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小さな宝物

青国の玄椿宮のダルテの自室では、紛争が起こっていた。

あくまでも、ダルテを縛りつけようとする青国王・玻渓はけい…。ダルテは、必死に腹にいる、昴との子を守ろうとする。

遮るもののない、ひび割れた大地を、人間との共存を願う妖の少年・昴が夢を抱いて渡る。

異世界が舞台に繰り広げられる、ラブロマンス

王‐‐―‐‐青国王は、不機嫌だった。

群青色の髪を、ガシガシと掻き上げるこの男の名を、玻渓はけいという。

昨年崩御した先王に代わり、若干21にして現在、150代目の玉座を継いだ。

不機嫌の理由は、今から数時間前…朝方まで遡る。

それは正寝せいしんねやでのこと。


「イヤですっ、放して!放してちょうだいっ」

「なにが不満だっ、なぜ余を拒む!?」

ベッドに、ダルテを押さえつける玻渓。

「さぁ?自身の胸に聞いてみれば!?放してよっ」

その手を噛んで、ダルテは身をひるがえした。

「戻れっ、戻らぬか!主命じゃっ」

荒い息で、乱れた衣を直しながら、ダルテは、ベッドの上にいる主を、射殺すほどに睨んだ。

「あたしは、誰にも媚びないっ、好きで、アンタの傍にいるわけでもないっ!」

「ダルテっ!?」

呼んでも、振り向かずに踵をかえしたダルテに、玻渓は爪が食い込むぐらいに、きつく拳を握りしめた。


 「うぐ、げほっ、まったく…冗談じゃないわよ!」

ダルテは、寝そべっている(孟極の姿で)月代を、ぐしゃぐしゃと撫でながらこぼしていた。

「主上の夜伽よとぎを断ったって、宮城中の噂だぜ?ま、お前の気持ちも分かるけどよ」

月代は、乱れた毛並みを毛繕いしながら言う。

「最近、変なことが多いの…カンが、鋭くなったし、それにね…背中にあざができてるの」

「痣だって?」

月代は、ぴたりとその動きを止めて、神妙な目でダルテを見た。

「そう、背中から…こう、お腹の方まで。なにかの病気かしら?」

思案顔をして、泣きそうなダルテに、月代は思いきり笑い転げた。

「ちょっと、なに?笑ってないで、教えてよぉ」

「あー…悪い悪い。あのなダルテ、『おめでとさん』だ」

「え?」

一瞬、きょとんとするダルテに、月代はまたも、にんまりと笑う。

「…昴とは、ヤったんだろ?そのツケだ」

「ツケって、あたし…子供が!?」

「そっ、だからしるしがでた」

にっこりと、月代。

「や、やだぁ〜…」

一気に、カァッと赤くなるダルテ。

「やだって、なにがだよ?」

「だって、そんなこと…急に言われたって」

「まあ、なるようになるさ…深く考えん事だな」

しゅんと、項垂れるダルテに、月代はあっけらかんと笑った。

「月代って、なんだか父さんみたい…あったか〜い」

ふかふかの毛並みに、顔を埋めるダルテを、月代は尻尾の先でつつく。

「ったく昴のヤツめ…一丁前に嫁なんか取りやがってよぉ」

「そう言えば、月代って…昴と親しいの?友達?」

「いーや、友達ならまだマシさぁ…アイツは、俺の息子だよ」

「うそ…」

ゴロゴロと、喉を鳴らして甘えていた月代は、ぽろりと爆弾発言をした。

「そ−いうことっ、じゃあ…俺は用があるんで、ちょっくら出てくるな?」

ころんと、転がって人の姿になると、月代は、窓から出て行ってしまった。

「またいきなり…それは信じるけどさ」

月代が出て行ってしまってから、ダルテは、ぽつりと呟いたのだった。


 「くしゃん!なんだぁ…噂でもされたかな」

その頃昴は、ダルテ奪還のために、白圭から青国に向けて、北東の方角に走っていた。

現在地は青国首都・烏号うごう秧州おうしゅうまでは、後2キロメートルの距離だ。

昴は、ぐるりと、あたりを見まわした。


市井は、市場などの活気で賑わい、道ばたで芝居をする旅芸人の一座や、水飴や、団子の屋台などさまざまだ。

「やれやれ、結構走ったなぁ…熱ィ」

昴は、額から垂れた汗を拭って、石青の空を見あげた。

木陰に座って、水筒の水を飲もうとした昴を、その時、ひどく静かな声が遮った。

「見つけたぜぇ、昴…俺を、覚えてるだろ?」

「親父!?なっ、なんだ、今度はなんの用だよっ」

覚えのある、妖気を身近に感じた昴は、せわしなく周囲を見まわす。

「落ちつけ、ちと訳ありでな…今は、とある姫さんの護衛をやってるんだ」

影の中から、むくりと起きあがった男‐‐―‐月代は、息子・昴の手から水筒を取り上げて、一口含んだ。

「姫…護衛って」

昴は、ぴくりと神経を尖らせる、それが、ダルテのことかも知れないからだ。

「その姫さんはなぁ、他に好きな男がいて…毎日話すのは、そいつの話ばっかりさぁ。いたたまれねぇよ、まったく」

「ダルテっ、元気なのか!?親父、他になにか、なにか言ってなかったか?!」

(おっ、想像どおり…ダルテにゃ悪いが、言うか)

想像どおりの反応をした息子に、月代は面白そうに、ニヤリとした。

「そうだなぁ…腹の子が、どうとか?」

(って、ビンゴかよ!?)

