当人がここにある予定だった。
ところが……ギルド長は予想以上に、この前に行われた儀式魔法への参加で消耗してしまいしばらく起きあがれる状況ではなくなってしまい、当然説明も不可能。
しかし、この説明は行わねばならない。必ずだ。
かくして、私が代理で行う事になってしまったという訳だ。
しかし……。
い、居心地が悪い。
いや、原因ははっきりしている。階段状になっている会議場の最前列でこちらを鋭い目で睨む少女のせいだ。
今は広い会議場の前の方に僅かな人数が座っているだけなので酷く寒々しく感じるはずなのだが、自ら光り輝いているようにも思えるような生気を放つ彼女のお陰で、そんな感じはしない。
最も、今彼女が発している視線、鋭いというよりは怒っているというべきそれのせいで半減しているが。
……とはいえ相手が相手、というだけじゃなく。
彼女が怒る理由がはっきりしており、怒るのももっともな話であり、そして自分がそれに無関係ではないから文句は言えない。
けど、私が計画の立案をした訳でも、音頭を取った訳でも、最高責任者だった訳でもないんです。
だからそんなに睨まないで下さい……。
そんな泣きたくなる気持ちを抑えながら、今更ながら誰か変わってくれないものか、とチラリと周囲に視線を向けたが全員が目を逸らした。……法王様や国王陛下まで目を逸らされた所を見ると悪いとは思っているという事なんだろう。
……でも変わっていただける気はないんですね。
まあ、今いる中できちんと説明出来る者は私だけだろう、この現状に関しては諦めるしかない。内心溜息が洩れそうになった。
魔王の復活。
今、私をこの現状に追いやっているそもそもの元凶はそれだ。何故ならこれに関する情報収集を統括しているのが冒険者ギルドだからだ。
普通は国がやるものではないのか、と思うかもしれないが、それには事情がある。
どこか一国が代表して行う、では他の国はその国が情報を歪めたとしても分からない。
他の国の一国でもその情報が本物か疑い出せば、協力体勢にも影響が出る。
かといって、各国連合で集める、では情報を集約し、分析するその体勢を作るまでに時間がかかる。一刻を争う事態でそんなことしていられない。
となると、後は既に世界規模で展開している組織が代表して動く方が早いし、確実だ。もちろん、中立の立場にある組織が。
この時点でその立場にあるのは教会と冒険者ギルドに絞られる。
この両者の内、教会は街での活動が主体。危険地域にも踏み込んで世界各地を探索し、情報を集める事の出来る組織、という事になると冒険者ギルドに圧倒的に軍配が上がる。
元々、魔王が何時か出現する可能性はとうに確実だとされていたから、「もしも」の際には冒険者ギルドが担当するという事は既に決められていた。冒険者ギルド、その最初の発起人とでもいうべき方が誰かを考えれば、むしろ当然と言えよう。
かくして、本当に魔王が復活した際にはそれを知った冒険者パーティからギルドへと伝達され、そこからギルド本部を通じて各国に伝達。それと同時に確実、或いは詳細な情報を求めて冒険者ギルド直属の凄腕達やトップクラスの冒険者達が「緊急事態における召集」によって即動きだし、魔王復活が確実と判明した。
この段階から教会も稼動を開始。
「神託」の儀式発動の為の準備が始まった。
ここでいう「神託」とは純粋な魔法であり、世界から可能性の芽を探り、目的を為すに最適の道を見出すものだ。
問題は手間とお金がとってもかかる事。
時間と手間は人海戦術で何とかするにしても、冗談抜きで山積みされた黄金が一欠け残さず消える教会の切り札だ。けれども、魔王復活となればそんな事も言っていられないので問答無用で儀式の準備が進められた。この時に色々、ええ、とっても色んな事があったようですがこの際省略します。思い返しても腹が立ちますし。
しかし、「神託」の結果一つ重大な問題が判明した。
率直に言ってしまえば「戦力不足」、これに尽きた。
『戦力不足』
要は魔王討伐の可能性が現状でもゼロではないが、確率がかなり低い訳です。
幸い勇者の素材となる人材はいた訳ですが、現状のままでは最も魔王討伐の確率が高くなるのは今から十五年の後だとか……。
さて、これを聞かされたお偉いさん全員が思わず叫んだそうです。
「そんなに待っていられるか!!」
