表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之後 どうして私のお嬢様生活は揺れるのか
38/52

第36話 『西園寺瑞樹』が纏うモノ


 食後、私は瑞樹に自分一人になれる時間を与えることなく、直に私の部屋へ連れていった。

 そして、茶会や、一人で食事を取る際などに使われる小さめ(・・・)のテーブルに瑞樹を招いて席を勧め、自らもそのテーブルの周りに備えられた椅子に座り込んだ。


「…………さて。それでは、単刀直入に聞かせてもらうわね」

「はい。何なりとお聞きください」


 内線であらかじめお茶やお菓子の用意を申し付けていたので、テーブルの上には時間的には早いものの、アフタヌーンティーの準備が整えられていた。軽食類こそないものの、スコーンやジャムに加え、クッキー、ビスケットなどは用意されており、好きにつまめるように準備が整えられている。

 瑞希がお茶を飲み、落ち着いたのを見計らってから、私はそう切り出した。

 瑞樹は背筋をピンと伸ばして、何事にもこたえられそうな姿勢を作っている。

 朝、様子を見に行った時には、例のことについてとても真剣に悩んで考えこんでいることと、そのせいでろくに食事もとらず、少々やつれ気味になってきていたこと以外には、特に際だって気になったことはなかった。

 やつれ気味うんぬんについてはそれでは済まされない問題だろうけれど、それが気にならなくなるくらい、今目の前にいる瑞樹の変貌ぶりに驚きを隠せないでいた。


 ――正直うすら寒さすら感じてしまうほどに、これまでの瑞樹と天と地ほどの差がある。


「では、正直に答えてちょうだい。あなたは――『瑞樹』であっているかしら?」

「……はい、その通りです。今の私は、正真正銘の『私』ですよ」

「そう……やっぱり、そうなのね」


 その変化の理由について、とりあえず思い当たる節をあてずっぽうに言ってみたら、瑞樹――『瑞樹』は何の気なしにそう答えた。

 最初はわからなかった。でも、私は一応当事者。瑞樹――いえ、正確には彼女(・・)と同じ存在。だから、皐月が覚えた違和感について、彼女が何もわからずに戸惑っていた時に、逆に気づくことができた。

 普通ならそれだけでは気づかなかった可能性が高い。しかし、皐月が心の変化に聡く、敏感にその変化を感じ取ったことで気づく可能性がその分高まった。ということなのだと思う。

 皐月の、瑞樹を見て瑞樹本人ではないようなことを言う様子を見て、私もそのおかしさに気づいて。それで、とりあえずは時間をもらうためにしばらくの間、この件について預からせてもらう、と申し出た次第だ。


 まぁ、思い当たる節、というのはあれだ。当事者として真っ先に考えるかもしれないあのこと(・・・・)について、考えが及んだからである。


「一年前と比較して、あまりにも変化がありすぎるから私もわからなかったけど……考えてみれば、納得できる話よね」

「やはり、気づいたのですね」

「えぇ……」


 どうして、『彼女』――元の瑞樹、と言うべきかしらね――が出てきたのかはまぁ、少しの間だけ置いておく。

 どうして、元の瑞樹が存在し続けていたのかについて。まずはそこから考えるべきだろう。

 と言っても、可能性としてはもう十分に考え付いてしまったんだけどね。そのあたり、元の瑞樹に聞いてみたところ、思った通りだった。

 まぁそれくらいならすぐにわかることだ。私だって、考えたことはあるのだから。


 ――私が表にいることで、『元の麗奈』がどうなっているのか。それは結局、わからずじまいだったけど。その答えの一つが、今目の前にいる瑞樹、なのだろうと見当をつけた。


 それはそれで、――主に瑞樹自身にとって――非情に厄介な問題なのだけれど、それとは別に不幸だったのは、その出てこられなかった期間に『表』であったことと、彼女(・・)から引き継いだ記憶で大元の瑞樹の人格がかなり歪んでしまっていたこと。

 こう言いたくはないけれど――現状における元の瑞樹からは、レン劇に出てきた、『皐月様』と似たような気配すら感じられる。

 少し厄介かもしれない現状に、私は内心歯噛みせざるを得なかった。


「うふふ……お母様は賢いですね。さすがは、人生の大センパイです……。では、そんなお母様に質問です。私が今、一番求めているもの。なんだと思いますか……? お母様が彼女(・・)に出した問いに対する答えは私が代わりにいたしますが……それを答える前に、まずはお母様が、私のこの問いかけにについて考えて、当ててみてください」

「…………ッ!?」


 もしかしたら、その、私が代わりに提示する答えもうかがい知れるかもしれませんよ、と笑いながら――いえ。正確には、嗤いながらそういう瑞樹を見て、私は思わず自身の唇を噛んでしまう。


