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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
-目が覚めたら悪役令嬢の双子の姉にTS転生してた件について-エピローグ
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第47話 ****が伝えたいこと


 しかし――どう言葉をかけるべきなんだろう。

 水崎聖羅――聖羅さんにかけてあげるべき言葉は、慰めでもなければ、許しを与える言葉でもない。

 となれば、許すことは到底できないけれども、でも無視はできない。少なくともそこに『意味』は感じることができた、必要な言葉の一つだった。

 そう言うほかにないと、私はそう結論を出した。

 それは奇しくも、私がこの場で表明しようとしていた決意(・・)と似たようなものだった。

 なら、それも含めて全部伝えよう。

 私の気持ちを、整理しながら。決して譲れない思い、同意できる思い。

 それを伝えて――彼女がどう思うかはまだわからないけれど、少なくともただ単純に、『許せないから目の前から消えてほしい』と伝えるよりは断然マシだろう。


 聖羅さんの母親から言われたことを、思い出す。

 確かに聖羅さんの母親の言葉は痛烈を通り越して過激だった。

 でも、完全に間違ったことを言っていたわけでもなかった。全部を許容することはできないけれど、少なくとも、ごく一部だけ、考えさせられる内容ではあったんだ。その証拠に、私はその後、ひどく苦しまされたから。

 それは――潜在的に、そのことについてコンプレックスを抱いていなければ、まずありえなかったことだったのだから、多分間違いない。


 確かに私は紛い物。()の言う通り、贋者で、本物にはなれない模倣品。

 だから、それでもなお輝きたいというのなら、自身の持つ、模倣品としてのナニカを捨てなくてはならない。それは、確かなことだった。

 でも――考える過程で気づいたんだ。『自分』を捨てることだけはできない以上、そのすべては選べないし、私自身すべてを選ぶ気もない。そして、すべてを選ぶ必要もない。この世界で、上流階級の身の上として生きていくなら、なにかを捨てなくてはならないのは確かだけれど、自分らしさを失ってしまえば、周りに呑まれてしまうのも確かなことだと、痛感させられたから。


「お姉様……?」

「瑞樹……どうしたの……?」


 聖羅さんに同情の視線を送りながら、長考に入っている私の様子をうかがう母さんと皐月に大丈夫です、と返しながら、考えをまとめていく。

 自分らしくもあり、そして西園寺家の令嬢らしくもある。

 私の答え。私だけの答え。

 聖羅さんの、母を許してもらえないかという問いかけに対する、私の答えとして最もふさわしいのは――やっぱり、全部伝えること、ただそれだけに尽きると、直感がそう言っている。

 私の思いを。固めた、決意を。

 ただ、許せないだけではなくて。

 許せないけれど、それでも――少しでも、『一歩』を踏み出せる、貴重な言葉ではあったのだという、感謝の意を伝えよう。


「……聖羅様」

「はっ、はいっ!」

「…………私は、あなたのお母様を、許すことはできそうもありません」

「……………っ!?」

「お姉様っ!?」

「瑞樹……っ!」


 視線が、突き刺さる。

 避難するような視線は、聖羅さんに同情を寄せていた母さん、皐月のみならず、状況を見守っていた周囲の人たちからも感じる。

 例外は――。


「そうかい……。でも、見た限り、それだけじゃあないようだね」

「……察しがいいな、水崎の」


 いつの間にか近くに来ていた父さんと、おそらくは聖羅さんの父さん。水崎財閥の現会長だ。


「うちも落ちぶれてしまったものだが、人を見る目だけはまだ落ちぶれちゃいないつもりさ」


 肩をすくめる水崎会長。それに対する父さんは少々冷ややかな視線を送るばかりだ。

 父さんと水崎会長は、視線で私に話の続きを促してくる。


「……繰り返しになりますが、私は水崎綺奈様を許すことはできません。自尊心を強調するわけではありませんが、綺奈様が私のお母様に放った言葉は、私はともかくとして、皐月までも不当に批判するものでした。まだなににも染まり切っていない、純真な心の持ち主である皐月はだいぶショックを受けていましたよ」


 実際には私のことを気遣ってか、私の前ではあまりそう言ったそぶりを見せてはいないけれど――それ以外のところで、きっちりと泣いていた。ひどく落ち込んでいた……はずだと、私は思う。


「…………えぇ、そうね……。皐月の様子もそれなりに見ていたけど……やっぱり、ショックは隠しきれてはいなかったわ」

「はい……やっぱり、あの方の言葉は、少々……」


 そして、それは外れてはいなかった。

 純粋で無垢な子供にまであんな言葉を吐いた人を、許せるはずはない。


「あぁ。その点については私も申し訳ないと思っている。本当に、すまなかった……」

「今さら謝られても、もう遅いです。一度言葉として言ってしまえば……もう、それは取り消せない」

「……ああ、そうだな。君の、言うとおりだ」

「でも、水崎様がおっしゃる通り、ただ許せないというだけではないんです。」


 水崎会長は、ただ静かに、私の話を聞いてくれている。

 その顔は、まるでつきものが取れたかのような、すっきりとした顔でもあった。

 水崎会長なりに思うところもあった、その証左なのだろう。


「水崎綺奈様は、私達を紛い物と言いました。名だたる家のご令嬢方が通う高天学園に通う皐月はさておき、普通の、公立の小学校に通う私は、このパーティーに参加している人たちからすれば、かなり異質な存在になることでしょう」

