第37話 『西園寺瑞樹』は選ばせる
「繰り返し話させていただきますね」
私は体面に座るお母様に向けて改めてそう言った。
こんなことを言いながら笑ってしまう私は、おそらくもう狂ってしまっているのでしょう。
でも、仕方がないじゃないですか。そうでもしないと、私の居場所がなくなってしまうのですから。
「彼女の答えに関わらず、私達――すなわち、『西園寺瑞樹』をこの家に留め置いてくださいませ」
「…………でも――」
「周りのことなど、私には関係ない話です。といっても、納得はしていただけないのは事実でしょう」
「……え、えぇ…………あの子に言ったことを、あなたも聞いていたのなら知っているはずだけれど……重要なのは周りからどう見られるかだから…………」
お母様は、私の言葉に一瞬虚を突かれたような顔をして、しかしハッとした表情になって私に語り掛けるようにそう言ってきた。
実際、私を説得しようと語りかけているのかもしれません。もしかしたら私が何を企もうが、非力な子供ではなにもできない、と高をくくっているのかもしれませんね。
お母様はお婆様に逆らえないご様子。そして、すでに富裕層における『周囲の視線』はすでに最後の分岐点に到達してしまっています。もう挽回するには今しかないのです。お母様も、そしてそのバックにいるお婆様も、言いたいことはただその一点に尽きるのでしょう。ですから、なんとしてもそのチャンスをものにしたい。ついてしまったマイナスイメージを払しょくしたい。そう思う一心で行動しているのだと思います。
だから、私がどう言おうと、最終的に彼女がだす答えに対してお母様がとりうる行動に影響はない。
そう言いたいのはひしと感じます。
でも。私も、ただでそれを受け入れるわけにもいきません。私にだって、受け入れられないもの、譲れないものはあるのですから。
そうでなければ、今の私はここにはいません。
「でしょうね。少なくとも、お母様にとっては。そして、お母様達に近しい人たちの世論では」
「…………?」
「でも、一般世論はどうなのでしょうね」
「一般、世論?」
「そうですよ。より明確には、良識とか、良心とか、そう言ったものです。――ねぇ、お母様? 今まで親密に接していただいていたお家の方々から、手のひらを反すように距離を取られるのって、とても辛いことだとは思われませんか?」
「そう、ね…………」
「きっと、お母様が私を『捨てた』のだとすれば――これまで西園寺家に良くしていただいたお家の方々からは、嫌われることになるでしょうね。その上で、流血沙汰を私が起こせば、どうなるのでしょうね……?」
「………………ッ!?」
「さあ、選んでください。お母様は私――というより、彼女が彼女の周囲への接し方を、名家としての在り方に変えないのであれば追放すると言っていますが。私はそれに異を唱えています。彼女が彼女の周囲への接し方を変えないまま、さらに私の要望にも応えれば、今までと同じようなマイナスイメージはこれからも続くでしょう」
「………………」
「西園寺家というブランドにとってのマイナスのイメージを持つ答えを出したとして。果たして、それと『育児放棄、その他プラスα』というマイナスイメージと。どちらを取るのか。前に彼女に対して突き付けた問いですよ。今度はお母様が、お受けくださいませ。西園寺という『家』を取るのか。それとも、家族という『私事』を取るのか。――『西園寺家』にとってのマイナスか、『お母様とその家族』にとってのマイナスか。お選びください。どちらをお取りになるのですか?」
そう、これこそが、私がお母様に突き付ける『答え』です。
お母様が、なにがなんでも彼女の答え次第で家から追放するというのであれば。
その時は、『私』が表に出て、ダメになった人生を自ら終わりにする。ただ、それだけの単純な話です。
それをどういう風にお母様が受け取るか――まぁ、察しはつきますけどね。
お母様は俯いてしばらく考えた末、やがてそっと顔を上げて、私を見てきた。
その顔は、もうすぐにでも泣き出しそうなくらいに歪められており、顔色もよく見ればあまりよくない。
「…………たわ」
「……? なんでしょうか。聞き取れませんでした」
「わかったわ、と言ったの。……もう、あなたの言うことを、聞き入れるしか道がないみたい、だからね。……私には、あなたを放っておくなんてできそうにない。あなたが何時表に出てきて、その時に何をするか、わからない。それなら、目の見えるところにいてほしい」
「……わかっていただいてなによりです。感謝いたします。では、これにて……」
「…………えぇ……」
満足できる答えが返ってきてよかったです。
まぁ、あれだけ言っておけば、頷いてくれると思っていましたけどね。やはり一般世論を盾に語り掛けるのは効きますか。こればっかりは彼のくれた知識に感謝ですね。
一般庶民ですら虐待や育児放棄で世論が騒ぐのですから、名家がそういうことをしていたと聞けば、マスコミなどすぐに聞きつけるでしょうね。西園寺家の場合は――まぁ、藤崎様がどうにかとりなす可能性もあるでしょうけど、そのあとで私が何かしらのアクションを起こせばそれもきかなくなります。早い話が、子供からは目を離してはいけないということですね。
――特に、今の私のような、なにをするかわからない子供からは。
内心でそう自嘲しながら、私は最後になってしまった重要な話を忘れそうになっていることに気づき、慌てて振り返りました。
とはいえ、もうほとんど関係なくなってしまったものではありますが。
「最後になりますが、彼女。やはり、家よりも友達付き合いを選んだみたいですよ。流れで察することはできていたかもしれませんけれどね」
そう言い残して、今度こそお母様の部屋から退室しました。
そして、ついつい笑ってしまう顔を引き締めることができず、嗤いながら自室に戻った私は――しかし、自室に入った途端、即座に襲ってきた睡魔に抵抗することができず、そのままベッドに横たわってすぐに意識を失ってしまいました。
あぁ、この感じ、もしかしたら。
今回、表に出ていられるのは、これで限界、なのかもしれませんね。
またいずれ来るかもしれない、次の機会を思いながら、私はゆっくりと、目を閉じました。
今話で書き溜めていた分がなくなってしまいました……。
お読みいただいている方には申し訳ありませんが、不定期になりそうです…………。