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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>急章 そうして私は本当の壁を素通りすることにした
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第43話 西園寺瑞樹と2人目の転校生


「あの、瑞樹ちゃん?」

「なんでしょうか、優衣様」

「あの、お客さん、みたい」

「私に、ですか?」

「うん。瑞樹ちゃんに挨拶がしたい、って。すごく奇麗な子だよ」


 優衣ちゃんにそう声をかけられたのは、その日の放課後のことだった。

 始業式がある本日は放課になる時間も早い。午後から完全フリーになる子たちは、揃って予定を合わせて一緒に遊ぶ予定を立てているようだ。

 他方、私や優衣ちゃんは方向性こそ違えど予定が詰まっており、他の子たちと同じく遊ぶという余裕はないに等しい。


「わかりました。……時間が押しているみたいですね。優衣様、申し訳ありませんが今日はもうさようならのようですね」

「うん? そうなの?」

「はい。私に挨拶に来たということは、大体長くなることが多いと予想できますから」


 確証は、あるといえばあるし、ないといえばない。

 童心故の幼い恋心、みたいなものであればあるいは勘違いということになるだろう。

 けれど、私の名前を知っていて、別のクラスからわざわざ挨拶をしに来る。良家に生まれた以上、変な勘繰り(・・・・・)はどうしてもしてしまうものである。


「そうなんだ……うん、わかった。じゃあ、えっと……また、明後日だね」

「え……あぁ、そうでしたね。明日は優衣様、撮影でいないのでしたね。では、また明後日、会いましょう。ごきげんよう」

「うん、またね」


 挨拶も早々に、優衣ちゃんは軽い足取りで去っていった。

 私は荷物を持って、ゆったりとした歩調で、教室の外で待っているという客人の元へ向かった。


「……あ…………西園寺、様……ですか…………?」

「はい、確かに私は西園寺瑞樹です。私もあなたのお名前をお伺いしてよろしいしょうか?」

「あ、申し訳ありません。私は、高橋雫と申します」

「高橋様……あ、もしかしてこの前の藤崎様主催のウインターパーティーでご挨拶をいただいた高橋様ですか?」

「はい! そうです、覚えていてくれたのですね!?」


 この高橋雫さんという子は、この前のウインターパーティーの時、挨拶回りでちょっとだけ話したことがあっただけだった。

 私はその前も後もいろいろな子たちから挨拶の嵐にあったためにすっかり忘れてしまっていたが、この子は覚えていたようだ。

 ちなみに親はスマイル・プライスHDという会社をやっていて、西園寺家にも(・・)結構世話になっているそうだ。

 スマイル・プライスHDがどのような会社なのか。その概要くらいなら知っている。お嬢様教育の一環――という名のスパルタ教育で、経済学を学ばされているが、その過程で西園寺家と関わりのある会社のいくつかが類例に取り上げられたのだが、その時に一緒に聞いたからだ。

 一言でいえば、一風変わったCVSといったところだ。詳しくは省くが、雫さんのお爺さんが始めたもので、ここ最近急成長を遂げた有力企業だったはず。

 その企業の社長令嬢となれば、それはもう立派な上流階級の娘だ。そこらのお嬢様学校に通って、箱入り娘として育てられていてもおかしくはないレベルの。


 しかし、そんな彼女が何でこの学校に……。


「はぁ……高橋様、この学校に通っていらしたのですね。わかっていたら真っ先にご挨拶に行きましたのに」

「はい……いえ、申し訳ありません。実は、この学校は今日からなんです。前は……上代学園、という学校にいたのですが……」

「そ、そうだったのですか……?」

「はい」


 そう言うと、雫さんはちょっと俯き加減になった。

 第一印象からして、ちょっとだけ引っ込み思案の子であることがうかがえるが、その内面もとても内気な性格のようだ。


「その……前いた学校の子たちとは折り合いがどうしてもつかなくなったと言いますか……成り上がりとか言われたりして、どうしても居づらくなってしまいまして」

「あ~……そういうこと、でしたか…………」


 成り上がり、というのはここ最近急激に業績を伸ばしたことで大手企業の仲間入りを果たした企業の一つだったということだろう。

 ゲーム知識に依存するため実際には言い切ることはできなかった情報の一つとして、上代学園は選民意識が高い校風だったと記憶している。

 それも、資本力と家柄をもとにカーストの序列が確定されるが、その判定基準は資本力よりも家柄の方が比重としては大きい。無論、資本力がなければ家柄がよくてもまったく考慮されないので、資本力がそれなりにあって、なおかつ由緒正しい家系のみがカースト上位に立てる校風だったはず。

