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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>急章 そうして私は本当の壁を素通りすることにした
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第44話 西園寺瑞樹とジュニアアイドルの家庭事情Part II


 そうして新たな出会いから始まった三学期。前学期と似たようなスタートとなったが、私の心境は全然違う。

 なぜなら――今の私は、ある種の使命感を持って、動いているのだから。

 それは、私を、私と母さんを『見下して』きた人達に対する糾弾。もう、これ以上の侮辱(・・)は許さないという、意思表示。

 それを示すための準備は、着実に進められていた。

 一方で学校生活も順調で、新しく加わった高橋さんもうまく打ち解けつつあるようだ。

 私と優衣ちゃんで『普通じゃない子たち』との接し方が何となく慣れてきたから、と勇太くんや佳香ちゃんが言っていた件については、素直に喜んでいいのかどうかわからないけど。


 一月往ぬる(=行く)、二月逃げる、三月去るという言葉の通り、時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、小一の三学期もう残すところ二月とちょっと――春休み期間も考えると、二月弱くらい。

 まぁ、具体的に言えば今日は一月最後の金曜日だったりする。

 しかし、優衣ちゃんのスケジュールが変わったため、金曜日恒例だった勉強会は、今学期はできていない。まぁ、優衣ちゃんが泣きついてこない限り、今はまだ何とかなっているのだろう。前学期の成績を鑑みると、そう願わずにはいられない。

 こちらとしては、近々催し物をするための準備があるのでその意味ではありがたい、とも思っているけど。


「瑞樹」

「お母様? お父様も……どうかしましたか?」

「今度の春休みシーズンに藤崎様と合同で開くスプリングパーティーだけれど……招待する方のリストを出力しておいたから、確認しておいて」

「はい……わかりました」

「…………見ての通り、合同という形にはなっているが、主催するのは今回も藤崎家という体をとっている。いや……そういう風にしてもらった、と言うべきか」

「はぁ…………」


 私の部屋に招待客リストを届けに来た母さんの顔は優れない。

 それはそうだろう。

 今まで誹謗中傷を浴びせてきた連中に対して、真っ向勝負を挑もうというのだ。

 そして、おそらくはそれだけではない。


「さすがにこの前の一件からまだ時間をおいていないし、同じ参加者たちが出て来るとは思えんが……羽虫(・・)のように際限なく湧いて(・・・)くるからな。見せしめの標的には困らないだろう」

「そう、ですか……でも、加減には注意してくださいね」

「それは心得ているさ。が……やりすぎない範囲では容赦しない」


 多分、それ以上に母さんが恐れているのは、やりすぎて西園寺家に友好的な家にも影響が及ばないかどうか、ということ。それから、逆に見せしめとしたつもりが圧力が足らず、逆上してこれまで以上に過激になってしまうこと。その二点だろう。


「それから、これは瑞樹にとって間接的にだがあまりよくない話となるが……」

「はい……?」

「瑞樹の友達の、朝比奈さんだが……彼の親父さんの会社が、うちと敵対している会社の部長のようなんだ」

「そ……そうなんですか!?」

「あぁ。しかも、その会社を傘下に置く財閥の会長はな、うちに後ろ指差す連中の中心的人物の一人なんだ。だから……もしかしたら、朝比奈さんの家にも悪影響が及ぶかもしれない。その辺りのフォローは考えておくが……そのこと、気に留めておいてほしい」

「は……はい…………」

「参考までに、関係者各位の情報を資料にまとめてあるから、改めて読んでおいてくれ」


 そう言って、父さんはその財閥に関する資料を手渡してきた。

 話はこれで終わりだ、と打ち切ると、そのまま父さんは母さんと連れ立って部屋から出て行ってしまう。

 しん、と静まり返った自室で、私はとんでもないことになり始めた、と早くも波乱の予兆を感じざるを得なかった。


 ――もしかしたら、朝比奈さんの家にも悪影響が及ぶかもしれない。


 父さんのその一言が、まるで耳にこびりついたかのように、いつまでも頭の中で響き続けた。




 それから先のことは、あまり覚えていなかった。

 ただ私が自覚していないだけで、私自身とても動揺していたのは確かなようだ。

 この隙を逃すまいと、幾度となく()が表に出てきたのかところどころ記憶に虫食いが生じているあたり、まず間違いない。

 その間何が起きていたのか、周囲の私を見る目が少しも変わっていないからなにも察することができず、逆にそれが少し怖いが……母さんの私を見る目が、あの日を境に警戒心の強いものとなっているあたり、家では相当やらかしているのは確かなんだろう。母さんに聞いても、皐月に聞いても、顔を青くして首を横に振るばかり。それだけで、なにかいいとは言えないことをやっていると理解できてしまう。

 ただ、その割には父さんが特に気にするそぶりを見せないのも気にかかるが。

 それでも、父さんになにがあったのか聞こうとすれば激しい頭痛と吐き気。

 無理やりにでも入れ替わろうとする際に起きると最近になってようやっとわかるようになったそれを感じて、なにがなんでも()がやろうとしていることに気づかせまいとしているようで、手も足も出せない状態だった。そのやるせなさがまた、私を情緒不安定にさせて、余計に入れ替わりやすさに拍車をかけている感じが否めない。


