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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之後 どうして私のお嬢様生活は揺れるのか
33/52

S2.お嬢様周辺の外堀は埋められる


 それは食堂で夕食をとった後、私が寝床に入るその少し前のことだった。


 お母様に瑞樹の抱えている秘密がばれたり、私の一族にまつわるとんでもない秘密が明かされたりといろいろあった本日も、あと二時間ほどで終わる時間となった。

 私は今、部屋の中で本日一日の疲れを取るべく、お茶を飲みながらテレビ番組を視聴していた。

 そして、眠くなってきたのでもうそろそろ眠ろうかと思い始めた頃。

 来客を知らせるノック音が聞こえてきた。


「……どうぞ」

「失礼するわね、麗華」

「お母様……」


 てっきり瑛斗さんが来たものだと思っていたのでびっくりした。

 昼間のこともあって、なにを言われるのか怖いというのもあり、少し声が震えてしまったような気がする。

 そして、その不安は見事に的中してしまう。


「さて。時間も時間だし、邪魔をする人も今日はもう現れないだろうし。昼間、後回しにされた話の続き。聞かせてもらうかしら」

「…………はい」


 有無を言わさない、お母様の眼差し。昔から――この世界で『一条院麗奈』として生まれ変わって以降、この目をしたときのお母様に逆らって碌な目に遭った覚えはない。

 学生時代も中盤に差し掛かろうかというころになれば、この眼差しを向けられることは少なくなり(逆に諦めたような目を向けられることは多くなったが)、それ以降は一時的ながらも気楽で(かりそめの)自由な学生生活を送っていたが……それでも、こうした『眼』をしたときのお母様に、その場で逆らえたためしはなかった。


「昼間にも言ったけど、瑞樹ちゃん。あの子、六歳児にしてはやたらと知性にあふれているわよね。まるで三十路間近の女性があの子の体の中に入り込んだかのように。思い返してみればというより、あなたという『駄作』の焼き増し、見たいにも思えなくもないのだけれど」

「…………ッ! 瑞樹を! ……瑞樹を、悪く言うのはやめてください」


 確かに、前世の記憶と精神を受け継いだという面において、お母様の言う通り、瑞樹は私の『焼き増し』になるだろう。それは否定できない。

 だけど、完全に肯定できるかと聞かれれば、それもできない。だって、あの子はまだ、この世界に『来た』ばかりなのだから。

 私と同じように『今はまだ』と思って自由奔放に行動するのか、私や、瑛斗さん、周りの人たちの導きのもと、この『西園寺』という家に馴染んで、名家の令嬢らしからぬ道に進まないよう、気を払いながら生活を送っていくのか。

 そのどちらともいえない、まだ未来が定まっていない時期。それを、あたかももう未来が決まってしまったかのような言い分に、私は憤りを隠せない。


「…………そう。ま、あなたがあの子を西園寺の跡取りに、と考えていて、瑛斗さんもそれに同意しているのなら、私はそれに反対することはないけど。むしろ、あなた達の頑張りを後押しするために、私があの子に『名家の何たるか』を教えてあげたいとすら思えてくるしね……。それで、結局のところ、あの子はなんなのかしら?」

「……ッ…………、」


 しかしお母様は私の心中を見抜いたかのように、それでいて柳に風と言わんばかりに涼やかに私の視線を受け流す。

 有無を言わさない鋭い視線はそのままに。


「麗奈。どうしたのかしら」

「…………」

「ほら。言ってみなさい。あの子の、年不相応な知性は一体何? あなた、何を隠しているのかしら」

「………………」


 どうあっても、その『焼き増し』宣言だけは撤回しないようだ。

 今日一日、あの子を見ていて何を感じたのか、正直私にはわからない。いや、わかっているのかもしれないけど、認めたくはないのかもしれない。が、いずれにせよ、お母様があの子のことを好ましく思っていない以上、このまま黙っていればお母様は宣言通り、私や瑛斗さんという『親』を通り越して、あの子に重圧を与えかねない。

 一応、『西園寺家の令嬢』という意識を持った行動を常日頃から取れるように『指導』をしてきたけど、中途半端なのは確か。そしてあの子の性格だ。

 お母様からの直接指導がなされれば、おそらくはそのとてつもなくきつい『締め付け』を受け入れてしまいかねない。そして――お母様は『庶民らしさ』を何よりも嫌う傾向にある。成熟した精神を持っているは言え、その成熟した精神の根っこの部分が庶民の瑞樹にとって、お母様との相性は最悪。公立の小学校に通っているというのも、マイナス要因だ。

