表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

逃亡少女・ダルテ

殺伐とした大地を、妖の少年・すばるが人間との共存を夢見て渡る!
ある日、昴は崖下に人間の少女を見つけて…?
異界を舞台に繰り広げられるラブロマンス

いくら時が過ぎて、時代が移ろっても変わらないものがある。

季節の名だ。

今は五月さつき

本当ならば、すでに花咲く景色になるのが普通なのに。

一本の草も育たない甲国なら話は分かる。

しかし、ここは国土の南・さい国。

どこよりも、早く春を迎える国だ。

五月だというのに、長雨のせいでいくらも暖かくならない。

崔国でも、西寄りの白圭はっけいという場所から、物語は始まった。


 「あーあ、つまんねえ。なーんでみんな反対するんだかなぁ」

雨の中、まわりで一番大きな、木の枝の上に座る少年が一人。

頬杖をついて、溜息をつく彼の名前をすばるという。

雨が降っていても、人間と違って、彼ら妖は雨宿りをしない。

昴は首筋に、ぺったりと張りついた銀髪を掻き上げて、気持ちよさそうに伸びをした。

雨に憂鬱ゆううつになる人間に比べて、妖は雨が降ると、かえって元気になるのだ。

群れの中でも、一番末子の昴は、今年で300才になる。

300才で大人として認められ、自由が与えられるのだ。

元もと、人間に興味があったのもあり、昴は、人間の中に混じろうと考えていたのだが、それを群の者に話した結果、こってりと説教をくらうめになってしまった。

「久々に顔出したってのに、小言だなんてヒデェよな…たく、せっかくの雨なのに…帰って寝よ」

大木の幹から飛び降りて、すとん、と身軽に着地する昴。

昴の一族は、孟極もうきょくという豹の姿をした妖怪だが、普段は人間に似せているので、外見で妖とばれることはない。

急を要する事態を除いては、変形することは皆無に等しかった。


小雨の中を歩きながら、昴は、無機質な真白い空を、見あげてそっと呟いた。

「ほんと、つまんねぇ」

昴の家は、山奥の拓けた土地に建っている。

尾根づたいに歩いていると、すぐ傍の、崖下に人影を見つけた。 

「あれは…人間だな、他の奴らに襲われた形跡はねぇ。単にちたのか」

しかし解せない。

こんな場所にいるのもそうだが、何より格好が目立つ。

場違いなのだ。

少女が、着ている衣は泥に汚れていたが、決して、どこにでもあって、ありふれた物ではないことが、人間に関心を持つ昴だからこそ、分かったことだった。

「ま、どういう事かはさておき…ここは助けるべきだよな」


 はち切れんばかりに、剥かれた双眸は天井を凝視する。

少女は、慌てて飛びおきた。

逃げなければ!

自分は追われているのだから…。

それにしても、ここはどこだろう?

