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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>急章 そうして私は本当の壁を素通りすることにした
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第39話 お嬢様の起床


 いつの間にか寝入ってしまったらしく、気が付いたら朝になっていた。

 菅野さんがいつも通り私を起こしに来て、母さんが添い寝しているのを見て微笑ましそうに、名残惜しそうに私達を起こしたのが凄く印象的だった。


「……おはよう、瑞樹」

「おはようございます、お母様」

「今の瑞樹は……この一年間一緒にいた、瑞樹よね?」

「そうですよ、お母様。……といっても、区別はつきませんよね」


 母さんはしまった、と言った顔であわてて私に謝ってきた。

 まぁでも、母さんの言わんとすることもわからないでもないけど。


「…………その、奥様。お嬢様。そろそろ、いつもの、早朝鍛錬の時間になりますが……お時間の方、よろしいのでしょうか」

「……そう、ね…………私は皐月も見ないといけないから支度するけど、瑞樹はまだ本調子じゃなさそうだし……そうね。学校が始まるまでは、無しにしましょう」


 少し悩むように考えるも、やがてそう結論を出すと、母さんはそのままそそくさと部屋から退室していってしまった。

 私は茫然としながらその背中を追うしかできなかった。

 ややあって、菅野さんが私に語り掛けてくる。


「…………その、お嬢様……。これを……」


 言いながら手渡してきたのは、見覚えのある携帯電話。見るのが凄く懐かしい気がする。

 おずおずと受け取ると、菅野さんは微笑みながらどういうことなのかを説明してくれた。


「昨日、お嬢様が気を失っている間に、奥様がいらっしゃいまして……それで、もう携帯電話についてはお嬢様に返してもいいとおっしゃいましたので、今ここで、お返ししますね」

「あ、ありがとう…………ござい、ます……」


 まだぎこちないながらも、その微笑に微笑み返すと、彼女はこくり、と頷いてみせる。

 そして、習慣のように携帯電話を開いて確認すると――新着のメールが、一件だけ届いていた。

 相手はもちろん、優衣ちゃんからだ。私がメールのやり取りをする相手は今のところ彼女だけだから当たり前の話だ。

 しかし一件だけ……?

 私は菅野さんに視線を向ける。よほど胡乱げな顔をしていたのだろう。菅野さんは苦笑して説明してくれた。


「奥様はメールの選択受信や拒否などを設定していなかったと言っていましたので、それを信じるならば相手先がメールを送ってくれば当然、無条件で受信するようにはなっていたはずです。しかし……残念ながら、朝比奈様からのメールは私が預かって以降、どうしたことか一回も受信していないのです…………どうしてしまわれたのでしょう」

「それは……それで、気になりますね」


 一体何があったのだろうか。

 それを確かめるためにもさっそく優衣ちゃんからのメールの内容を確かめてみると。


「あ~……そういうこと、でしたか……」

「どういうことでしょう…………ああ、確かに、そう言うことでしたか……」


 いわゆる、携帯電話あるあるだ。

 仕事の合間に私にメールを送ろうと携帯電話をいじっていた時のことである。その時は、ちょうど雨が降っていて、地面には水たまりができていたそうな。

 寒い冬空のもと、さらに天候は雨天。そんな中で携帯電話をいじっていたら――携帯電話を取り落としてしまい、あろうことかそのまま大きめの水たまりの中に電話がダイブ! 

 そのまま、故障してしまったのだそうだ。

 ちなみにその故障した日時が、私が携帯電話を取り上げられた日の午前中のことだった。

 そして、つい昨日、ようやっと買い替えることができたのだという。


「なんといいましょうか…………偶然とは思えない偶然ですね」

「ですねぇ」


 お互いに手元に使える携帯電話がない状態が続いていたなんて……。

 でも、確かにそれならメールが一通も届いてこなかったのにもうなずける。

 家の固定電話については――優衣ちゃんはメール派みたいだし、私の携帯電話の番号もメモしたりはしてなかったのなら私の携帯電話に着信があるはずもなし。

 私の家に電話をかけることに関しては、名家だから、と向こうの母親が遠慮させている……可能性も否めない。まぁ、その辺は辛いところだけど割り切るしかないと理解はしているけど。

 そんなだから、私のもとに一回も優衣ちゃん側から連絡がないのもうなずける話だったわけか。


 なんか、いろいろ管理されていたから、優衣ちゃんからのメールが選択受信やら何やらで差し止められちゃっていたのかと疑って、それが原因でより一層鬱屈とした気分になっていたのが今になってばかばかしくなってきた。