腹の子、と聞いた、昴の顔色が、みるみるうちに青くなった。

「なんだって!?ダルテ、身重なのかっ、誰だっ、誰のヤツだよ!」

ガクガクと、襟元を締めあげられ、月代は、じたばたともがいた。

「てめっ、こら離せ!誰のって、てめぇのヤツに決まってんだろが、このアホ!」

語尾の『アホ』を強調され、昴は半歩押される。

「アホっていうな!…ダルテに、俺のガキが」

「暴力はんた〜い」

うっとりとしている昴の片足は、しっかりと、月代を地面にめり込ませていた。

「そういうこった、俺が道を教える。けど…くれぐれも、表には顔を出すな。遁甲してれば見つからねぇ、いいな」

「おう」

「ついてこい。なるべく、急いで行かねぇと、なにがあるか分からん場所だ」

月代は、そう言って影の中に溶け、それにすぐ、昴も続いた。


深闇の底には、道がある。

遁甲した妖たちは、本能でそれを知っているのだ。

昴は、前を歩く父を、じっと見ていた。


 「昴…会えるんだわっ、早く来ないかしら」

「誰に逢うだと?そういうことか、ダルテ」

ひどく冷徹な声に、ダルテは反射的に身をすくめた。

ダルテの部屋の扉の前に、玻渓が腕を組んで佇んでいたのだ。

「玻渓!なんでここにっ…全部聞いてたのね!?」

「今すぐに、術者と追っ手を向ける。それが嫌なら、お前がこちらに来なさい」

「いやっ、いやよ!あたしだって、なにもできない訳じゃないわ…アンタの操り人形なんて、もうまっぴら!」

みるみるうちに、玻渓の顔が朱に染まった。

「っく…あ!?」

目の前が反転して、ダルテは、壁に押しつけられる形で、ギリギリと首を締めあげられていた。

「なぜ余に従わぬ!お前を拾って、ここまでにしたのは誰だと思っているんだっ、さぁ言えっ、お前の夫の名を!」

ダルテは、乱暴に喉元を掴んでいた、玻渓の手をむしり取る。

「安心しなさいよ…少なくとも、アンタじゃないわ。人の心ってものはねぇ、他人がどうこうできるものじゃないのよ!」

「貴様ぁっ、それが…主に対するもの言いか!恥をしれっ」

ぐいと、栗色の髪を鷲掴むと、玻渓はダルテを床に突きとばした。

玻渓は、突きとばしたダルテの背中を、何度も蹴った。

「うっ…ぐっ!昴も、このお腹の子も、絶対、守ってみせるんだっ」

戯言たわごとを!おあっ」

玻渓は景気よく転がり、したたかに、何度も床に頭を打ちつけた。

「ダルテになにをしたっ!事によっては喉を食い破るが、よいか!」

グルル、と牙を剥いた孟極に伸しかかられ、玻渓は、腰を抜かして青くなる。

さっきまでの、覇気はきはどこへやら。


「すまねえ、ダルテ…しっかりしろ」

人型の月代が、ダルテを抱き起こした。

「平気よ…月代、ちゃんと護ったもの。あたしと、昴の宝物」

「金輪際、ダルテに、指一本触れることは許さん!人の王よ、心得るがいいっ」

昴は、底光りのする瞳で、玻渓を睨みすえた。

「あわ…わ、分かった…分かったから、殺してくれるなっ」

昴が下りると、逃げるように、正寝に閉じこもってしまった。

「今度ダルテに触ってみろ、かみ殺してやる!」

鼻息荒く言った昴に、ダルテはうっすらと微笑んだ。

「昴…あたし嬉しい」

昴は、きつく、きつくダルテを抱きすくめた。

「ダルテ…親父から聞いたんだが、その、子供ができたって」

瞬間、ダルテは、傍に座っていた月代の耳を引っ張った。

「どういうことかしら?」

「い、いや、だって…」

もの凄いオーラに気圧されて、月代は昴の後ろに隠れる。

「もう!月代ったら、黙っててって言ったじゃないっ…ひどいわ」

「だーって、待ちきれなかったんだよ」

ぶーっと、膨れる月代。

なにげに、大人げなかったりする。

「昴…ここにね、ちゃんといるのよ?こんなに狭いのにねぇ」

愛おしげに腹を撫でるダルテに、月代は溜息をついた。

「あー…ついにジジイになっちまったよ」

「もう、とっくにジジイだろうが」

昴が茶化すが、月代は、えへんと胸を張る。

「外見はまだイケるぞ」

「なにがだよ」(怒)

妖怪の外見は、種族によって多様だが、これだけは共通している。

本体が、極端に年を重ねた場合でなければ、外見も伴わないのである。

月代の外見は、見かけ、20代。

昴と歩いていても、兄弟のようだ。

「月代、ありがとね?昴を連れてきてくれて」

「おうよ」

孟極に戻った月代は、ころんと、床に寝そべって言った。

「やっぱり安心するな…お前と一緒だと」

広いベッドに座っているダルテに、昴は喉を鳴らして甘える。

「そうねぇ…久し振りよ、こんな気分は」

いきなり漂い始めた甘いムードに、月代は慌てて床下へ遁甲(逃げた)した。

「って、こら!見せつけんなよ…俺もう隠れるっ」


石青の海は、やがて黄昏へと彩りを変えてゆく。

不鮮明に濁った夕空は、ダルテの心象のように、黄塵の大地を染めた。


維月です、恥ずかしい。

穴があったら隠れたい…。

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