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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之前 こうして私のお嬢様生活は進んでいく
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第7話 西園寺瑞樹としての再出発


 私が前世の記憶持ちだとバレてから、週五日の習い事に加え、お嬢様教育も加わり、またただでさえ俗世にいるのだからそこに染まりきらないように、と娯楽番組の視聴も本当に禁止されることになった。バイオリンなど楽器関連の習い事についても、著名な楽曲しか許されなくなった。ただ、あれもだめこれもだめ、といわれ始めている私ではあるが、何もかも禁止してしまってはいずれ爆発するのが目に見えているということで、本だけはある程度の自由を与えられている。

 とはいえ、防犯の観点から書店にはなかなかいかせてもらえず、今はインターネットで情報を集めて、使用人に購入してもらってきている状態だ。その上、あくまでも『ある程度』の自由でしかなく、どんな本を読んでいるかの報告を義務付けられている。そして、本についてもふさわしくないと判断されれば捨てられてしまうが。

 そして、そういった事情があって、私の癒しの時は限られてしまった。

 しいて言えば学校にいる時間が一番癒される時間だ。

 ただ、この学校にいる時も、かなり気をつかわなければいけなくなったけど。


「ごきげんよう、佳香さん」

「あ、うん……。瑞樹ちゃん、ごきげんよう?」

「ふふ、無理に合わせなくても大丈夫ですよ。あ、美奈穂さん、ごきげんよう」

「ごきげんようだよ、瑞樹ちゃん」

「美奈穂さん、ごきげんようだよというのは傍から聞いているとちょっと……」

「あれ? そうかな?」


 と、こんな感じで、言葉遣いは基本丁寧語で挨拶も『ごきげんよう』にしなければいけない。

 でも、親の目が届かない学校内であっても、決して崩そうとは思わなかった。だって、そうしなければ西園寺にふさわしい令嬢にはなれないから。

 母さんの話を聞いて、その話を聞いているときに見た母さんの目は、今でも忘れられない。あれは本当に後悔している目だ。今もなお、自責の念に駆られて懊悩いる目だ。

 私はそうなりたくはないし、母さんの過去はうかがい知ることくらいしかできないけど、それでも、少なくとも『今』はもう、違うのだと、母さんはれっきとした淑女なのだと自分を認めさせてあげたいと思っているからでもある。

 そのためには、ご令嬢としての立ち振る舞いの教師役をしてくれている母さんの指導をよく聞いて、こなして、その結果を示す必要がある。

 一度失望されて、西園寺にふさわしくないと今でもたまにささやかれるらしい母さんだけど、その母さんが私を名家御用達の学校の力も借りず、自分の手ずから西園寺を名乗るにふさわしい令嬢として育て上げることに成功したなら、それは母さんの不評を払しょくする足掛かりになる。はずだ、と、私は信じている。


 だから、周囲に何といわれようと、なんとささやかれようと、私は止まるわけにはいかないのだ。


「あ、瑞樹ちゃん。えっと、ごきげん、よう?」

「あら、勇太くん。男の子は、ごきげんようじゃなくてもよいのですよ?」

「あ、そうだったんだ。姉貴から借りて読んでる漫画にはそういうもんだって書いてあったから」

「……少女漫画、読んでいるのですか?」

「少女漫画? 漫画は漫画だろ? 少年漫画とか少女漫画とか、わかれてるのか?」


 うわぁ、ある意味すごい子だったよこの子。

 勇太くん、羽瀬勇太くんは私が『いいとこのお嬢様』であると身バレしてしまうきっかけとなった子だ。

 なんにでも興味を示して突っ走ってしまう性格で、でも誰とも分け隔てなく接してくれる気持ちのいい子でもある。

 うまく周囲を取りまとめて、お嬢様教育を受け始めた私もうまく教室に馴染ませてくれてた。恩がありすぎて、頭が上がらない相手だと思う。もっとも、相手がどう思っているかは不明だけど。


 放課後になると、他の人は徒歩で帰るなり、学校のすぐ脇に設置されている学童に行ったりとそれぞれの家庭事情によって異なるものの、おおむね思い思いのひと時を過ごすことになる。

