表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

涙華

昴とダルテの間に亀裂が!?
二人を引き裂く互い違いの歯車は、残酷にも始動を始める。
実は、ダルテは…

遮る物のない、ひび割れた大地を人間との共存を願う妖の少年・すばるが夢を抱いて荒野を渡る。

ダルテは、妙な胸騒ぎを覚えて、ベッドの中で身を固くした。

いつもならまだ眠っている頃なのに、今日はなぜか、早くに目覚めてしまったのだ。

周りは、まだ僅かにうす青かったが、見あげた空は明けているようで、白く、無機質だった。

ダルテは窓を開けると、舞い込んできた、まだ冷たい朝風の中で目をつぶった。

「ついに、『この時』がきたのね…やっぱりあたしは、行くしかないんだわ」

ダルテは、感じ取っていたのだ。

平穏に見えた暮らしの中で、着実と迫りくる、追跡者の影を。

ついに来た…。

昴との、わかれの時が。

来てしまった。


 ダルテは部屋を整えると、まだ眠っているだろう、昴の部屋に入っていった。

安らかな昴の寝顔に、涙をこらえて微笑み、ダルテはそっと頬寄せる。

「ずっと、素直になれなくて…ごめんね。大好きよ?昴…あたし、あなたを本当に愛してた」

昴を起こさないように口づけると、テーブルの上に手紙を置き、ダルテは去っていった。 


ダルテが昴の村に行くと、顔見知りの村人達が、ダルテを囲んだ。

「ダルテ、本当に言いだしづらいんだが、昨夜にお役人が来てな」

「ホント、あんたにゃ悪いと思ってるんだが…」

囲んだ村人たちが、ぽつりぽつりと言い始める。

「すまんダルテ、これも…群れ存続のためなんだ。分かってくれるな?」

たくさんの、哀願の瞳に見つめられて、ダルテは一歩を踏み出した。

ダルテとて、昴や、その村人たちを、危険にさらしたくはない。

「分かったわ…あたし、行きます。ごめんなさい…今まで、どうも、ありがとう」

語尾が、掠れた。

ギュッと引き結んだ唇から、血が伝う。

深々と頭を下げた、ダルテの頬を、涙が伝っては散った。

「…迎えは、もう来ているだろう…尖梁せんりょうに行きなさい」

ダルテは無言で頷くと、背を向けた。

尖梁は、白圭で唯一の高台である。

ダルテが滑落し、蒼牙と対峙した場所でもあった。


 ダルテは走り出す。

決心が揺らぐ前に、ここから離れなければ。

きっと‐‐―――出逢ったのも罪、恋したのも罰だったんだろう。

だから、こんなにも痛い。

誰かの傍にいることが、こんなにも、心安らぐだなんて…。

初めて玄椿宮で、皇帝の前に引き出された時は、殺意さえ抱いたのに。

信じられなかった。

自分が、ここまで、人を愛せたことを。


昴は、ゆっくりとベッドから起き上がり、きょろきょろと周りを見まわした。

空気が、いつもと違うように感じたのだ。

いつもなら、こんなに早くに起きたりはしない。

けれど、たとえようのない、不安にかき立てられ、黙っていられなくなったのだ。

ふと目の端に、二つ折りの紙切れが映って、慌てて昴は飛びつく。

それは、短い文で書かれた、手紙だった。

【お願い、あたしを…忘れてちょうだい。これ以上、昴たちを困らせたくないの、だから、もうこれきりね…さよなら】

尖った文字は、所々震えていた。

「なに考えてんだよ…できるかよ、そんなの!」

握り潰した手紙を放り投げて、昴はすみかを飛び出した。

ダルテが、どこに行ったかなんて、見当もつかない。

けれど、とにかく走った。

離れたくない! 離したくないっ!

ただ、その一心で。


 ダルテを待っていたのは、武装した兵士たちと、4頭の青い馬‐‐――三騅さんすいが繋がれた馬車だった。

「ずいぶん、強引なお迎えね?」

鼻白むダルテを気にもせず、人群れの奥から、青白い顔の優男が現れ、ダルテの足元にひざまづいた。

それと同時に、兵士たちも一斉に伏礼する。

青白い顔の優男は、青国の宰相で、年の頃はダルテと大して変わらない。

おそれながら王妃様、村人には一切、危害は加えておりませぬ」

「フン!」

宰相の、飄々とした態度が、ダルテの神経を、さらに逆なでした。

「主上も、ひどく御心を砕いてらっしゃるご様子。さぁ、早くお戻りください」

「押さないでっ、自分でできるわよ!」

強く掴まれた腕を、振り払うダルテ。

自分から馬車に乗り込んだことを、ダルテは深く後悔した。

もう二度と、ここには戻れないだろう。

宮城の、奥深くに幽閉されて終える一生。

それがいやで逃げたのに、結局このありさまだ。

諦めかけたその時、ダルテは空耳を聞いた気がした。

昴の声だ。

それに混じって、兵士たちの怒号も聞こえてくる。

「ダルテ!ダルテ‐‐――‐っ、そこにいるんだな?!」

「村の小童こわっぱがっ、さがれ!おのれなぞ、一目たりともまかりならぬっ」

「そんなの、知ったことか!ダルテは、ダルテだろうがっ」

(いけない!このままではっ)

このままでは、兵を挑発してしまう!

ダルテは叫んだ。喉が、裂けんばかりの声を張り上げる。

しかし、兵の怒号や、馬のいななきにかき消されて届かない。

「分からぬ奴だ…射士、構えっ!」

一瞬にして、空気が凍りついた。

殺気が、一つに集中しているのだ。

「やめてっ!その人を撃たないでっ、あたしを迎えにきたのでしょう?戻ります、だからやめて!その人は…あたしとは、なんの、関係もないわ」

車内からまろび出たダルテは、昴を背に庇い、周りに分からぬよう、小声で謝った。

「ごめんね、昴…関係ないなんて言って、でも…こうするしかないの。分かって」

「…ダルテ、俺、絶対お前を迎えに行くから、待っててくれっ」

ダルテは頷くと、諦めたように笑い、馬車の中に消えていった。

号令と共に動きだした、馬車が去っていくのを、昴は、ずっと見送っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