第42話 西園寺瑞樹と久しぶりの日常
そうして波乱続きとなった冬休みもいよいよ終わり、新学期が始まる日を迎えることとなった本日。前世ではハッピーマンデー制度により、第二月曜日は成人の日が当てられていたのだが、こちらの世界ではその議案こそ上がったものの否決となったらしく、依然1月15日が成人の日となっている。
さて、本日から薙刀術の早朝訓練が再開されたのだが、体力が落ちていたのか、早くも私は連日休んでしまった代償を支払うことになってしまった。
復帰直後とはとても言えない濃密な時間を過ごした私は、すでに心身ともにぼろぼろの状態だった。
――あぁ、体中が痛いです……。痛みって、こんなに辛かったんですね……。
私も、これまでも全知覚を共有していたはずだが、ここへきて久々にまともにその共有していた知覚を『感じて』しまったのか、うめくように私に呟いてきた。
――無理、です……。私、こんなの、絶対にできません……。初めて、あなたがいてよかったと思ってしまいました……不覚です…………。
あまつさえ、こんなことさえ言ってくる。どうやら、よほど堪られなかったようだ。
気持ちは痛いほどわかる。別に洒落を言っているつもりではなく、私も始めた最初のころは似たようなものだった。もっとも、最初は基礎体力どうこうとか、構えがどうこうとかで薙刀すらまともに握らせてもらえなかったけど。
そうして痛む体に鞭打って朝食を摂って――さすがに今日ばかりは私も表に出る元気はなかったようだ――、それから学校へ行く支度を整える。
筆記用具よし、上履きよし、ぞうきん……よし。
一つ一つ確認していると、おおよそお嬢様らしからぬ準備だとわけのわからない文句が聞こえてくるが気にしない。
つか、掃除を業者に頼むってどんな贅沢だ。せめて教室の掃除くらい自分たちでやらなくてどうする。
――私達は人を使う立場なのです。なんで使われないといけないのですか…………。
それ、人を使う、違うと思う。いや、確かに人を使ってはいるけど、ね。意味合いが、こう……。
――わかっています。それが傲慢であることくらいは……。それでも、納得はできないです。
なんで納得できないのかが私には納得できないのだけれどね。使った部屋はきれいにして立ち去る。立つ鳥跡を濁さず。その体現だというのに。
不毛な言い争いはそこそこにして、私は荷物を背負って玄関へと向かった。
皐月と一緒に外へ出れば、そこには門脇さんと私の護衛をしてくれている北島さんがいた。
そばには皐月付きの運転手の御舟さんと護衛の常田さんもいる。
「数週間ぶりの学校ですが……冬休みの間、結構ごたごたがあったと聞きました。大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません。行きましょう、門脇、北島様」
「かしこまりました」
そうして車に乗って学校へ向かう。
そして学校へ近づくほど、冬休み前と変わらない光景が目に映る。
徒歩で学校に向かう皆を尻目に、私は独り、車で学校に向かう。
もう慣れたと思ったけど、冬休み中のごたごたがあってから、改めてこの光景を目にすると、私という『異物』の『異質さ』がよくわかる。
それを自覚すると、ズキリ、と頭が痛んだ。
――けれど、それはあなたが望んだことでしょう。その『疎外感』を受け入れるしかないでしょう。それとも……私が、すべてを終わらせて差し上げましょうか?
そんな声を聴いて、しかし私はそれは不要だ、とその声に返答をする。
少なくとも、私の言う疎外感は私が望んだものの代償のようなもの。そして、それは私が西園寺瑞樹であることの根拠の一つでもある。私がいるべき場所はここではない、と示すもの。
それでも私はここに居続けることを選んだ。だって――それが、私なのだから。
誰かに敷かれたレールなんて走れない。そんなレールの上を、自分を殺しながら走り続けることなんて私にはできない。だって――私は西園寺瑞樹であると同時に、****でもあるのだから。
「到着いたしました、お嬢様」
「いつもありがとう、門脇」
「いえ、気にすることはありません。……学校に限らず、出かける時はこれからも、遠慮せずにいつでもおっしゃってください」
「えぇ。これからも、頼らせてもらいますね」
そう言って車から降り、校門をくぐる児童たちの列の中に私も入る。
そして教室までたどり着いて、自分の席に近寄ると、隣の席の勇太くんに声をかけられた。
「瑞樹ちゃん、あけましておめでとう」
「えぇ。あけましておめでとう、勇太くん」
それを皮切りに、周囲にいるほかの子たちも私に挨拶をしてくる。
その多くはいつも通りのおはようではなく、新春らしいあけおめだ。
私の席に来て挨拶をしてくれる子に応答したり、前学期での席替えで席が遠くなってしまった友人の元へ逆に私の方から挨拶しに行ったり。
そうしたことをしていると、クラスメイトの中の一人が気になる話題を振ってきた。
「そういえば、さっき廊下を歩いてたらさ、瑞樹ちゃんみたいな人がいたんだよ。転校生かな」
「私ちゃん、みたいな……?」
私ちゃんに似ている雰囲気の子がいる、という意味だろう。
私ちゃんははっきり言って周囲から浮いている。優衣ちゃんも同じくらい浮いているけれど、優衣ちゃんのそれは私のこれとはまた別方向だし、こういう言い方はされないだろう。
でも、転校生……かどうかは、まだ判断がつかない。入学して一年。まだ、同じ学年の子全員の顔と名前を覚えきったわけでもないし。
もしかしたら、この子も勘違いしているだけかもしれない。
ただ、私に似ているという言葉が、異様に引っかかるけど。
「うん。あ~、瑞樹ちゃんみたいな、っていうと変だったかな……」
「いえ……。しかし、その子がどうかしたのですか? もしかしたら転校生ではなく上の学年の人という可能性もあるのでは?」
「うん。そうかもだね。だから何とも言えないけど……たぶん、転校生だと思うよ。同じ年くらいだったし……先生と一緒にいたけど、不安そうな顔で、きょろきょろしてたし」
――それは慣れない場所に戸惑っている仕草……だと、思います。転校生で間違いなさそうですね。
私がそう判断するのなら、それは間違いないのかもしれない。
私の言葉を借りて、同じようにその話を振ってきた子にそう答えれば、その子はなるほど、と頷いて転校生だと信じきったようだ。
まぁ、実際のところはどうなのかわからないのだけれど。