 ――これは、少しでも選択を誤るととてもまずいことになりかねないわね、と。


 今の瑞樹から感じられる雰囲気は、ここ一年で感じられた彼女(・・)のそれとは全然違う。

 彼女(・・)から感じられたのは、私達――上流階級の空気に馴染もうとするひたむきさと、この世界で孤立したくないという思いからくる周囲への依存性。感情があまりにも昂っているときはまぁ、例外にするとして、でもできるだけ波立たないように、周囲の気をうかがって行動していたようにも思う。少なくとも、私達の秘密を共有し合って、一緒に頑張っていくと決めた時以降は。

 この前はお母様の言葉もあって、冷たく当たってしまったけど――少なくとも、最終的に提示したどちらを選択しても心に大きな傷を残すことになるだろうことは予想していた。だから、選択肢のどちらを選んだ場合でも、お母様に内緒でこっそりと『逃げ道』は用意するつもりでいた。

 それが、私なりにできる最大限のケアだと思っていたから。


 でも、これは――違う。

 こんなの、全然予想していなかった。


 今、彼女が発しているのは――追求心だ。

 それも、底知れない、身の危険すら感じられる――抜き身の刀を彷彿とさせる、鋭い欲望。今表に出てきている瑞希を構築している要素の大半を占めているのが、それだと直感で理解する。彼女(・・)から感じていたものは一切感じられない。

 おそらく、今目の前にいる瑞希(・・)に対して本人の望まない回答をすれば――間違いなく、血が流れる。人が死ぬ。そう断言できるくらいに危うい感じがした。

 そして同時に、本当なら、お母様の言葉を無視してあの時現状維持を決意していれば、こんな不安定な状態に陥らずに済んだのだという事実にも気づかされる。

 いえ……そんなことは今は些末なこと。今考えるべきは、どのような経緯があって、彼女(・・)が出てきたのか。そして彼女(・・)が何を求めて出てきたのか。

 下手を打てば――私達だけじゃない。皐月や――この子、瑞樹の将来すら怪しくなる。それくらいの危うさを彼女(・・)は放っている。


 考えなさい、私。その存在の可能性を見落としていた元の瑞樹が出てきた今、考えられることのすべてを。

 彼女の立場になって考えないといけない。そう、私だって当事者なのだからわからないはずがない。

 私がこの体に宿ったことで麗奈(・・)がどうなったのか。

 私がこの体に宿ったことで、表に常に出てしまっているような状態になっていることで、麗奈(・・)が最初に思っただろうことはなんなのか。


 私がこの体に宿ったのも瑞樹の場合とほぼ同じ――正確には、麗奈(・・)が七歳のころだったと記憶している。

 そんな、両親の肌が恋しい時期に、急にそれを奪われてしまったら……? 輝かしいはずだった人生を台無しにされてしまったら……?

 そして、本当は存在しているのに、ニセモノの自分をあたかも本物のように扱われ始めている。そんな光景を見続けさせられていたとしたらどうなる…………?


「あなたは……あなたが本物の瑞樹なのだと……認めてもらいたい。その上で、これまでの失われた人生を取り戻したい。そんな思いが強くなって、出てこれたのではないかしら。違う?」

「…………間違いではない、とだけ言わせてもらいましょう。でも、肯定ではありませんね」


 それだけではない。何かしらの条件がかみ合えば、再び彼女(・・)に体を明け渡すことになるのは普通に考えられることだから、それだけでは意味がない。そう言いながら、彼女は妖しく笑う。

 それはつまり、なにかしらの『きっかけ』がなくても、その時が来れば彼女は再び引っ込むということ。しかし――。


「もちろん、それだけで意味がないからと言って、それを否定するというわけでもありませんけれど」

「そ、そう……」

「――あくまでも、私のことを元からいた西園寺瑞樹として扱わず、私の主張を考慮に入れないまま、彼女(・・)の答えを聞くというのであれば――彼女(・・)が表に出ているときに、彼女(・・)が意図しない行動を、取らせてしまうかもしれませんね……そう。お婆様が来る二日前にいただいたお気遣いに対して、彼女(・・)が示した答えのように」

「な……!」

「まぁ、彼女(・・)の今の精神状態が続けば、の話ですけれどね」


 続く言葉に、私は今度こそ、動きを止めてしまう。

 それは言外に、完全に表に出ることはできなくても、彼女(・・)の思考に干渉して、好き勝手に身体を動かすことくらいは可能ということなのだから。

 その上瑞樹の、『コレですよ、コレ』と言いながら首筋に小指の側部をトントンと当てるその行為に、底知れない恐怖を覚えさせられる。

 しかし、それで彼女求める答えも、何となく察することができたような気がした。


「……つまり、瑞樹。あなたが求めているのは、あなたの人生云々ではなく、『瑞樹』という体の在り処をこの、西園寺邸に留めておきたい、ということでいいのかしら?」


 そう。突き詰めればそういうことになるのかもしれない。

 今日というある意味極限的なタイミングでもともと存在していた瑞樹がこうして表に出てきた以上、彼女(・・)の出した答えに何らかの不満があったことに間違いはないとみていい。

