第41話 お嬢様と父親の対話
時系列の見直しを行いました。
変更箇所 第34部分 西園寺瑞樹の支柱が砕ける時
食堂を出て父さんの部屋へ向かう。
実をいえば、父さんの部屋へはあまり行ったことがない。
重要書類があったりなんかするから、あまり入れたがらないようだ。
一体何を話すのかはわからないし、不安だ。でも、私と話をしていたら、不思議と怖くなくなってしまったのも事実だった。
だから、足取りは思いのほか軽く、あっという間に父さんの自室までたどり着いてしまった。
「失礼いたします。お父様、瑞樹です。入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、瑞樹か。構わない、入ってきてくれ」
部屋の中は――圧巻の一言だった。
いや、なんと言うべきか……一般的な戸建て住宅のリビングにも設置してありそうな、若干大きめの液晶テレビ。それが置かれている棚には、所狭しとライトノベルやコンシューマーゲーム機用のソフトが並んでいた。
一角には年代別にゲーム機が並べられており、カートリッジタイプでお馴染みのレトロなものから、(この世界では)新しい部類に入るP2らしきゲーム機など、まさにオンパレードだ。
ちなみに重要書類が収まっているらしい、様々なファイルが収まった棚もちゃんとあった。
「…………やっぱり、そこを一番気にするか……」
「えっ?」
「気になるんだろう、ゲーム機やソフトが」
「……あぁっ! そ、その、すいませんでした……その、つい…………」
父さんは気にするな、と笑って許してくれた。
「まぁ、お前からすれば懐かしいのだろうな。……前の世界でも、やっぱりこういうのはあったのか?」
「……いえ、その…………」
「なんだ? すでに衰退してしまったのか? それは何とも寂しいような、つまらないような……」
「衰退は、……どうなんでしょう? 少なくても、これほど盛んではなくなっていた気はしますね」
私のつぶやきに、おそらくは私から流入した記憶や知識を思い返しているのだろう。私も私と同じことを思ったのが伝わってきた。
まぁ、あれだけスマートフォン向けのゲームアプリが発展しちゃあ、ね。コンシューマーゲームも結構厳しくなってくるでしょう。『レン劇』はPCゲーだった気がするけど。
ただ、こちらの世界でも高性能ゲーム機は一部のコアユーザーにしか最初期は受け入れられないらしいことはわかった。
「こっちのは高性能だが……俺としてはこちらの方が体感的でわかりやすくていい」
「あー、私の、前世の世界でもこれとほとんど同じのがほぼ同じ時期に出てますが、やっぱり同じ道筋をたどっていますね」
「そうなのか。……いや、それにしてもこのゲーム機を手に入れられるかどうか、正直不安だったよ。本当に、あっという間に品薄になってしまったからな」
「本当に同じ道筋ですね」
二人してこういうところは同じなのだな、と笑い合った。
そして、しばらく父さんがゲームをプレイしている私が光景を眺め、ときたま私が前世でもやっていたのと似たようなゲームをプレイさせてもらったりと、和やかな雰囲気が続いた。
しかし――それは、父さんが唐突に発した言葉から即座に霧散した。
「…………麗奈から、全部聞かせてもらったよ。昨日の瑞樹――今朝の朝食の時の瑞樹。そして、今ここにいる瑞樹。前二つは今、ここにいる瑞樹とは違う――もともといた瑞樹だったんだってな」
「……はい。その通りです」
父さんはしばらく、無言でプレイしているゲームを続けている。
今やっているのはRPGだが、映し出された映像、流れてくるBGMなどはテレビの前で漂うこの雰囲気とはミスマッチで、どこか滑稽さを感じてしまうものだった。
「俺からはもう、答えを示している。もともといた瑞樹――昨日や、今朝会った瑞樹はもちろん、俺と麗奈の間に生まれた子だ。これは覆せないし、覆したくもない。だからといって、今さらお前を捨てるなんて論外だ。瑞樹の心がどう感じていたとして、お前たちがどういう風に対立しあっていたとして。お前たち二人は等しく、俺の子供だ。だから、いまさらいらないだのなんだのと言われるのではないか、と不安がっているなら――はっきりと言わせてもらう。父親を、舐めるな、と」
「お父様…………」
私は、感極まって涙ぐんでしまう。
私が実は無事に存在できていたこと、それによって私に対して思うこともあると思うのに、それでも私も一緒にいてもいいのだと認めてくれた。これほど喜ばしいことはないだろう。
