第八話:シスターと人攫い
「よし、逃げ切れたか」
「あの……ありがとうございます。助けていただいて」
「困っている人がいたら助ける。普通だろ? それにあいつの言いぐさには苛立ちを覚えたからな」
息を整えながら、俺は足元に視線を落とした。そこには、通行人に踏みつけられて茎が折れ曲がった小さな野の花があった。
「じゃあ、最後の仕上げ……実践といこうか」
二人は道路の脇に寄り、小さく丸まっている植物に近寄った。
「なぁ、こいつに回復魔法を使ってみないか?」
「はい! 頑張ってやってみます。……回復魔法『ヒール』。植物さん、元気になってください」
彼女が小さな手に魔力を込め、祈るように手をかざした。けれど、緑色の光が淡く揺れただけで、植物は何も変化を示さなかった。
「……すみません。失敗してしまいました。こんなに色々と親身になっていただいたのに」
「そんなことで謝らなくていいよ。となると、次は……神様にお告げをもらおうか」
「え……? 本気、ですか……?」
「本気だよ。思いつく限りの手立ては全部試した。じゃあ最後は神頼みだ。それに、神様にお告げをもらったら君は名実ともに晴れて聖職者になれる」
「けれど……年齢の制限もありますし。あんな風に飛び出してきてしまった私に、教会が儀式を行ってくださるわけがないと思います……」
「俺がやるんだよ。やり方だけ教えてくれればいい」
「でも、そんな罰当たりなことをしたら神様が――」
「神様は、君の善意の行動をしっかり見てくれてると思う。こんなことをしたくらいで罰なんて当てないさ。きっと寛大な心で許してくれるよ」
不安そうに黙り込む彼女を見て、俺はまっすぐにその目を見つめた。
「君が立派なシスターになったら、もう一回ちゃんとした神のお告げをもらえばいい。そしたら、君はちゃんと神様に認めてもらったってことになるだろ?」
「……わかりました」
「よし! 服をシスター服にして俺も正装にするから、学校の部室でやろう。用意するものって何かあるか?」
「ろうそく……くらいでしょうか。儀式用の本は、私が持っていきますね」
◇
学校へ戻り、先輩にお願いして部室の横にある物置部屋を開けてもらった。埃っぽい部屋の床に魔法カードのような円模様を描き、六箇所に置いたろうそくに火を灯す。
円の真ん中に彼女が膝をつき、胸の前で手を組んで祈りのポーズをとった。俺は彼女が持ち出した教会の歴史書を開き、そこに書かれている文章を目で追う。本物を持っているとは思っていなかったが、まさか教会の歴史書を使って真似事をすることになるとはな。
「フルード君の言う『正装』って、学校の制服だったのですね」
「うん。これが俺の中の最高の正装だ。……よし、準備できたぞ」
「ありがとうございます。何から何まで準備していただいて……」
「いいって。君にも心の準備があるだろうし。……それより、この文章を読んでて思ったんだけどさ。俺、君の名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
「……私の名前は、ルミナって言います」
「いい名前だな。俺も改めて言っておこう。フルードだ、よろしくな。……よし、じゃあ始めようか」
「はい! よろしくお願いします」
彼女――ルミナが円の中心へ移動し、俺も真摯な気持ちで彼女の前に立った。歴史書を抱え、静かに声を張り上げる。
「――ルミナ、恐れることは何もない。あなたの痛みも迷いも、すべて神はわかっている。幼き羊に安らぎを、迷える魂に穏やかなる光を。その胸の内に咲く小さき花を、どうか護り給え……。……さあ、顔をお上げなさい、洗礼名ソフィ。あなたは今日から、光と共に歩む大切な愛し子だ」
言葉が部屋に響き渡ると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ありがとうございます。ソフィ……とても素敵な名をいただきました。この意思、この命、神と共にあることをここに誓います」
「お疲れ様、ルミナ」
「ふふ、ありがとうございます。……フルード君は、私をソフィと呼ばないのですか?」
