第40話 お嬢様と『西園寺瑞樹』の対話
私は、それでこれからどうするのか、と私に問いかけてきた。
どうする、と聞かれた私はと言うと、突然の問いに戸惑いを隠せなかった。
『あなたに携帯電話を返したことから察するに、お母様はお父様に何かしらのアクションを取ったと思われます。おそらくですが――私のことを、話したのかもしれませんね。それで、目を離しておくのは危険だ、と訴えたのでしょう』
「……父さんは、それで納得した……?」
『さて……? ただ、基本的にお父様は子煩悩みたいですからね。あなたに対する、最初の姿勢についてはともかくとして、あなたのことを認めた今なら、たやすく頷くでしょうね。西園寺の当主として、厳しいというか、警戒心もそこそこあるみたいですから、私に対しては警戒しているでしょうし、必ずしもこの考えが是とは言い切れませんけれど』
考えながらそう答える私。私はそれを見て、ふとクスリ、と笑いをこぼしてしまう。
『あら。何かおかしいことでもありますか?』
「いえ……ただ、そうやって、私――私達の、これからのことを真剣に考えてくれてるのを見て、なんとなく、考えていたのとはちょっと違うな、と思いまして……」
『どういうことでしょうか?』
本当に訳が分からなさそうな私の顔。当然のことながら、その造形は私そのもの。
まるで鏡を見ているようなのだけれど――これは鏡ではなく、普通では信じられないことにもう一人の私ともいえる存在。それも、私に対して恨みや憎しみしか抱いていないような相手なのだから、こうして普通に話し合うことについて、少しおかしく感じてしまった。
笑ってしまった理由はただそれだけだ。
『……あなたの今後について考えるのは当然でしょう。それが――私の今後にもつながるのですから』
「あ……そう、ですね…………」
言われて、はたと気づかされる。
私は私と体を共有している。だから、私がとりうる行動のすべてが、彼女の未来も決めてしまうのだ。
でも、それに対する彼女の感じ方いかんによっては、再び彼女は周囲に対して牙をむくことだろう。
私は、それをさせないためにも可能な限り、今後の行動について気を払わなくてはならない。
そう――私の意見も取り入れて、私と私の両者が納得できる答えを、常に探していかなくてはならないということ。
『言っておきますが――気に入らない選択をしたら、その時は即座にその選択を取ったこと、後悔させますから。そのこと、忘れないで、憶えていてくださいね』
「わ……わかりました」
温度を感じない声で言われれば、頷くほかはない。
このこともあるからこそ、気が抜けなくなってしまった。
「……とりあえず、あのことがなくなったのはよかったですが…………」
『気になりますか、周囲からの視線とやらが……?』
「はい…………」
結局のところ、このままいけば西園寺家に対する風当たりは強くなってしまうだろう。
それはそれで、辛いところではある。
しかし、それを私が言うと、私はそここそが心底気になるのだ、と言い出した。
これは母さんにも言えることだが、なぜ、そればかりを気にするのか。なぜ、全体を見渡そうとしないのか。私は私に、そう問いかけてきた。
『確かに、水崎様やお婆様をはじめ、お母様をダシに西園寺のことを悪く言う輩がいるのは確かかもしれません。特に、あのパーティー会場での一幕を見れば、気にしてしまうのは確かでしょうね。私も、その時はどうでもいいと半ば流し見るような感じでいましたけれど、今になってあれを思い返すと不快感を隠せません』
「なら、どうして……」
それを気にするな、と言えるのか。そう言おうとして、ふと私の顔を見て、すくんでしまう。
『そこまで言う筋合いはないはずですよ。少なくとも――体を共有しているとはいえ、私達はすでに対立関係にあるのですから。ただ――答えはすでに、あなたの中にある。それだけは、忘れないほうがよろしいかと』
まぁ、不安定なままでいてもらった方が、私としては助かるのですけれどね、と言いながら冷笑を浮かべ、その姿をかき消す私。
その言葉に、私は改めて、彼女の様子には常に気を払っておかないといけないな、と再認識させられた。
そして、私は私の言っていたことも踏まえて、改めて今後のことについて考えることにした。
私は確証のある口調で、断言していた。答えは、私の中にあると。
でも、その答えがなんなのかはわからない。わからないけど……でも、このまま流されるままでいるのだけはだめだということだけは、確かだった。
私がそうして見せたように。今度は、私が周囲に、私の意思を、そして意志を見せる必要がある。
気が付くと、私はいつの間にか食堂にいた。
というか、すでに食事を取り終わっていたようだ。
まぁ、わかってはいたのだけれど、やはり気分はいいものではなかった。
朝食の支度ができたと聞いたので食堂に向かおうとしたところ、急に意識が遠のくような感覚にとらわれ――気が付いたら、体の自由を失っていたのだ。
それと同時に、白昼夢、というのだろうか。昨日も感じたが、なんか、そんな形容しがたいような状態に陥ってしまい、私が主導権を取り戻し、私が中に押し込まれた状態になったのだと理解した。