 今表に出ている瑞樹の主張を私達が聞かずに彼女(・・)の主張を聞いた時にどうするか。それも、彼女(・・)が表に出ているということを前提にしてそれに触れたことを考慮して考えると、今の瑞樹はある意味、彼女(・・)の選択を尊重する――つまり、彼女(・・)がどちらの選択をしたとしても、際だった動きをすることはないということ。

 しかし、それでは彼女(・・)の出した答えに不満がある、という事実には若干矛盾らしきものが出て来る。今の瑞樹は、彼女(・・)の主張を尊重すると言いながらも、その主張に対して不満がある。だから出てきた。そう言っているようなものだった。


 では、彼女(・・)の主張を、不満がありながらも尊重するとして。その主張のどこに不満があったのか。

 そこで出て来るのが、今の瑞樹は一年ぶりに表に出てきた存在、という点だ。そしておそらくだが、今の瑞樹は彼女(・・)と一部の知覚ないし記憶を共有している。その根拠は、今の瑞樹が彼女(・・)に代わって答えを告げると言っていたことだ。知覚か記憶を共有していなければ、そう言うのは不自然だ。

 いずれにせよ、そこまで考えればあとはすんなりとその答えに到達できる。ずっと直接会えずにいた両親との距離が、さらに遠くなると知って、どう思うか。当然、その事実に反発するだろう。

 つまり、彼女(・・)は家に残ることを選択せず、出ることを選択したということになり、その結果が人格の入れ替わりにつながったと言える。


 彼女(・・)の選択を本当に尊重したいと思っているのかどうかはわからない。わからない、が――少なくとも、今の瑞樹の言葉をそのままその通りに考えるなら、本人の主張と彼女(・・)の答えを言い分けた以上、本人の主張を彼女(・・)の答えと偽って言うのは考えられない。


 それらのことを踏まえて考えていくと、そう言う結論になる。


「どうかしら」

「…………」

「瑞樹……?」

「……さすがですね。お見事です」


 瑞樹は若干表情を和らげて、そう言ってくる。それは、私が最終的に出した答えが正しかったということ。

 瑞樹が求めているのは――他のなにものでもない、この家の中にある瑞樹本来の『居場所』。私がいて、瑛斗さんがいて、皐月がいる。『西園寺家』という『家族のいる場所』――それが、瑞樹の求めているもの。

 確かに、それなら彼女(・・)の出した答えとそう反するから、今の瑞樹が反発して表に出て来るのも無理はない話になる。


「私が表に出てきた理由は、まさにそれなんです。このままだと、私の存在にすら気づいてもらえないまま、お母様やお父様、皐月とさえ会えなくなってしまいます。私は……本当の瑞樹(・・・・・)は、ここにいるというのに……! あなた達が瑞樹と呼び慕っているのは、まがい物(・・・・)贋者(・・)なのに…………! なのに、彼女(・・)は私に気づくこともないまま、あなたに、西園寺の家族に勝手に別れを告げようとしていたのです……っ! 私の気持ち、わかりますかっ!?」

「………………、」


 言葉を返せなかった。

 察するに、今の瑞樹がもっとも憎悪を抱いている相手は、彼女(・・)だろう。でも――その事実(・・・・)を知りながら、今の瑞樹を勝手に亡きものとしてしまい、彼女(・・)を瑞樹として接することにした私は、きっと彼女(・・)と同罪だ。

 今の瑞樹にとってはとても許しがたい――憎むべき相手でもある。


「でも……先ほどのお食事の時にはっきりとわかりました。もはや、私の居場所はこの家にはないということを……。みんな、私を忘れ、頭の中から消し去って、彼女(・・)を選んでしまっているのだと。――私は、もう不要な子でしかないのだ、と――」

「瑞希……なに、を…………?」

「だから、私は復讐をしよう、と思いを改めたんですよ。やることは変わりなくても……気の持ちようでは、全然意味合いが違いますからね……」


 私が再び唇をかんで、いたたまれない思いで俯いていると、瑞樹は――瑞樹は、とても言葉に言い表せないようなモノを纏って、嗤いながらこちらを見ていた。


 黒い靄のようなものすら幻視させる彼女が纏っているそれは――紛れもなく、狂気と言えるものだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