それからしばしの間、私の嗚咽と、それとは不釣り合いなゲームのサウンドが部屋の中を支配した。
私が泣き止むころには、父さんも一しきりプレイを終えて、改めて私に向き直って対話をする姿勢に入った。
話題は私のこれから――主に、私はどうするのか、どう動くのかということについてだ。
私には周りのことなど気にする必要はないと言われたが――父さんはどう思っているのだろうか。その辺りは気にするところだ。
「……それで、瑞樹はどうしたい?」
「これ、から…………」
聞かれて、私は朝食前の私とのやり取りを思い出した。
――答えはすでに、あなたの中にある。それだけは、忘れないほうがよろしいかと。
消え際に、私が言っていた言葉。それが、気にかかる。
もし、私がここで、あのパーティー会場での一幕を気にしているようなそぶりを見せたらどうなるか。
私が、見返してやりたいと言ったらどうなるか。
それはそれで、私への義理立てにはなるかもしれない。
私自身も、周囲を見返すことに成功すれば、それで母さんの悪評をなくすきっかけになるかもしれないし、少なくとも西園寺の家が今までのように軽くみられることも少なくなるはず。
それがいい。それが一番いい。全員が、それで幸せになるはず。私も、家を継いで、切り盛りして。この世界での天誅を全うできて、それは本来この世界でそうなるはずだった瑞樹も幸せになれる。はず。
だといいのに、なぜだろう、そっちを選ぶと取り返しのつかないことになりそうな気がするのは。
口を開こうとするたびに幻視してしまうのは――私が公立小学校に通うことを選んだことで出会った、クラスメイト達。その中でも特に仲良くなったグループの面々。彼ら彼女らから突き放される光景。そして――優衣ちゃん。短期間の間に、かけがえのない親友となった彼女の――血みどろで凄惨な姿。
まぎれもなく私が見せてくる幻惑だろう。私がイメージした光景にして、最後通牒。
ここで、満足のいかない答えを示せば、何もかもを奪う、という。
いつだったか言っていたような気がする。私は、なにをしたいのかと。
――私は、私が本当にしたいことは……。
「ありのままに、生きていきたいです」
気づいたら、そう答えていた。
これは、彼女が表に出てきて、とかそういうものではないと思う。
たぶん、私自身の意志。潜在意識みたいなもの。強く、でもひそかに心の中で思っていて。理性で閉じ込めていたモノ。
でも、どうあっても諦めきれない、憧れともいえるものだ。
「ありのままに、か……また難題な答えが返ってきたな……」
「はい……西園寺に生まれた娘としては多分、不釣り合いな答えだと……」
「そうじゃない。そうじゃないさ。ただ、なぁ……。結論から言って、ありのままというのは、何をもってありのままと言えるんだ?」
「え…………?」
予想していなかった問いかけに、私はきょとんとしてしまう。
なにを持って、ありのままというのか、か……。考えたこともないな。
「例えば、だ。お嬢様ぶって上品でたおやかそうに振る舞うにしても、今のお前ならもうその動きが体に染みついているだろう? とっさの動きも、ここ最近は良家の娘のそれだと俺は思うが?」
「はぁ……?」
「そういう、ふとした瞬間の動き一つを見ただけでも、その時点における『ありのまま』というのは常に変わっていくものだろう。例えば……元々は周囲に柔らかな笑顔を振りまいていた『元の瑞樹』が、『今のお前』がらみのあれこれで別人のように豹変してしまった。だが……それはそれで、『ありのまま』という言葉の定義がそう変わってしまったということであり、結論から言えば今の『元の瑞樹』もまた、俺にとってはありのままの『元の瑞樹』に違いはない」
「…………つまり、なにを言いたいのでしょう?」
「わからないか? まぁ、無駄に話をややこしくしてしまった自覚はあるから、わかるわからないはどうでもいい。要点を言ってしまえば、『ありのままでいたい』という答えほど、曖昧でその場しのぎにしか使えない答えはないということだ。何が『ありのまま』なんて、それこそその時の条件次第で千差万別なのだからな」
そう、いうものなのか……。
よく考えたこともないからあまり飲み込めなかったけど……でも、決して私からの答えが受け入れられたわけではない。それくらいはわかる。
曖昧な表現に頼らないで、具体的に示してみろ。そう言いたいのだろう、おそらくは。