「――きちゃん……いじょ……ぶ、……きちゃん……」

「ん…………優衣、ちゃん……?」


 目を覚ます。……ような感じで、私は意識を取り戻した。

 とてもぼやけた視界と不明瞭極まりなかった聴覚が一気にクリアになる。ぼーっとしていた思考も、急に加速化し、周囲の状況の把握に動き始めた。

 確か今日は土曜日。久々に優衣ちゃんに予定がなく、私も午後は夜までフリーなので茶会でも開こう、ということになったんだっけ。


「え……? あ、あぁ、申し訳ありません、ぼーっとしてしまいまして……」


 声の主、優衣ちゃんを見てみれば心底心配そうな面持ちで私を見ている。

 しまったなぁ、と思いながらも、どうしようもない現状にため息を吐くしかない。とはいえ、優衣ちゃんがいる手前、心の中でとなるが。

 えぇと、なんの話をしていたんだろう。

 直前の記憶を引っ張り出すも、昼食を食べ終わって優衣ちゃんを迎える準備をして……その途中からもう記憶がない。

 ここまで記憶の欠落が激しいということは、それだけ()との入れ替わりが激しいということでもあり――同時に、私の精神的な疲弊も相応にたまっているということ、か……。

 頭ではわかっていても、それをどうすればなくせるのかがわからない。


 だって――春休みに開かれるパーティーという名を掲げた公開私刑。それをおこなえば、優衣ちゃんの父さんは……。


「……ううん。私は大丈夫だよ。それより、瑞樹ちゃん、本当に大丈夫? ここ最近、本当になんか変だよ?」

「そう……ですか?」

「うん……。時々、いきなり人が変わっちゃうみたいに……なんだろ。私が、仕事で演技をするときになんか似てるかなぁ……全然違う人が、瑞樹ちゃんを演じているみたいな」

「…………っ!?」


 核心を突く質問。

 優衣ちゃんに母さんや皐月と同じような力がある節は見受けられないから……あぁ、そうか。これはたぶん、直感だ。ジュニアアイドルという、夢を作る(・・・・)職人(・・)の直感。小学一年生でまだあどけないとはいえ――違う、だからこそ侮れない直感。

 いろんな人を演じてきたからこそわかる、本物と贋者(・・)の違いが分かる人の眼。優衣ちゃんは、弱冠ながらそれを身につけていたんだ。


「……なんてね。おかしいよね、そんなの……。皐月ちゃんがいるにしても、学校が違うからそんなにすぐに入れ替われるはずないし……何言ってるんだろう、私……」

「うん…………」

「でも、大丈夫なら、それでいいんだけどね……」

「うん……。えっと、本当に申し訳ありません、楽しんでいたところを……」

「大丈夫だよ、私なら」


 気にしないで、と笑って許してくれる優衣ちゃんを見て、本当に申し訳ないと思いながら、私は自分の前におかれたカップを口元に運び、紅茶を口の中に流し込んだ。


「それで、その……申し訳ありません、なんの話をしていたのでしょう……?」

「えっと……私のお父さん、仕事を辞めたって話、だったかな」

「えぇっ!?」

「…………さっきも驚いてなかった……?」


 いや、学校にいる時に優衣ちゃん、そんな素振りちっとも見せなかったし、父さんも母さんもあれ以降優衣ちゃんの父さんに関する話なんて一切することなかったから、そりゃ驚くって。

 でも……優衣ちゃんの話からするに()にとっても驚愕するような事実だったらしい……? タイミングからして、優衣ちゃんの周辺に絡む何かを企んでいるのではないかと思っていたのだけれど……彼女にとっても予想外のことが起きたということなんだろうか。


「なんかねぇ、上層部がきな臭いことになってきたから潮時か、とかなんとか言ってたよ? なんか、怖い人たちと戦いになりそうなんだって。下手したらとばっちり受けるかもしれないから、その前に適当な理由付けて高飛びするんだーって」

「そ、そうなんだ……」


 それは何とも、グッドタイミングと言うべきなのか……ここ最近、頭を抱える原因となっていた案件が、あずかり知らないところで進展していたなんて思ってもいなかった。

 ちなみに怖い人云々についてはノーコメントだ。その怖い人たち、の中に私達が含まれていることを知ったら、どう思われるか。それがちょっと怖いし。


「それで、それを聞いたお兄ちゃんがね、お父さんが春までに仕事見つからなかったら、見つけるまでは俺が家計支えるんだーって。お母さんがね、あんまり気張りすぎないで、できる範囲で頑張りなさいって言ってね。聞いてて、ちょっとだけ面白かったなぁ」

「そ、そうなんですか……で、でも、それなら早く見つけられるといいですね」


 優衣ちゃんもそうだけど、優衣ちゃんの家の人たちって、そこはかとなくハイスペックな気がする。

 確か、優衣ちゃんの父さんって、部署まではわからないけど、部長さんなんじゃなかったっけ? 優衣ちゃんの年齢からするとまだ三十代は抜けていないと思うんだけど……その年で大企業の部長さんって、どれだけすごいんだろう。

 というか、兄がいたって話、全然聞いたことないんだけど。初耳だよそれ。


「それにしても、お兄様がいるというのは初耳ですね。どのような方なのかしら……」

「お兄ちゃん? んーとね、お父さん……じゃないけど、お父さんに近いのかな……? ほとんど会ったことなかったんだけどね……。大学っていうところで、勉強してたんだけど、もうそろそろ卒業で、仕事も始まるから戻ってきたんだって」


 いやいやいやいや、それどういう家族構成なの!?

