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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之後 どうして私のお嬢様生活は揺れるのか
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第38話 ****と淑女の密会


 目が覚めると、私はベッドの上で横たわっていた。

 ほぼ真っ暗な部屋は、カーテンの隙間からも日の光が全く差し込んでこないことから、夜であることがうかがえる。


 ぼーっとする頭で、意識を失う前のことを考えてみる。といっても、結局途中までしか把握できていないのだけれど。

 逆に途中までなら、なんとか記憶を紡ぎ合わせて、なにが起こったのかが理解できている。

 確か――そう。もともとの私が、突然現れて。それで、初めて『瑞樹』が実はその存在を維持し続けていたことを知ったんだったっけ。

 それで、母さんが出した問いに対する、私の選んだ『答え』が気に入らないらしい彼女と口論になって――最終的に、彼女に体を乗っ取られてしまったんだ。


 ――ううん。違う。そうじゃない。


 正確には、彼女は自力で取り戻したんだ。

 私が選んだ『答え』によって、母さんと引き離されるのがどうしてもいやだったから。

 考えてみれば、私……本当に、身勝手だったな……。さんざん周囲を引っ掻き回した挙句、最後は本当の『私』の居場所すら修復不能なくらいに壊そうとしてしまうなんて。


 でも……それから先、私が『瑞樹』によって体の主導権を奪われて、『瑞樹』が食堂に向かってから先の記憶が凄くあいまいだ。

 特に、『瑞樹』が食堂に着いてからの記憶がほとんどない。まるで、とても深い眠りについていたかのように。


 再度視線を巡らせる。

 しかし、常夜灯がついているとはいえ、ほぼ真っ暗と言っていい部屋の中。あまり詳しくは部屋の中をうかがい知ることはできない。

 それでも、見覚えのある家具のシルエットが見えた時点で、ここが私の自室であることをうかがい知ることができた。

 そして、もう一つ発見したことがある。

 それは――。


「お母様……?」


 そう。母さんが、私のベッドにもたれかかる感じで、うつぶせになって眠っていたのだ。


 ――なぜ、お母様がこんな姿勢で眠っているのだろうか。


 本当に、なにが起こったのかわからなかった。

 でも、私が意識を失っている間のことについて特に手掛かりがあるわけでもなし。結局のところ、母さんを起こして話を聞くしかないだろう。

 それに、部屋には暖房が聞いているとはいえ、やはり寒いこの時期。このままの姿勢では風邪をひいてしまう。起こさないという選択肢はなかった。


「……お母様。お母様、起きてください。風邪をひかれてしまいますよ」

「ん…………んぅ……みず、き……?」


 母さんは多少うたた寝していたのかもしれない。軽く目をこすって眠気を振り払う仕草を見せた後、ぼんやりと私の方に視線を巡らせた。

 そして、その双眸が私をはっきりととらえた瞬間、ハッとした表情で私の両肩を掴んで、ものすごい剣幕で聞いてきた。


「瑞希、目を覚ましたの!? 体の調子はどう!?」

「お、落ち着いてください……。私は気が付いたらベッドで横になっていたという感じなので、どうしてこうなっているのかわけがわからない状態です……」

「そ、そう……」


 何かを考えこむ母さん。少したって、私にどこまで記憶があるのかを聞いてきた。

 私が記憶を失う直前の出来事を事細かに伝えると、母さんは再び深く考え込み、やがて深刻そうな顔つきになってため息を吐いた。


「じゃあ、つまり瑞樹は、私達と昼食をとっているあたりまでは記憶が続いていたのね。でも、その途中くらいから記憶があいまいになった、と」

「えぇ……」


 とはいえ、その時点ではもう私は表には出ていなかった。その時母さん達と話していた私は、()であって私ではなかった。そのことはたぶん、母さんも察することができていたと思う。特に、皐月は――あの感じただと、絶対に私と()との入れ替わりについて何かしらの形で察知しただろう。


「お母様……。……なにが、あったのですか……?」


 何があったか、おそらくは唯一知っているだろう母さんの話を待ってはみたものの、しばらく待っても何も話そうともしない。しかたなく、私から聞くことにした。

 母さんは数舜だけ躊躇うように口をパクパクとさせたが、やがてベッドに座って、よく聞いて、と前置きしてから私に語り掛けるように、昼間起きたことの全容を話し始めた。


 すべてを聞き終わったでもとてもいいとは言えない状況にどう考えればいいのかわからないでいた。

 私は、可能性の一つとしては頭のどこかで考えていたのかもしれない。あまり混乱はしていなかった。むしろ、すべてを聞き終えて、納得すらしたくらいだ。


 しかし。だからといって、この状況に、果たしてどう対応していけばいいのかがわからなかった。


 ――母さんがあの手この手を尽くして『皐月様』の誕生(・・)を文字通り封じた。つまり、『皐月様』という私や母さんにとっての恐怖は封殺された。そう思っていたのだけれど。