崖から、足を滑らせたまでは覚えているが、そこから先が、すとんと抜け落ちている。

とりあえず、先を急がないと。

「いたい…」

起きようとして、ついた左手に激痛が走り、少女は小さく呻いた。

走り疲れ、所々すりむけた足は萎えて、使い物にならない。

衰弱しきっているのだ。

少女は、きつく唇をかみしめた。

早く逃げなければいけないのに、体がいうことを利かないなんて。

今、こうしている間にも、追っ手が探しているのに。

「目、覚めたみたいだな。大丈夫か?」

少女は、びくりと肩を揺らして、ベッドの中で後ずさった。

春の花のような、柔らかな目鼻立ちで、背中に流した、長い髪は淡い栗色。

ふっくらとした愛らしい、紅色の唇がわなわなと震えている。

「あ、あなた…誰なの?」

震えながら、やっと搾りだした彼女に、昴は首を傾げた。

その仕種は、たっぷりの愛嬌を含んでいる。

「俺は昴ってんだ、怪しいもんじゃねえよ。それより、大丈夫か?どこも、痛くないか?」

「…助けて、くれたのね?追っ手とか、じゃないわね?」

「それ、さっきも言ってた。うわ言で追っ手がどうとか…あんた、逃げてきたのか?」

「あ、あなたには…関係のない事よ」

ぷい、と顔を逸らした少女に溜息をついて、昴は、ベッドの傍にある椅子に座った。

「ふうん、まぁいいけどさ。名前、なんて言うんだ?」

「…ダルテよ」

少女・ダルテは、戸惑い気味に名を明かした。

上目づかいに見ているところからすると、まだ警戒は解かれていないらしい。

「ダルテ、か…珍しい名前だな。どこの出身だい?」

せい国、秧州おうしゅうの…玄椿げんしゅん宮。あら、驚かないの?」

「そりゃ、驚いてるさぁ…アンタ、王族なのか?深窓の姫さんが、どうしてあんな場所にいたのか」

昴は、茶色の瞳をしばたかせながら言った。

青国とは、国土の北西に位置する水源の豊かな土地だ。

別名『水の都』と言われる。

秧州は、その国の王族の住まう場所の名称である。

それぞれの国を治める王の中でも、密かに暴君といわれている国だ。

「逃げてきたのよ、せまっ苦しい場所からね。そう言うことだから…あたし、もう行くわね?助けてくれて、ありがとう」

ダルテは、勢いよくベッドから立ち上がり…。

転んだ。

「なっ、なんで足がいうこと利かないのよ〜…こんな時に限ってぇ、もう!他人に迷惑かけるなんて、ちっとも主義じゃないのにっ」

転んだダルテは、潰れたまま、精一杯の抗議をしている。

「ほら、ムリするからだよ…体が弱ってんだ。とりあえずベッドに戻って…戻れるか?」

「ひっ、一人でできるわよっ」

抱きあげようとした、昴の手を払って、ダルテは一歩ずつ慎重に、ベッドに戻った。

「やれやれ、気ぃ強いなぁ。なんか食えるか?食いたい物、あるか?」

「べっ、別に…」

そこまで言いかけたダルテの、腹の虫が盛大に異議を唱えた。

ぷっと吹き出して、昴は、ダルテの頭をくしゃりと撫でて笑った。

「なにがいい?桃がいいか、梨もあるぞ?」

「桃でも梨でも…」

にこにこと、嬉しそうな昴に首を傾げつつ、ダルテは室内を見わたした。

「じゃ、梨な」

勝手に決めた昴に溜息をつき、ダルテは窓の外を眺めた。

鉛色の春空は、止めどなく大地に、涙を降らせる。

雨が、降っていた。


見わたした室内は汚れてはおらず、きちんと整理されて、家具や何やらは、各々の場所に治まっていた。

室内に漂う雨の匂いが、なぜか、ダルテに森の中にいるような感銘を与える。

「ねえ」

「なんだ?気分でも、悪いのか?」

盆を抱えて戻ってきた昴に、ダルテは、ぽつりと言った。

「あなた、ここに一人なの?」

もじもじと尋ねたダルテに、昴は一つ瞠目をした。

「ああ、今はな…。見てのとおりさ」

笑った昴が、なぜか悲しげに見えて、ダルテは堪らず、その先を促した。

「今はって、前は誰かいたのね?…恋人?」

興味深そうに瞳を輝かせるダルテに、昴は、まるで子供に言い聞かせるように、ゆっくりと語りだした。

「今から500年前、この世界ができてまだ間もない頃…ひどい、本当にひどい時代があったんだ。俺たち一族を狩る者が、大勢現れた」

「昴、あなた…妖?」

こくりと頷くと、昴は、盆を小脇に抱えて背中を向けた。

「当然、俺の母さんも…例に漏れずに狩られた」

「…ごめんなさい、そうとは知らなくて。聞くんじゃなかったわ」

「いいや、いいさ。今となっては昔話…知るものも少ない」

ダルテは息をのんだ。

似ているのだ…。

皇帝軍に灼かれた、その直轄地だった自分の村。

幼かった、自分の目の前で殺された母や、姉弟たち。

似ているから、どうということではないけれど…。

「多少…境遇が似ているみたいね、あたしたち」

けれど。

強く感じた近親感に、声が、心が震えた。

「皇帝は、人狩りを命じたわ…男は皆殺され、女の幼子は奴卑ぬひに、娘たちは抗う者が殺され、その殆どが下女はしためにされたのよ…あたしも、その中の一人だった」

きつく、掛け布団を握りしめるダルテの手を、昴はそっと包んだ。

「境遇はどうあれ、今ある命に、感謝しなければ。いいかい?」

「変わってるわ、あなた」

いきなり『変わってる』と言われるなんて思っていなかった昴だが、もう言われ慣れているので、さほど気にはしなかった。

「はは…よく言われるんだ、それが」

はにかんで頬を掻く昴に、ダルテもかすかに微笑む。

「妖って、みんな人間を襲うと思ってここに来たのに…話とずいぶん違うのね」

「え?」

初めて見たダルテの笑顔に、昴は固まってしまった。

(かっ、かわいい…!)

なんだか、眩暈めまいがする。

心臓は早鐘を打って、痛いんだか、嬉しいんだかよく分からない。

変な気分。

それでも、いやな感じは微塵もなくて。

「昴?おーい」

放心状態の昴の目の前で、ぶんぶんと手をかざすダルテだが、ややしばらく、反応が返ってこなかった。

「あ…なんだ?」

「あたし、ここ気に入っちゃった。一緒に、いてあげてもいいよ?」

「そうか…。って、ええっ!?マジか!?」

「あら、ダメ?」

がばっと身を乗り出した昴に、ダルテは、満面の笑顔を咲かせた。

「い、いや…ダメってわけじゃあ」

「きーまり決まり、あたし…ここにいることにするわ」

「い、いきなりだな」

急に元気になったダルテに押されて、昴は冷や汗をかいた。

「優しい妖もいるんだな、と思って…。ありがと、あたしを拾ってくれて」

「れ、礼なんかいらねぇよ…俺が、したくてしたことだからな」

照れ隠しに毒づく昴だが、ダルテの返事がないので見てみると、ダルテは、子猫のように丸くなって、可愛らしい寝息をたてていた。

「北から、よくここまで…一人で逃げてこられたもんだ、しかも女の身で。感服だよ」

ダルテの栗色の髪を撫でながら、昴は微笑んだ。

雨が止んだことに気づいた昴は、天窓から空を仰ぐ。

鉛色の雲はどこかに消え去り、白雲の間から、青空がのぞいていた。

「俺…マジでやばいかな、コイツのこと…」

その先は、空に。

石青の空に、吸いこまれて溶けた。

黄塵の地に、南風がなびくのも、そう遠くはないかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