 対して、私には習い事とお嬢様教育が待っている。ただ、基本的にお嬢様教育は休日など時間がある時か、習い事が重ならない日に行われる。

 例えば、今日は英会話と新しく始めた茶道の二つ。

 茶道の習い事で初めてたててもらったお茶の味は……正直、子供の下では嚥下するのも一苦労だった、といわせてもらいたい。

 英会話は……実のところ、前世でも得意だったので割とすんなり好成績を収めることができた。前世の知識ウマー。努力次第ではだれでも身につくものではある分、チートではないけど。


 テレビ番組では娯楽番組を見るのを禁止されてしまったため、頃合いを見計らって報道番組を見るだけにとどまっている。

 というか、見させられている。時事を知ることは何事においてもいいことだ、といわれては仕方がない。それに、学業においては俗世に触れるとはいえ、普段はそこからかけ離れた場所にいるのだ。『外』の情報は嫌でも気になってしまう。




 習い事の時間が終わり、食事を済ませたらそのあとは自由時間となる。

 もちろん、自由時間とはいえやることは本を読むことくらいしかないが。

 とはいえ、その前にやるべきことはきちんとやっている。


 学校で配られた問題冊子――まぁ、いわゆるドリルだ。

 小学校レベルなので、高校程度の知識量のある私にとってはすぐ終わる内容だが、やはり最初にやってしまえばあとであわてる必要はなくなる。


 それほど時間もかからず宿題をやり終えれば、いよいよ本当の意味での自由時間が始まる。ほぼ鉛筆を走らせるだけの簡単な作業なだけに、その時間がなんとももったいない。

 数少ない娯楽となった読書を寝る時間になるまでやることもあれば、バイオリンなどの習い事の練習をすることもあるが、今日は読書の気分なので読書にしよう、と手元にある鈴を使って使用人を呼びつけた。どういうシステムかは聞いていないが、これを鳴らすとすぐに使用人が駆けつけてくれるのだ。

 ちなみに使用人、というのは母さんからの指示でそういえと言われているからだ。貴賤や男女による差別をなくすためだと言われたが、やはりどことなく上から目線で物を言っているように感じてしまうのは庶民意識が抜けていないからなのだろう。


 そうして用意してもらった本を読んでいたら、皐月が部屋にやってきた。

 ここ最近は、いつもこうして私の顔色をうかがうような感じで訪ねてくる。

 母さんが言っていた通り、今のところ皐月からはゲームで見たような『皐月様』になってしまうような要素は何一つ感じられない。私が何をする必要もないんだ、と改めて思うことができている理由の一つだ。


「お姉様……?」

「なにかしら」

「その……大丈夫、ですか?」


 いつも通りの、心配そうな顔。どこか、憂いを含んだその表情を見て、私はとっさに表情を柔らかくした。


「どうしたのですか、急に……」

「いえ……あの、ここ最近、安らぐ時間がないように見えてて、本当に、無理をしていないのかと、思いまして……」


 この子は……聡いな。

 とても、隠し事ができるような感じがしない。それに、人の感情を機敏に読み取る。多分、共感能力が高いのだろう。前世でやったゲームで、お邪魔キャラとしての『皐月様』の悪質さが際だっていたそのルーツは、もしかしたらそこにあるのかもしれない。

 そのためここ最近、部屋でぼーっとしているとすぐに大丈夫かと聞いてくるから、あまり疲れを表に出せないのがちょっと辛い。


「いろいろ、習い事を増やしたみたいですし、それらが終わった日でも毎晩お母様と一緒になにやら取り組まれているようですし……それに休みの日も……」

「……大丈夫ですよ。私が望んだこと。その結果なのですから。あなたが気にすることではないですよ」

「それでも…………。……いえ、すいません。差し出がましいことを言ってしまいました……」

「気にしていませんから大丈夫です。疲れているのは事実だし……皐月がそうして、私を気遣ってくれるだけで、私は元気になれますから」

「そう、ですか?」

「えぇ、そうです。ですから、皐月は皐月で、自分が頑張りたいことに取り組みなさい」

「……わかりました。それでは、失礼いたします」


 皐月は一瞬寂しそうな顔をしたものの、すぐに部屋から出ていった。

 許された娯楽が本当に限られてしまったために、皐月の心遣いが凄く沁みる。でも、踏ん張らないといけない。

 だって、私はもう、過去の『知識』に流されない、と決意したのだから。


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