 『皐月様』は、生まれてしまった。それも、『皐月様』の語源でもある皐月その人ではなく、私の中に。

 その事実は覆らないし、変えられない。まして、単純な『多重人格』ではないのだ。消滅や同化どうこうの話で片づけられるのか、はっきり言って不明だ。

 50対50ではない、100対100なのだ。もともと調和していたものが何かのショックで分離したのではない。水と油のように最初から混ざり切らないとわかっていたものが、完全に分かれてしまったものだ。どうすればいいかなどわかるはずもない。


「……『彼女』――もともとの『瑞樹』が言うには、彼女自身、基本的にどちらが主導権を握るかは明確にはわかっていないらしいわ。でも――あなたの話や彼女の話を統合すると、多分、あなたの心が揺れていればいるほど、彼女は表に出やすくなるのかもしれないわね。だから、普通に日常生活を送るなら何も問題はない……と思うの。まぁ、単純に、私が『彼女』の要求を飲んだことでいくらか溜飲が下がったのも関係している可能性もあるかもしれないけど」

「そうですか……」


 だからといって、安心できるような状況でないのも確か。

 なにがきっかけで()が出て来るかはわからないのだから。そして、()は、私の中に宿ったことを除けば『皐月様』も同然だという。いわく、とてつもなくどす黒い霧のようなものすら幻視したという。彼女が再び表に出て来るようなことになれば、ろくなことにならない可能性が高い。


「不安……よね…………。私も、とても不安……それに、怖いの。とても……」


 わかったつもりでいたし、もはや母さんにとってもこの世界が現実。この世界はゲームではないのだ、とわかりきっていた。でも、それでも――いや、だからこそ、()が纏う狂気はとても怖かったという。前世でも今生でも、()ほど怖いと感じた存在はいないと豪語するほどだ。

 昼間にあったことを思い出しているのかもしれない。母さんは両手で自身の胸を抱き、身体を小刻みに震わせている。


「初めて、わかった気がするわ……。他人の身体に憑依する形で転生、というのを他人が見たらどれだけ恐ろしいものなのか」

「お母様……」


 私はその様子を見て、ただ寄り添うくらいしかできることがなかった。

 しばらくそのままの状態が続いたが、やがて母さんの震えが収まってくると、ありがとう、とお礼を言われ、ベッドに横たえられた。

 そしてそのまま――母さんも、私のベッドに入り込んできた。

 突然の出来事に私が混乱していると、今度は母さんが私を抱きしめてくる。


「…………ごめん。ごめんね……でも、今は……今だけは、素のわたしでいさせて……今だけ、だから……」

「……母さん…………」


 それは、母さんが私に聞かせた、二度目の弱音だった。

 一度目は、あの、先月のパーティー会場の時。でも、今回はそれ以上に、弱りきっていた。

 私は何もすることができなくて、ただ、されるがままの状態でいるしかなかった。でも、それを嫌がることもできなかったけれど。




 母さんが提示した、とても厳しい二択の選択。それがきっかけで起こった、今日の一連の出来事。

 私と――そして、母さんは。


 この日、初めて運命に負けを認めた。『皐月様』誕生という運命に。


 結果を見れば、私にとっては、いいことだらけだった。今回に限定するならば、の話だが。


 学校の友達とも、今まで通りに距離を置かずに接することができるし、家族から離れることもなくて済む。願ったり叶ったりの終わり方。それは確かに喜ばしいことなのだけれど。

 でも。

 同時に、私達は確かに負けてしまったんだ。絶対に避けたかった運命の一つに。

 歪んでしまった運命は、巡り巡って、私の中で息を吹き返した。それも、こんなにも早い『時期』に。

 今回は、それがたまたま私にとっては利のある結果に終わったけれど――。


 『皐月様』が何時表に出て、その時に何をするかは全くもって不明なまま。結局のところ、『皐月様』という狂気の塊を抱える人物が、皐月から私になっただけで。

 とても、いいとは言えない状況になってしまったのは、確かな話だった。


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