 現実としてはどうなのか、上代学園に入る可能性が潰されていた状態でのスタートだったから確かめるのはほぼ困難だと思っていたが、思わぬところで情報が手に入るものだ。

 彼女の言を信じるならば、彼女は『成り上がり企業の経営者の身内』であるとして、その『成り上がり』の部分をバカにされてこの学校に編入してきたということ。つまるところ、ゲーム知識における上代学園の校風は、そのままこの現実における上代学園にも適用できるということになるだろう。

 転校のきっかけに関しては、彼女の周囲の子達に対してそういう態度をとるような教育をした親たちが、その背後にいるのは確実だろうけど……。そうであるにせよないにせよ、それで本来楽しく送れるはずの学校生活を、ぶち壊しにされた挙句転校を余儀なくされた。やるせないとしか言えない。

 完全な我儘を押し通してこの学校へ来た身の上とはいえど、つくづく、そんな学園に通わなくてよかったと思ってしまう。


「その、なんとお声をかければいいのか……」

「いえ、お気遣いなく……お父様からも、気にするな、と言われていますし」


 そう言われてしまえば、どうすることもできなくなる。

 どうにもしんみりとした空気が漂い始めたが、先に立ち直った高橋さんの方から、話題の転換が持ち掛けられた。


「西園寺様は、その……入学当初からこの学校だとお聞きしました。それは一体、なぜなのでしょう」

「私ですか?」


 まぁ、気になるところではあるだろう。

 西園寺家の家柄と資本力であれば、上代学園でも母さんに対する風当たりを無視して、堂々とカーストのトップをぶっちぎりで獲得していたことだろうと、過去に父さんが言っていたのを聞いた記憶がある。こればかりは、西園寺家のギャグ漫画じみた資本力の一端がうかがえる。

 だからこそ、高橋さんは気になるのだ。私がなぜ、この学校に入学(・・)したのかが。

 とはいえ、私がここを選んだ理由など、それこそくだらないものだが。


「興味がなかったから、と言いますか、単純に嫌だったからですよ。いいところ(・・・・・)のご子息ご令嬢だけが集う学舎というのが。私は、普通(・・)でありたいのです」

「普通……ですか?」

「そう、普通です」


 その理由を、お嬢様らしく、また転生者という事情を伏せるために障りのないように言い換えてみたものの、それでも高橋さんからすれば理解しがたかったのだろう。

 当然のごとく、首を傾げた。


「テーブルマナー。話し方。そのほか、あらゆる場面での立ち振る舞い。それらをまんべんなく、普段の学校生活を送る上でも学ぶことができる。ええ、西園寺家令嬢としては、そうした学校にこそ通うべきなのかもしれません。でも……それは、果たして本当に必要なものなんでしょうか」

「……? 必要なものではありませんか?」

「えぇ。学ぶだけなら。でも……そのためだけに、特別(・・)な学校に通う合理性はありますか?」

「ごうり、せい……?」

「簡単に言えば、そうすることにどういう意味があるのか、ということです。……似た階級の子たちと知り合える? この前のようにパーティーにいけば、今後も、何度でも似たような機会に恵まれますよね。仲良くなれるから? パーティーで知り合った時に連絡を取り合う約束をして、お互いの家に行ったり、招いたりすればいいだけでは?」

「…………」

「それに、そう言った世界に近ければ近いほど、自分を偽らなければいけませんから。私は、そう言うのが嫌なんです」

「……そう、ですか…………」


 高橋さんは、眉をちょっとだけひそめて、よくわかりませんでしたけど、と前置きして、こうこぼした。


「なんとなく、ですが……西園寺様らしいな、とは思いました」

「私らしい、ですか……」

「はい……。水崎様に言い寄られていたのを遠目から見ていた時に思ったのです。……私達には、決してわからない目線を持っているのかもしれない、と」

「……。やはり、そう思っていらしたのですね」


 まぁ、当然のことだとは思うけど。

 私のこれは――中身庶民という事実からくる、庶民心むき出しの癇癪でしかないのだから。

 それでも、高橋さんは私の在り方は大変参考になるとして、今後も親しい中でいてくれると言ってくれた。

 高橋さん自身も良家の娘ということで、なかなかに予定が合わないかもしれないものの、予定が合うときはお互いの家で茶会を開こう、などと約束を取り交わし、この場は解散することとなった。


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