「確かに。ここにいる人たちのほとんどは、由緒ある有名な私立学校を卒業しているものが多い。君と同じように、公立学校に通うものはごくごく少数はと言えるだろう」

「はい。西園寺家の令嬢として、それはおそらく、不適切な選択であることは想像にも難くありません」

「だろうね。私は、君のお袋さん……麗奈さんのご実家とは懇意にしているが、君が公立の小学校に通っていると知ったときの、君の母方のお爺さんお婆さんが卒倒する光景が容易に想像できる」


 実際に卒倒したわけではないものの、それと同じくらい過敏に反応していたのは確かなので、否定はしないでおく。

 私はそれを苦笑しつつ横に流し、しかしながら、とそこで話を切り替えていく。

 水崎会長に伝えたいのは。今この場にいる全員に伝えたいのは。

 それは、まさしくこれから伝えようとしていることなのだから、こんなことをいつまでも話しているわけにはいかない。


「私はそれでも、公立の小学校を選びました。だって……これは以前、友人にも言ったことですが、有名な私立学校に通うことが、必ずしも必要とは限らないとは思いませんか? それに、私達、上に立つ者こそ、下にいる者の日常というものをよく知らなければいけないのですから。だから……これから先も、公立学校を可能な限り選んでいく予定ですし、仮に私立を選んだとして、おおよそ一般人でも普通に通える学校を選ぶと思います」

「ふむ…………。しかし、君は西園寺家のご令嬢だ。君自身がいいていただろう? そう言ったことはそれこそ下にいるものに任せて情報を集めればいいではないかね」

「それもそうですが、しかしそれだけではわからないこともありますから」


 いくら人を使って情報を集めたとして、それを聞く人がそれに見合った『常識』を知らなければ、意味がない。下地がなければ、容易に誤認してしまうだろうし、そうであれば埒外の方向へ舵をとってしまうことだってあり得なくはない。

 それではだめなのだ。


「お嬢様学校に通えば、マナーを学ぶことはできるでしょう。社交ダンスを学ぶことはできるでしょう。でも、それは家で、家庭教師などを雇えば同じこと。学校で、上流階級の友人を作ることはできるでしょう。常日頃から同じような立場にいる方たちと触れ合う機会に恵まれますから、必然的に品位というものも高まっていくでしょう。……でも、上流階級の友人であれば、このような場でもたくさん、機会はあるはずです。品位だって、こうしてパーティーに幾度となく望めば必然とついていくものでしょう」

「そうだが……しかし、どちらの方が効率がいいか、考えてみなさい」

「考えましたよ? 考えた上で、私は公立学校を選ぶと決めたんです。その方が……社会に出てから、苦労はしないで済むと思いますから」


 結局のところ、一番学ばないといけないのは一般常識だ。

 なにがよくて何が悪いのか。その判断基準の土台となるものがわからなければ、親の事業を継いだ時にどのように舵をとっていけばいいのかわからなくなってしまう。

 その時になって、ようやっとわかる時が来る。自らに足りないのは、一般人が持つ常識なんだ、と。

 無論、いきなりトップに立たされるわけでもないだろうし、また必ずしもトップに立たされるわけでもないだろう。しかし私達は、経営者という立場が約束される可能性が、総じて高い地位にある。だから、いざその立場に立って動けないようではまずいのだ。財政状態が悪いときに跡継ぎをして、それで立て直しを迫られたときなどは特に。


「………………、たかが子供の言葉、というわけではなさそうだ……。目を見れば大体わかる。君は……本心から、そこまで先のことを見据えているのだね?」

「はい」

「だが、それでも、今、君はまだ子供だ。どうしたところでまだ十年以上の話だ、それを気にしても仕方がないだろう?」

「そう、ですね……」


 水崎会長は、誤魔化しは許さない、と言わんばかりの表情で私に語り掛けてくる。

 私の眼を、まっすぐと見て――見定めるように。

 それにこたえるように、私もまた、水崎会長をまっすぐと見つめる。


「一つ、聞きたい。そこまで私達をは違う、異質ともいえる行動をとって、君は一体何を目指している? 何を求めているのかね」

「それは――私らしさです。私が、私であることを維持続ける。私が求めるのは、ただ、その一点だけです。様々なしがらみにとらわれる有名私立では、どうあっても――それは、不可能と思いましたから」

「…………ふっ、そうか」

「でも、これを他の人が聞いたとして、理解してもらおう、納得してもらおうとは思っていません。私はあくまでも自分の考えに則って自分の考えた道を行く。周りなんて、関係ない。仰々しく話してしまいましたけど、突き詰めれば、それだけの話なんです」