――家族と一緒に食事というのはやはり、いいものです。今後も、可能である限りはこうしてあなたの時間を、いただきますから。覚悟していてくださいね。
その言葉を境に、私の記憶は再び途切れてしまっていた。
そして、今に至る。
「……瑞樹…………? どうかしたのか?」
「おとう、さま……? ……いえ、特に何もありませんが……」
「そうか……急にぼうっとしだしたからどうかしたのかと思ったが……まぁ、いいか」
父さんは私の様子をうかがって、最初はどこか釈然としていないような感じだったけど、すぐに何かを察したような顔になって、席を立った。
そして――どういうことか、私にあとで父さんの部屋へ向かうように告げると、そのまま食堂から出て行ってしまう。
「お姉様? 戻ったの、ですか……?」
「皐月……えぇ。戻りました。心配、かけてしまったみたいですね」
「お姉様っ」
心配そうに、そして父さんと同じく様子を窺うようにしてそう聞いてきた皐月は、私の返答を聞くや否や、飛びついてきた。
「まったくです。このまま、お姉様が戻られないのかと思ってしまうくらい、怖かったんですから……っ」
「皐月…………」
頭を撫ぜながら、私は作り笑いを浮かべる。
理由はもちろん――謝るためだ。こんなに心配させてしまったのだ、謝らなくてはいけない。
それに――皐月は、ずっと、年末ごろからずっと私に語り掛けてきてくれていた。寄り添おうとしてくれていた。私が、どこかに行ってしまわないように、と。
その時は未だ、こんな結果になると知る由もなかったのだけれど……皐月にしてみれば、どこかで予兆のようなものは見えていたのかもしれない。
「本当にごめんなさい、皐月」
「いえ……大丈夫です。こうして……きちんと、戻ってきてくれましたから。それに……もう一人の『お姉様』も、一緒に……いるのですよね…………?」
「…………えぇ。そう、ですね……今は、静かに見ているだけのようですけれど、確かに……」
「そう、なのですか……。……でも、私は今のお姉様の方が、好きです」
「皐月」
でも。
一つだけ、諫めないといけないこともあるみたいだ。
今の私の方が好き。それだけは、言ってはいけない。腫物を扱うような、というより、実際にそんな感じの扱いになってしまっているが、彼女を刺激するのはなによりも、そういったいわゆる『存在否定』なのだから。
――………………。
そう、こんな感じに。
というか、落ち着いて、私。まだ、昨日の今日じゃない。たったの一回……じゃなくて、二回目だけど。それだけで第一印象でとても深く沁みついちゃったイメージを払拭なんて、そんな簡単にはできないよ。
――よくそんなことを言えますね。こんな状況になったそもそもの原因はあなたにあるというのに。
それは、そうだけど……。
でも、結果論でいえば、変心してしまった後の貴方を、皐月は少なくとも見たことがないはず。そうでしょう?
――そ、それは…………。
私に非がないというのは、それこそ言えるわけがないし、他人から言われても認めるわけにはいかない。私がいなければ、そもそもこんな状況には陥らなかった、それは事実かもしれない。認めるしかないこと。
でも、そんなたらればをいくら語ったとして、皐月との仲を取り戻す手助けにはならない。違う?
――…………違わない、です……。
悔しそうに、私は過ちを認める。
その様子に、私は内心ほっとしながら、繰り返すように私を説得する。
こればかりは、時間と回数で解決するしかない、と。
それに……私が皐月なら、きっと…………きっと、私の思いも見つけられると思う。……ううん、すでに見つけていて、どう向き合おうか模索し始めていることも考えられる。
本当の双子の姉として、そのあたり、どう思うの?
――…………。……そう、ですね。そうですよね……。…………そうであってくれるのであれば、ありがたいことです……。
言い切れない、か。
でも、今はそれでいいと思う。
さっき、食事中にあなたがどのように皐月と接したのかは、私にはうかがい知ることはできない。あなたが見せてくれなかったからね。
でも、少なくても、これだけは私にもわかるよ。
皐月は、あなたのことを、怖がってなんていないって。
――どうして、そう言いきれるのですか?
どうして、だろうね。
なんか、皐月の顔を見てたら、そんな気がしただけ、なんだけどね。
そういうそっちこそ、相手の心を見透かすくらいの心理洞察力がありながら、どうしてそうも自信がなさげなのか……。
――し、仕方がないではないですか……! あなたのせいで精神的に急成長してしまったといっても、どのみち私はまだ六歳……あと数か月で七歳ですけど、どちらにせよ表に出ていられた時間からすれば、それに満たない時間しか『生きて』いないのですから!
うん……そうだね。
だから、知っていけばいいと思う。これから先――あなたがどれだけ気に食わないとしても。私達は、一蓮托生、共存しなければいけないんだから。
――…………。し、仕方ないですね……。そこまでいうなら…………で、でも! 先ほども言いましたけど、気に食わない選択をしたら、絶対に後悔させますから。
わ……わかってるよ…………。
あなたのことも考えながら、私も動くから。
だから……いつかは、私も私のことを認めてくれると……うれしいな。