 お互いに事情があって連絡取れない状態が続いていたなら、仕方ないことだ。


 こみあげてくるさまざまな感情に苦笑しながら、私は早速そのメールに返信をした。

 内容としては単純に、送られてきたメールに対して思ったことを伝えるだけだ。それだけでいい。

 こっちの事情は――まぁ、伝えるだけ野暮みたいなものだから伝えない。


 そうしてしばらく携帯電話を操作していると、少し離れた場所からパシャリ、とスナップ音が聞こえてきた。

 驚いて音のした方を見てみると、そこにはこちらに自前の携帯電話のレンズ部分を向けて構える菅野さんの姿があった。


「久しぶりの、いい笑顔ですね。バッチリいただきました」

「あぁっ! ちょ、菅野さん!? 今のはずるいですよ! 消してください!」

「いやです……そうだ。あとで奥様にもお見せしなくては……」

「菅野さん! 菅野さん!? ……まったく、もう」


 菅野さんは逃げ去るように、部屋から退室していってしまう。

 さすがにこれはどうかと思うけど……まぁでも、すぐに実害があるわけではない、か。

 菅野さんなら、不用意にばらまくようなこともしない……はずだ。


 菅野さんとの久々の面白おかしいやり取りにまったりとした気持ちになりながら、私は見た目(・・・)一人きりとなった部屋の中で、そっとため息を吐いた。


 そう。見た目だけなら、この部屋は一人きり。それは間違いない。

 でも――感じるのだ。

 私の中で、もう一人の()――もともとの『瑞樹』が、再び主導権を取り戻そう(・・・・・)と息を巻いている、その胎動を。


 ――やっと、こちらにも耳を傾けていただけましたね。


 やっと。まぁ、そうなのかもしれない。

 今朝起きて、母さんと話して。でも、その時から、私の中で、もう一人の私は常に私に語り掛けてきていたのだ。

 母さんは、どちらかといえば()に対して恐怖を感じているように感じたから、そうと知れば心中が穏やかではいられないだろう。

 昨日の今日でそれを話すのは、憚られた。だから、この、一人になれるような時間が訪れるのを待っていた。

 まぁ、私自身が()と話したかった、というのもあるのだけれど。

 とはいえ、四六時中誰かがそばにいるのが当たり前の私にとっては、そうなることもそうそうない。だから、こうも早く訪れるとは思ってもいなかった。

 渡りに船――みたいな状況なのは違いないのだが。


 ――うれしいこと、言っていただけるのですね。そういう仲ではないと思っておりましたが。


 あなたにとっては……そうかも、知れないけれど…………。それでも、話したいこと、謝りたいことが……あるからね。

 心の中で彼女にそう伝えると、彼女はおそらくは昨日と同じように、唐突に虚空から滲み出るようにしてその姿を現した。

 毎日見ている自分の顔。それでいて、寝起きの私とは違い、ワンピースドレスみたいな衣服をまとっている、半透明の少女。

 おそらくは、私だけにしか見えない、もう一人の()――もともとの『瑞樹』だ。

 正直、再びこうして面と向かって話せるとは思ってもいなかったから意外だった。

 それでもこうして向かい合えたのは――まだ、原因ははっきりとはわからない。

 でも、お互いがお互いのことをどんな形であれ、その存在を認めた。そのことが関係しているような気が、しないでもない。

 昨日今日と不思議なことが起きてばかりだけど――私自身、転生というものを果たしたのだから、こういった不思議もあるものなのだ、と今ならすんなりと受け止めてしまえる気がする。


『それで、私に話したいことというのは、一体何ですか? こちらからも言いたいことはありますが、まずはあなたから先にどうぞ。……といっても、私はあなたの話など、可能であれば聞きたくもないのですが』


 それは……そうだろう、けど……。


『それに、互いの心中が筒抜けになっていなくても、私にはあなたが考えていることなど、こうしてあなたを見ていれば聞かずともわかりますからね。どちらにしろ、あなたと話すなんて、不要なのですけれど。そうですね――一言二言、返答させていただきましょうか。いまさら謝罪されたところで、意味などあるわけがないでしょう』


 あなたは人殺し。それは覆らないし、その扱いを改める気もない。

 私を冷たくそうあしらう彼女の表情は、とてもいい『嗤い方』をしている。

 取り付く島もないとはこのことだろう。それでも――


『それでも、筋は通したい。そう思っているようですね』

「……なんで――」

『なんでわかるのでしょうね。私自身、これほど相手の心情に機敏なのはとてもいやなものなのですけれどね』


 受け継いでしまったものは仕方がないでしょう、とやはり冷たく、今度は諭される。

 そういう家、そう言う血筋のもとに生まれてしまったのだから、受け入れるしかないのだ、と。母さん方の血筋の話を私と一緒に聞いていた時、彼女はそう思うことにしたようだ。



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