「俺は『シスター・ソフィ』として過ごした時間よりも、シスターに憧れている『ルミナ』と過ごした時間の方が長いからな」
「さっきまで名前すらご存じなかったのに……。けれど、ありがとうございます。わざわざ洗礼名を考えてくださって。……どうして『ソフィ』という名前にされたのですか?」
「昔読んだ本で、『ソフィ』は『優しさ』とか『誠実』を意味する言葉だったのを思い出してさ。……よし、じゃあもう夕方だし片付けて、もう一回回復魔法を試して、晩飯でも食いに行くか」
「はい!」
◇
「……やっぱり、ダメでした」
「うーん。とりあえず気長に考えていこうか。気を取り直して晩飯に行こう!」
「……そうですね、はい!」
晩御飯はルミナおすすめのレストランで食べた。教会の近くにあるお店で、味も凄く良かった。
店を出ると外はすっかり夜になり、街の人影は少なくなっていた。
「なぁ、教会の近くを見回りする兵士って巡回してないのか?」
「聖職者は戦闘を好みませんしね……。それに近くの建物はすべて教会関係の施設ですので、ここ一帯は聖職者の方しか住んでいらっしゃらないんです」
「逆に言えば、戦闘ができない人ばかりで、守る人がいないってことか……」
「どうかされたのですか……?」
「……いや、二人の男が、大きな動く袋を持って移動している」
「えっ……? 私には何も見えませんけれど……」
「俺は村で狩人の父親の手伝いをしてたから目がいいんだ。たぶん、中には子供が入っている。俺はあれを追うが、ルミナはどうする?」
「もちろん、追います! 足手まといにならないように頑張りますから!」
「そうか。けど、あいつらから魔力を感じなかったのは幸いだ。きっと勝てる」
人攫いたちの後をつけ、森の中にある古びた隠れ家にたどり着いた。周囲の暗がりに身を潜めながら見つからないように距離を詰める。
家の壁に耳を押し当てて中の音を聞くと、気配はおおよそ7人ほど。中の会話からは、捕らえた子供たちの売却や奴隷競売の話が漏れ聞こえてきた。だいたい犯人がどんな奴らかは想像がつくが、焦りは禁物だ。侵入する前に、俺は魔法カードでアルカナに『遠隔通話』を使い、兵士をこの場所へ向かわせるよう伝えた。兵士が来るまでに、たぶん一時間ほどかかる。
それまでに、子供たちの無事を確認し、絶対に守り抜く必要がある。
「ルミナ、先輩からもらった『ヒール』の魔法カードを俺に預けてくれないか? 俺が前衛で戦うから、怪我をしたらすぐに回復できるようにしておきたい」
「わかりました、使ってください!」
「ありがとう。子供たちとルミナは、俺が絶対に守るから」
俺は建物の周りを調べて、入り口から遠く、窓のない場所を探し出した。
「たぶん、ここに子供たちがいる。かすかに声が聞こえる……少し離れてくれ」
俺は魔力を練り上げ、力強く息を吐き出した。
「『身体強化』、力よ増せ!、『水素変幻』、『形状制御』――氷のガントレット! 『エンチャント』――ガントレット、硬く、そして強く!」
分厚い氷の拳を固め、俺は壁を勢いよくぶち壊して中に侵入した。中には捕らわれた子供が9人と、見張りの男が2人いた。
「な、なんだお前らは!?」
「『速度上昇』」
人攫いの男が剣を構える隙を見逃さず、俺は一気に距離を詰めて強力な一撃を叩き込んだ。そのままの勢いで、もう一人の鳩尾を殴りつけ、部屋の外へと追い出す。
「『水素変幻』、『形状制御』、『エンチャント』――氷の壁よ、俺たちを守れ」
突入してきた壁の穴と、敵を追い出した扉の先を分厚い氷で塞ぎ直した。
「よし、今のうちに子供たちの拘束を解こう!」
「わかりました!」
ルミナと手分けして一人一人子供たちの縄を解いていく。助け出した子供たちはみんなランド人だった。外した縄を素早く回収する。
「よし、これで犯人たちを縛って拘束できるな。ルミナは子供たちを落ち着かせてくれ。あと、外の様子を見て子供たちを逃がす判断はルミナに任せる」
「わかりました……! ですが、絶対に無理はなさらないでくださいね」
「あぁ。――『形状制御』、氷の壁よ、動け!」
塞いでいた氷の壁を押し出し、壁の周りに群がっていた奴らを勢いよくはじき飛ばす!