……でしょうね。
十五年もあれば、魔王は体勢整えて人の領域に侵攻して何年も経った後でしょうから。当然、被害は甚大、滅ぶ国も一つや二つではないでしょう。残った国にも難民が押し寄せるでしょうし、無事魔王の討伐に成功したとしても国家の建て直しにどれだけの費用と時間がかかるやら。教会やギルドにかかる負担も考えたくもないレベルになるでしょう。
そうなると問題になるのは「ではどうするか」です。
結果として選択された手段、その結果の……被害者が目の前の女性なのです……。
彼女の名は剣姫クリソベリル。
舞に愛され、舞えぬ舞はないと謳われた舞の天才です。
舞?と思われるかもしれませんが、彼女にとっては戦いもまた舞。
実際、彼女の犠牲のお陰で「神託」による魔王討伐の確率は劇的に上昇したとされております。
その事を伝え、うちのギルド長も含め王様がた・法王様らお偉いさん総出で謝罪を行った時の事が脳裏に蘇ります……。
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「かような次第でして……此度の事真に申し訳ありませぬ」
平身低頭で代表して謝罪を述べる法王様の前でとりあえずの簡素な衣装を纏ったクリソベリル様は実にお怒りでした。
理解はするが納得はしていない、という所でしょうか……。
ここは儀式の間。
目覚めたクリソベリル様は目が覚めてみれば、見知らぬ場所という事で困惑はされておりましたが、怯えは皆無でした。まあ、この方ならば当然でしょうけれど。見るからにお偉いさん達が護衛すらいない状況でびっしょり汗をかいて頭を下げている光景は滅多というかまず見れる光景ではないでしょうね……。最も私も冷たい汗が流れているのが分かります。無言ながら、クリソベリル様が放つオーラが私達を圧迫しているのです……。
「……事情は分かりました」
しばし目を閉じた後、静かに、本当に静かに何ら感情を篭める事なく口を開かれ、そう呟くように告げられました。
しかし、今のクリソベリル様を見て、落ち着いたと思う者は誰もいないでしょう。
人は本当に怒った時、無感情になると聞いた事があります。表情で表せる以上の感情が荒れ狂っている為というのです。私はそれを初めて目の当たりにしたような気がします……。それが分かっている為に周囲の方々も固まっている状況です。
「でも、ね……」
ギロリ、と今度は自分だけではなく、周囲を見回されます。
目は口ほどに物を言うと申しますが、正にその目が「私怒ってます」と物語っておられます。
「何でアンデッドなのよ!!」
……そう、これがクリソベリル様が激怒しているその理由にして、私達が戦力不足を補う手段として選択した道。
私達はかつて死んだ英雄である彼女を復活させたのだ。
……ただし、技術的な問題からアンデッドとして。
……そりゃ怒るわよねえ……普通。
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剣姫クリソベリル。
それは今から九百八十七年の昔、当時の魔王を倒した勇者ジャスパーの四人の仲間のお一人だ。
より正確には魔王を討伐に向かい生き残ったお一人、というべきかもしれないが、勇者ジャスパーの一番最初の、そして旅立つ時からの仲間でもあったと言われておりますのでクリソベリル様に関しては正に真の意味で勇者様の仲間と申し上げてよいと思います。
彼女にまつわる伝説は名高い。
彼女は勇者の乳母、その妹の子であり、その縁で勇者とは幼い頃よりの親しい仲であったと伝えられております。
そして、勇者様の魔王討伐の旅において、他の方は幾度か倒れ入れ替わるも、彼女だけは最後の最後まで付き従い、魔王を倒した一人となったと伝えられております。
伝説によれば、彼女が戦場で踊れば誰も触れられず、舞に引き寄せられた精霊達が力を振るい、剣舞が敵を切り裂いたとされております。
そして、私達はクリソベリル様曰く「……体を慣らす」との事で騎士達を相手とした模擬戦で、その力を目の当たりにする事になったのです。
他の作品がちょっと煮詰まった際、書き出したらサクサク書けてるので折角なので投稿してみる事にしました
折角ついでに、アルファポリスにも接続してみようかと……
上手く繋げられるといいなあ……