「……よく、わからないです。ただ、年末にお母様から言われたような……あんな感じの締め付けには、もう屈しない。嫌なことは、いやだと、私自身の『領域』はきちんと確保しておきたいのは確かです」
「ふん、よくわからない、と言う割には言うじゃないか。その気の持ち方があれば、あとは自分がどうしたいかなんて、すぐに見つかるだろう」
「はい…………?」
「つまるところ、お前は過度な教育は嫌だから、我を通すところはとことん我を通していく。そう言っているんだろう?」
……まぁ、そう言うことになるんだろう。語彙力がちょっと足りなかったけど、わかりやすく表現を改めればそういうことになる、のかもしれない。
それはそれで、我がままやりたい放題やらせてもらいます、と言っているような気がしなくもないけど。
でも、父さんはそれくらいなら問題はないだろう、と笑ってそう言い切った。私が何かを言う前に。
「我を通すとは言っても、麗奈がお前に教えた、西園寺家令嬢としての礼儀作法は捨てないのだろう?」
もしくは、それすらも捨てるのか、と冗談めかして聞かれるが、そこまで捨てる気はさらさらない。それは無論だ。
もう、私も――『西園寺瑞樹』なのだから。
「なら、問題はない。もともと、見てくれだけでなく内面も見る人は、お前のこともきちんと認めている。言いたいやつにだけ言わせとけばいいさ。ただ……そうだな、あまりにも気に食わない奴には、こちらから出向いて黙ってもらうように話すことになりどうだがな」
「お……お父様、それは冗談に聞こえないのですが……」
「放置しておけば家の沽券にも関わる問題だからな。やるべきときはきちんとやる。そういうことさ。それより――そんなわけだから、お前もこれからは周りなんか気にしないで、自分の思った通りに動いていいんだからな? ――もっと、全体を見渡せ。全体を。な?」
「お父様……」
純粋に、驚いた。
感動したのは感動したけど、それ以上に驚いてしまった。だって、それは――私が言ったことと、ほぼ違いないことだったのだから。
そう、なぜ、全体を見渡そうとしないのか、と私も確かに言っていた。
それだけ、私は盲目的になっていたということなのだろう。
「まぁ、期間中は気にかけてなかったことについてはすまんかった。言い訳にもならないが、いろいろと挨拶回りが忙しくてな」
「いえ……」
そういえば、確かに父さんの言う『期間中』は、あまり父さんを家の中で見なかった気がする。私もほとんど部屋の中から出なかった気もするけど。
西園寺家は世界中につながりがあるから……やっぱり、そっち関連で忙しくなってしまうんだろうか。私も後学のためにずれ一緒に連れまわされる時が来そうだ。
「一条院の義母さんには昨日帰ってきてから電話で、西園寺には西園寺のやり方があるのだからと、何度もきつく言っといたが……あの感じだとまだ納得してないだろうからなぁ。その辺りが心配ではあるがな」
「そうだったのですか……」
私の関知しないところで、そんなことがあったのは知らなかった。
まぁ、あったとして、期間中の様子や、昨晩、今朝の母さんの様子から察するに多分、父さんに言われたことなんて全然気にしないで母さんに当たっていたんだろう。
こういうのを、筋金入りっていうんだろうか。
「さて。話は決まったな。とりあえず、目下の問題として、お前はもともとの在り方を変えない。それでいいんだな?」
「……はい。私は、やっぱり気楽にお嬢様やっていきたいですから」
「気楽にお嬢様、か。言ってくれる……そう簡単なものでもないぞ? その選択は」
「あはは……でも、いろいろと締め付けられるのよりは、大分マシですから」
「違いない。……では、瑞樹。その在り方を今後も貫くと決めた以上は――最初にやっておかないといけないことが、ある。わかるか?」
「やっておかないと、いけないこと……?」
「ああ。それはな――」
それは――その意志を、言ってもきかない連中に改めて、宣言してやるのさ。
そう言う父さんの目は、とてもギラギラとしていて――まるで、どう猛な獣が、今にも獲物に食らいつかんとしているようであった。
《蛇足な裏設定:西園寺瑛斗の行動》
28:一条院家出迎え
29:別居中の両親出迎え
30:旅行準備
年末-年始:国内挨拶回り
2-4:海外へ、麗奈に不在中のあれこれを任せる
(西園寺家では外国に子供を連れて行くのは子供が外国語を流ちょうに話せると判断してからと決まっていて、麗奈は家で子供の面倒を見ながら留守番をすることになる)
5:帰国、帰宅後に家の様子に気づき、様子をうかがう
6:瑞樹の存在発覚