「『水素変幻』、『形状制御』、『エンチャント』――氷の槍よ、すべてを倒せ」
氷の壁ではじき返され、体勢を崩した敵を一人一人正確に突いて気絶させていく。
「この野郎……!」
氷の壁から離れた位置にいた敵が、慌てて弓を構えて俺を狙った。
「遅い! 『水素変幻』、『形状制御』――氷柱よ、落ちろ」
男の頭上に即座に氷の柱を生成し、落として体勢を崩させる。
「『速度上昇』」
爆発的な速度で距離を詰め、顎を撃ち抜いて一気に叩く。これで六人だ。
「後はお前だけだぞ。クロバキアの没落貴族。子供を売って、奴隷にしてまで、過去の贅沢な生活を夢に見ているのか」
部屋の奥で震えていた男が、歪んだ顔で叫び返した。
「ランドは私たちクロバキアの属国だったんだぞ! 属国の子供を売って、奴隷にして何が悪い!?」
「悪いに決まってるだろ! 人としての尊厳を……」
――ガツンッ!!
その瞬間、俺は後ろから巨大な刃物で背中を切られた。
(おかしい……この中には7人しかいないはずだ。誰だ……!?)
「ハハハ! 助かったぞ! この時のためにアーミーの元軍人を雇って身を潜めさせておいて正解だった! さぁ、お前の嫌いな魔法使いのガキだぞ、殺せ!」
軍事国家アーミーの元軍人か。 これは分が悪い……。
「魔法カード『ヒール』――傷を癒せ」
カードの光で背中の傷が塞がった瞬間、俺は全身のバネを使って身体を激しく捻り、追撃の大斧を鋭く交わした。
「『身体強化』――力を増せ!」
渾身の威力を込めた拳を打ち込むが、相手の巨体はわずかによろめく程度で、ダメージが入っていない。タフすぎる相手に気を取られ、前から流れるように伸びてきたナイフの攻撃に気づくのが遅れた!
間一髪で首筋への直撃は交わしたものの、刃が目の上の部分に深く当たってしまい、流れ出た血で視界が激しく霞む。
(くそっ、ここは一旦引くしかない……。ルミナや子供たちがいる部屋へ……音を聞け!)
「そこか! 『速度上昇』」
傷口を押さえながら部屋へ戻り、素早く氷を再構築する。
「『水素変幻』、『形状制御』、『エンチャント』――氷の壁よ、俺たちを守れ」
「フルード君、大丈夫ですか!?」
「致命傷はかわしたが、血のせいで目が見えなくてな。これじゃ魔法が大雑把にしか発動できない……」
「魔法カードは使われてしまったのですか!?」
「あぁ、背中を切られた時に使った。……この氷の壁はそう簡単に壊せないし、さっき壁を移動させて攻撃したのもあって、敵も警戒してすぐには近づいてこないはずだ。……なぁ、回復魔法を使ってくれないか?」
「ですが、まだ一度も成功していませんし、もし悪化させてしまったら……」
「挑戦しないとこの状況は変わらない。それに、俺は君ならできると信じている」
俺の言葉に、ルミナは強く唇を噛み締めた。
「……わかりました、やってみます! 神様、どうか私に力を……!」
次の瞬間、彼女の腕から青白い魔法回路が光りだした!
「――回復魔法『ヒール』――!!」
温かな光が俺の顔を包み込み、傷口がみるみる塞がっていく。
「フルード君、できました! 私……回復魔法が使えました!」
「ありがとう、ルミナ。これで勝てる!」
「よかったです……」
安堵したように、ルミナがその場に倒れ込んだ。
一番有力な原因は魔力切れだが、初級魔法を一回使ったにしては倒れるのが早すぎる。それに、さっき初級魔法を使うのに必要な魔法回路は1本だけのはずなのに、確かに『2本』起動していた。ルミナが自発的に2本動かしている感じではなかったぞ……。
(もしかして……ルミナの固有魔法か何かに秘密があるのか……?)