「なるほどな。違いない」


 私の答えに対して、ただ、そうかとだけ呟く水崎会長。だが、その視線は穏やかなものだ。

 彼は私から視線を外すと、振り返りながら言葉をこう続けた。


「西園寺さん。君のとこの瑞樹嬢は……いろいろと規格外だな…………。なんというか……同年代の、現在進行形で揉まれまくってるアラサーのおっさんみたいな気配すら感じたぞ」

「…………っ!?」

「ああ。そうだろう? 俺の自慢の娘だ。無論、皐月もな」


 うっわぁ……この人、ナカノヒト(わたしのこと)をドンピシャで当ててきたよ。何者なんだ一体。


「だろうな。最初はちょっと警戒していたが……皐月嬢も皐月嬢でなかなか侮れない。晴香さんとは似ても似つかないが……受け継いでいるモノは世代を飛び越えて、きちんと受け継がれたんだな。しっかり品定めされちまったみたいだ」

「おいおい、皐月の子とほめてくれるのはありがたいが、さりげなくうちの家内をなにげにディスってないか? 瑞樹のこれは、家内譲りなんだぞ」

「ほ~う……」


 意外そうな顔をして母さんを見つめる水崎会長。

 まぁ、父さんの行っていることは、あながち間違っているわけでもないだろう。母さんが転生者で、私も転生者。ある意味では規格外の『遺伝』だろう。

 ……まさか、将来生まれてくるだろう私の子供まで『転生者』ってことはないよね。二度あることは三度あるっていうし、ちょっと不安だ。

 水崎会長は母さんと少し視線を交えて、


「俺のところに来てみないか? 最近離婚してな、一人身はやはりつらいんだ」


 今度はナンパをしやがった。

 人の母親をナンパすんなこのジジイ。

 母さんは微笑みながら返答をするが、その視線はまさに絶対零度。人が殺せそうな視線だ。


「謹んでお断りさせていただきます。水崎会長にお似合いの人など、私のほかにたくさんいるでしょう。所詮――私は壁の汚れ(・・)ですから」

「変わったな、君も……それを自虐ネタに使ってくるとは…………」


 水崎会長もそれは本気ではなくあくまでも悪ふざけのつもりでそう言ったのだろう。笑いながら母さんに謝罪を申し入れた。




 水崎会長に意思を伝えたことで、必然とパーティー会場にいる他の参加者にもそれは伝わったようだ。

 私の話を聞いて、大半の人は興味をなくしたようにそれぞれ直前まで話していた人と会話を再開し始めたが、一部の人は私や、母さん。それに皐月のことを値踏みするような視線を送って来たり、困惑の色を隠せていない顔で挨拶をして来たりもした。

 それでもかまわない。

 私は私、他の人は他の人。

 他人である以上、同じ道を歩いていたところで、いずれ分かれ道に到達する。私の場合は、周囲とは少し離れた道を歩いている、ただそれだけの話だ。


「……あの、瑞樹様」

「あ、雫様。ごきげんよう」


 考え事をしながら歩いていたら、今度は雫さんと遭遇した。

 彼女は少し頬を上気させて私のことを見つめてきており、その視線は尊敬の色に染められている様子。


「ごきげんよう。瑞樹様、先ほどの話、聞かせていただきましたわ。とても素敵なお志でした!」

「ありがとうございます、雫様。……雫様は、どう思われましたか?」

「……とても、考えさせられるお話でした」


 それはよかった。

 雫さんは一月から公立の小学校に通うことになって、しかも私と同じく、普通の子たちに囲まれての学校生活を余儀なくされている。

 私みたいな存在ならともかく、純粋なお嬢様である雫さんはどうしているだろうと、日々心配はしていた。

 けれど――私のさっきの話を聞いて、思うことがあったのなら、少しは助けになれたかもしれない。

 雫さんが小学校を卒業後、どうなるかはわからないし、ひどいことを言えば興味のかけらもない現状だけど――似た者同士になったのだから、やはり気になってしまうものだ。だから、会うたびに少しだけど自信なさげな彼女の助けになるというなら――それはそれで、今回のパーティーを企画してもらった意味はあったのだろう。


「……変わって、しまうのですね。なにもかも…………」

「どうでしょう。私達が変えようと思わなければ、変わらないかもしれませんよ? 未来を担うのは、私達なのですから」

「でも……瑞樹様は、西園寺のお方ですから。瑞樹様があのように仰るのならば、周りも変わっていくのではないですか?」

「そうなると……いいですね。今の私達の世界は……少々、頭が固すぎますから」

「まぁ……ふふふ…………」

「クスクス……」


 二人して、笑い合う。

 そう、未来のことなんてわからない。だから、私は自分で決めたことを貫き通して、ただひたすらに前を向いては知っていく。

 その先に待ち受けるナニカに対応する、準備をしながら。




 パーティーは続く。

 私が投じた石は、よく耳を澄まして聞いていれば、それなりに大きな波紋を生じさせたらしい。思ったよりしっかりとした考えを持っているという言葉や、たかが子供が知ったような口を、と予定調和のような文句を言う言葉も聞こえてくる。

 そうした声を聞き取りながら、私は会場内を、時間が来るまで充てなくさまよい続けた。


 ――それは、これから先の私の人生を示しているようでもあり、しかしどこかそれが楽しくもあった。



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