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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>急章 そうして私は本当の壁を素通りすることにした
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第46話 ****の二年目の春


 こうして振り返ってみると、やはり年明けというのは過ぎるのが早いものだと、改めて思ってしまう。二月、三月も瞬く間に過ぎ去ってしまい、気づけばもう春休みに入ってしったからだ。

 二月にちょっとした騒動もあったものの、結果としては支障なくスプリングパーティーに臨めそうな態勢を整えることができた。


 藤崎家主催――という名目の、西園寺家との合同パーティー。その準備は滞ることなく進んだらしく、無事に今日という日を迎えることができた。

 四月一日、日曜日。新年度のはじまる日であり、多くの『始まり』がおそらくは、この日に集中している。新しい『節目』を迎えることを祝うパーティーとしてはうってつけの日だろう。

 ただ、パーティーとは言っても、私には、私達にとっては決戦の舞台ともいえるけれど。


 水崎夫人から投げかけられた言葉がきっかけで揺れに揺れた、この世界での私の意思。悩まされて、泥沼にはまり込んで、凹んで……。()という予想外の存在の覚醒を経て。そうして、改めて固めた意思は、もう揺るがない。

 この世界で、私は私として生きていくんだ。

 そう、パーティーで、改めて、その意思を周囲に示す。それで周囲がどう出るかはわからないけれど――だからどうした、というのが私の答え。周りなんて関係ない。周りの人は、周りの人。私だって、わたし以外の誰にもなることはできないし、()だって()以外の誰にもなれないだろ。

 だから、誰に何と言われようと――その場毎の雰囲気に自身を合わせる必要性はあれど――自身の意思は可能な限り、貫いていくしかない。

 このパーティーは私のこれからにとって大きな分岐点になることだろう。それだけじゃない。きっと、母さんにとっても。


 そういえば、水崎夫人で思い出したけれど、この三か月の間に、ウインターパーティーで突っかかってきた水崎家に関して、大きな動きがあったらしい。

 その情報を聞いたとき、私は改めて西園寺家のネームバリューの重さを思い知らされたものの、その時は水崎家自体にはあまり興味を向けていなかった。

 なんにせよ、彼女の家にとっても、一つの節目となることは確かだろう。




 現在、すでに会場入りしており、会場内を挨拶回りしているところである。


 会場を見渡してみる。

 半分くらいは、西園寺家が懇意にしている家の人たちで、私や、母さんを見つけると微笑んで挨拶を交わしてくれる。

 もう半分はその逆で、今の西園寺家をよく思っていない家の人たち。彼らは私達を見つけると嫌なものを見つけたような視線や、値踏みするような視線。そして嗜虐的な視線など、おおよそ好ましいとは言えない視線を送ってくる。