疑問を抱きつつも、まずは子供たちにルミナを預け、俺は再び敵のいる部屋へと向かった。
◇
「帰ってきたか、傷を治療してな。魔法とは実に便利なものだ。俺にもそれがあればもっと……こいつを殺せ!」
アーミーの巨体が地響きを立ててこちらに向かってきた。
「『水素変幻』、『形状制御』、『エンチャント』――氷の槍を、『身体強化』、 『速度上昇』!」
大斧と氷の槍が激しく交錯する。さすがアーミーの元軍人、魔法無しの生の腕力だけでこの威力か! こちらは絶え間ない魔力消費のせいでジリ貧になる。早く決着をつけなければ。
「こいつは魔法が使えないというだけで迫害されて軍をやめ、俺に雇われた身だ! こいつの魔法に対する憎悪にはお前の生半可な力じゃ勝てまい!」
次の瞬間、強烈な振り下ろしが俺の氷の槍を破壊した。俺は咄嗟に後ろへ下がる。正面からの打ち合いなら確実に負ける。不意打ちしかありえない。
「『フラッシュ』『サウンド』」
強烈な閃光と爆音で視覚と聴覚を奪う! 自分も光と音を受けるが、予測していた分、相手に比べたら遙かにマシだ。
「『水素変幻』、『形状制御』――氷よ、やつを拘束せよ」
足元から伸びた氷が相手の動きを完全に封じ込める。
「『水素変幻』、『形状制御』、『エンチャント』、『サンダー』――氷雷の弓槍よ、打ち抜け、『身体強化』!」
『フラッシュ』と『サウンド』の効果が切れる瞬間、俺は氷のつららを相手の上に生成して上空へと視線を誘導させた。
「今だ――!」
一瞬の隙を突き、雷を纏わせた槍を放つ! 槍は刺さったものの、肉厚な肉体に阻まれて浅い。だが、刺さりさえすればいい!
「『水素変幻』――氷の槍よ、水になれ! そして感電しろ!」
刺さった部分から内部に向けて氷を瞬時に「水」へと変化させたことで、槍に込めていた『サンダー』の電撃が体内に一気に伝導した。
「ガアアアッ!?」
内側からの強力な感電を受け、巨漢の男は白目を剥いて気絶した。
「……あと一人。どこだ?」
俺は子供たちとルミナがいる部屋へと急いだ。
「おい、動くな! この子供がどうなってもいいのか!?」
残った没落貴族が、震える手でナイフを子供の首元に突き立てて脅していた。
「残念だったな。脅したところで、動かなくても子供を解放できるんだよ。ルミナが回復してくれた視力と、俺の魔法でな。『水素変幻』、『形状制御』――氷よ、やつを拘束せよ!」
男の手と足を瞬時にピンポイントで氷で固定する!
「『身体強化』! 『水素変幻』、『形状制御』――氷のガントレット! 『速度上昇』――!」
一気に距離を詰め、渾身の一撃を叩き込む。男は激しく壁にぶつかり、そのまま崩れ落ちて倒れた。
「……さぁ、こいつらを縄でしっかり拘束しないとな」
◇
三十分後。
「……ん……フルード君……?」
「あぁ、ルミナ、おはよう。もうそろそろ兵士が着くだろうから」
「あの……敵の人たちは……?」
「みんな気絶させて拘束したよ。子供たちもみんな無事だ」
安堵したのも束の間、隠れ家に向かって大勢の走ってくる足音が聞こえてきた。
「手を上げろ! お前らはすでに包囲されている……!」
「こんばんは、兵士さん。ここにいた人たちはみんな無力化させました。攫われた子供も無事です」
踏み込んできた兵士は、倒れている男たちと保護された子供たちを見て目を見張った。
「あ、ありがとう……私たちが本来するところを。君はその制服、魔法学校の子かい? それとシスター……? それぞれまた話を聞きたいから、名前を教えてくれるかい?」
「俺はフルード。こっちは……」
俺はルミナにそっとアイコンタクトを送った。
ルミナは服を整え、まっすぐな目で名乗った。
「私は、シスターのソフィです」