 父さんが部長さんでエリートさんで、母さんは見た感じ未だアラサーかつ二十代くらいの若さ。それなのに、今初めて聞いた兄さんが、少なくとも22歳で大卒予定……いやいや、ありえないでしょ。

 つか、優衣ちゃんの母さんと兄さんとの年齢差、明らかに一桁だよね!? 見た目だから優衣ちゃんの母さんの年齢はわからないけど。それでも、優衣ちゃんの兄さんて、優衣ちゃんの話が本当ならかなり存在しちゃまずい年齢だよね!? どうなってるの!?

 浮上したあり得ない家族構成に、はや混乱の一途をたどるしかない私だったが、優衣ちゃんは気にするそぶりも見せずに、そのままお茶とお菓子を口に入れるばかり。


 ――一体、朝比奈家はどういう家族構成なんだろうか。


 さすがに、優衣ちゃんのことがちょっとわからなくなり始めてきた。

 これは、少し冷静になる時間がほしい。いや、切実に。じゃないとお嬢様という仮面が崩れ去りそうで怖いわ。

 優衣ちゃんとのお茶会はそれからもまだ続いた。

 双方、久しぶりということもあって、話が随分と弾むからだ。


「そういえば、私の……事務所の中でのお友達がね、今度CDを出すんだって言ってた」

「CD……というと、音楽を出すということでしょうか……」

「そうなんだって。その子が主役の番組の、主題歌にもなるんだって。私も、その番組に出るんだけどね」

「そうなのですね」


 流れでその番組の話を聞いてみれば、時期の移ろいというか、時間の流れをしみじみと感じてしまう。確か、前に言ってた番組はすでに最終話を迎えたという話を母さんから聞いたし、次の番組の話なのだろう。

 お金持ちのお嬢様役を演じていたと思ったら、今度は等身大の小学生役らしい。

 主役の子が演じる主人公の友人役らしいが出番は多めで、それなりに重要な立ち位置のキャラを演じることになったそうだ。


「なるほど……キャラクターのイメージ的にも優衣ちゃんのイメージにぴったりですし、いいドラマになりそうですね」

「うん! 前みたいに、まったくイメージがわかないような役じゃなかったから、よかった。今度の仕事は、最初から最後まで全部自信あるよ!」

「そ、そうですか……」


 なんだろうか、ここまで前のめりに言われると、逆に心配になってくるな……。


 ――と言いますか、学校でもここ最近は妙に張り切っている様子でしたし……。本当に何もなければいいのですけれどねぇ……。


 どうやら、()も同じように思っていたらしい。ここ最近は学校でも頻繁に表に出ることがあるみたいだし、実際に接触しての感想だろうから、信憑性は高いと思う。鵜呑みにするなら、の話だけど。


「そういえば、この前、撮影現場に事務所のとっても偉い人? ていうのが来たんだけどね」

「とっても偉い人、ですか……」


 なんだろう。ちょっと嫌な予感。

 ――なんでしょう、少し嫌な予感がします。


 二人して同じ予感。ライトノベルの大半ではこういう時、世界の意外な狭さを思い知らされるというオチが絡むはずなのだけれど……。


「藤崎、さん……って、言ってた気がする……なんか、わかんないけど、とにかくすごそうな人。同い年の、女の子連れてた! 涼花ちゃんって子! 瑞樹ちゃんとか雫ちゃんとかと似た雰囲気だったよ!」


 それはそうでしょう! うちほどじゃないけど、日本国内では一、二を争う良家であることに間違いないんだから!

 というか思った通りだったよ!


「優衣様、その人にご迷惑はおかけしないでくださいね?」

「へ? う、うん……大丈夫だよ、ただ、休憩中にすれ違った時に声かけられたから挨拶しただけだし」

「そ、そう…………」


 ならよかった、のだろうか。

 西園寺ほどでないと言え、藤崎家は下に置いている組織が組織だ。なにか粗相があれば、社会的に殺すことなど造作もない家と言えるから……。

 とりあえず、何の気なしに話を続ける優衣ちゃんに水を差す気にもなれず、藤崎様のことについてはそれとなく西園寺家と家ぐるみで仲良くしている人で、だからこそ迷惑は絶対に掛けないように改めて声をかけておいた。

 優衣ちゃんは思いもよらなかったのか、私の話を聞いたらビクッと震えて、そんなに偉い人とは思わなかったよ、と案の定オロオロしてたけど。


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