「……瑞樹、皐月」


 私と皐月を引き連れて歩く母さんが、私達に呼び掛けてくる。

 その顔はやはり、不安をぬぐえない、と言った感じだ。


「大丈夫?」

「えぇ。大丈夫です。お母様」

「……私は、少し…………」


 私はもう、引かないし、引けないと心に強く誓った。

 母さんのその言葉は、その不安は周囲からひそひそと聞こえてくる声に対するもの。


 ――見て。また面汚しが来たわ。

 ――壁の汚れ(・・)とその出来損ないの子供が、一体何の用なのかしら。

 ――ちょっと、さすがにそこまではひどすぎるのではありませんか? この前のウインターパーティーで、水崎様は西園寺様から痛烈な言葉をいただいたそうよ。

 ――けれど、逆に言えば、西園寺様の後ろ盾がなければ何もないということでしょう。

 ――いやだわ。虎の威を借る狐のように、借り物の権力を乱暴に振りかざして。


 話が進むにつれて、口の上では警戒するような、怯えるような言葉を発しているものの、しかしそれだけである。

 そう言ったことを口走る人たちは得てして、あざけるような言葉しか話さない。

 それらの視線や陰口にしかし、あえて静観に留めながら、私は母さん達と一緒に会場を回っていると、見覚えのある顔ぶれを見つけた。


「あっ……さ、西園寺、様……」

「あなたは……なにか、ご用でしょうか」


 ウインターパーティーでお世話(・・・)になった水崎家の、ご令嬢――水崎聖羅だ。

 警戒しながら声にこたえると、水崎聖羅は若干怯えた表情になる。

 少し、高圧的になりすぎたかもしれない。でも、ウインターパーティーの時の件があるのだ、警戒してしまっても仕方がないことだと思う。


「そっ、その……ウインターパーティーでは、母が、申し訳ありませんでしたっ!」

「え……?」


 けれど、続くその謝罪の言葉に、私は少し面食らってしまう。

 まさか、謝罪をもらうとは思ってもいなかったからだ。


「許して、いただけませんか……?」

「えっと……」


 その必死は、私達が許しを与えるまでその場を動かない、と言わんばかりの形相である。

 返答に困って母さんや皐月と顔を見合わせる。周囲の人たちは、水崎聖羅を見て驚きつつも様子を見ることにしたようだ。


「……水崎、聖羅さん、でしたね。一つ、質問したいのだけれど、よろしいかしら」

「は……はぃ……な、んでしょうか……?」

「今日はお母様……綺奈様はいかがなさったの?」

「はっ、はい……」


 水崎聖羅は見ていて思わず気遣ってしまうくらいにびくびくしていて、喋るのにも一苦労と言った感じだ。


 ――ウインターパーティーの時とは、立場が真逆だ。自身の家の立場の急変。そのショックはそれほど大きかったのだろう。


 そう思っていた私だったが、水崎聖羅がここまで弱っているのは、それだけが理由ではないようであった。


 おどおどとしながらも、やがて紡がれた言葉。それは、事前に大まかな情報を耳にしていた私にとっても、西園寺家のネームバリューの強さを、再三にわたり、思い知らされる内容だった。

 結論から言えば、水崎聖羅の母親、水崎綺奈は――もう、夫人ではなくなってしまったとのこと。

 水崎聖羅のつたない話を補完してまとめると、ウインターパーティーでのやりとりは、元夫人の夫だった人物に当たる、水崎財閥の現会長の耳にも伝わったという。

 水崎一家はその日以降、私達西園寺家やその周囲の家――つまり、西園寺家と懇意にしている家から報復があるのではないかと、戦々恐々としていたらしい。


 ――水崎家のその後の動きに関する情報をくれた父さんが言うには、西園寺家としては父さんが水崎夫人に放った言葉以外、特に何もしていないのだが、周りの人たちはそれが報復制裁の開始宣言だと認識したという。

 その結果、水崎家との友好関係を問わず、取引を控える企業が続出。結果として、水崎財閥は今後の事業計画に関して、大幅な縮小を前提とした見直しを余儀なくされたという。


 水崎聖羅の実家の経営状態が悪化するきっかけになったのは、父さんが不快さを我慢しきれずに言い放った一言だった。

 しかし、そのきっかけを作ってしまったのは、他ならない水崎綺奈であるのは確かな事実だ。不幸の大本の原因ともいえる彼女を、家においていたくないと思うのはまあ、頷けなくもない話だ。

 水崎綺奈がその後、どうなったかは定かではないが……彼女については、同情する余地はないと私は思う。


 ただ――目の前にいる、水崎聖羅についてはどうなんだろう、と私はちょっと逡巡してしまう。


 ――何を迷っているのですか。さっさと突き放してしまえばいい、ただそれだけの話でしょう。


 ()はそんな私の思考を読み取って、そんなことを言ってくるけど――簡単に頷ける話でもない。だって、この子には特に罪なんてないんだから。

 ただ、母親のとばっちりを、受けてしまっただけ。


 ――それがどうかしましたか?


 ()は、言葉通り、そんなことなど意味はない些末な問題だと切って捨てた。

 親が親なら子供も子供。口ではああいったが、本質は似たようなもの、近い将来同じ思想を持つに至るだろうと。

 そもそも――。


 ――彼女の母親を許す。それは、あなたが固めた決意を、あなた自身で否定することと何が違うのですか。それに、彼女がお母様に向けて放った言葉。あれも、容認するということになるのですよ?


 そうだった。彼女を許すということは、彼女の言動も許容するということ。

 それだけは、決してしてはならないことだ。


 でも、と私は()に切り返す。

 それだけが、果たして正しいことなのかと。

 ただ、許せないとだけ伝えるのが正しいことなのか、と。


 ――どういう、ことでしょうか……。


 戸惑いの色を示す()に、私は諭すように思考をぶつける。

 何度も言うように、悪いのは目の前にいる少女の母親なのであって、少女自身ではない。

 だから、彼女がショックを受けるような言葉は、してはいけないと私は思う。だって――それは完全な八つ当たりでしか、ないんだから。



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