 お母様が『指導』をすることになれば、その締め付けは苛烈を極めることになるだろう。重圧に耐えきれずに、壊れてしまうことだって考えられる。


 ――『レン劇』にも出てきた、『無表情系キャラ』のような、人形のごとく感情に起伏のない性格に、なってしまうかもしれない。


 あの子には、あの子の特殊な境遇に合わせた考え方が必要。そして、それはその境遇を一番理解している、私にしかできないことだ。


 ――すべて、話すしかないだろう。


「……あの子は……あの子、です」

「……そうね。瑞樹ちゃんは瑞樹ちゃん。それは間違いないわね。でも、今はそんなことを聞いているわけでは――」

「そうですね。そんなことを聞いているわけではないでしょう。でも、あの子はあの子。西園寺の娘を名乗るにふさわしくなれるよう、努力している。それをご理解いただいたうえで、お聞き入れいただきたい所存にございます」

「…………。わかったわ。それで?」


 先を促すお母様に、私は大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせてから、ぽつり、ぽつりと私やあの子が抱える事情を少しずつ、話し始めた。


「まず、あの子のことを話す前に、私自身のことについて、ずっと黙っていたことを告白させてください。とても複雑なことでして、前提としてまず私の抱えている秘密を、お母様に知っていただく必要があるのです」

「…………。あなたの? それはまた、どうして」

「私の抱えている秘密と、お母様があの子に感じている違和感は、同じものだからです」

「そう…………。それでは、まずはそこから聞かせてもらおうかしら」


 あなたが抱えている秘密というのも気になるしね。

 お母様は私の秘密と聞いて、この時だけは興味深そうな顔になった。

 けれど、その顔が、私と瑞樹の秘密を聞き終えた後にどんな顔になるのか、どう思われるのかは、正直わからない。

 それでも、もう止まることはできない。私はこうなってしまったのだからと意を決して、私自身の話をした。


 十歳くらいの時に、唐突に自分のものではない、別の人の記憶がよみがえったこと。それに伴って、精神までもがその別の人――つまり前世の私のものとなってしまったことを、言葉を選びながら説明した。


「――というわけで、十歳の誕生日を迎えたあの日以降の私は――『一条院麗奈』という人物であってそうでない人物となってしまったのです」

「そう……だったの…………。なるほど……そう考えると、確かに……符合する点も、大多数を占めるわね……。もしかして、あの時感じた、あの違和感も……?」


 信じてもらえるかどうか、正直不安だったけど、そこは生みの親、というやつなんだろうか。いや、もしかしたら昼間聞いた、お母様方の――『氷川家』の血筋に見られる特異な能力による感じ方を踏まえての考察なのかもしれないけど、信じる信じないの前に、これまでの私に関してあれこれ考えながら真偽を考えているようだ。

 一通り思考がまとまったのか、お母様は大きく息を吐くと、一度私から外していた視線を再び私に合わせてくる。先ほどと同じく、決して反論や抵抗を許さない視線だ。


「一つ聞くわね。あなた……と、それから、話の前振りからすると瑞樹ちゃんも何でしょうけど……」

「………………?」

「その、『別の人の記憶』や『考え方』『感じ方』は、庶民のもの、なのね?」

「……はい。その通りです」


 この質問には正直、驚いた。私はこの後、この話を前提として瑞樹にも去年の十二月、同じようなことが起こったと説明しようとしていたのだが、それをする前にお母様は大体の事情を呑み込んでしまったようだ。

 私が驚きを隠せないでいると、お母様はうふふ、と口に手を当てて『こればかりはもう、仕方がないとしか言えないわね』とこぼした。


「なにも驚くことはないでしょうに。あなた、自分で前振りをしたじゃない。あなたが今話してくれた『秘密』と、私が昼間瑞樹ちゃんに感じた『違和』は同じものだと」

「た、確かにそうですが……」

「だから、その前振りを踏まえて、もし仮に瑞樹ちゃんが、いつなのかはわからないけれど、あなたと同じく『別の人の記憶』や『考え方』『感じ方』を宿したのなら、という前提でその『違和』について考えただけよ。ただそれだけで、と思うかもしれないけれど、ね――」

「…………」

「私の子なのに、それくらいの情報ですべてを察せないようなら、やはり『外れ』としか言いようがない。今までなら、そう言っていたのでしょうけど……そういう事情があったのなら、仕方のないことだったのかもしれないわね」


 異なる価値観や考え方などが流入した弊害か。そう考えればそれはそれで納得のいく話だ、とお母様はこれまで冷たく当たってきたことについて、すべてではなく一部についてだが私に謝ってきた。

 私自身、一族が受け継ぐ特徴のことを知らなかったために理不尽に感じていたこともあったので、その謝罪は素直に受け取ることにしたけど、話はまだ終わらないようだった。


「さて……それで、あなたやあの子にそう言った特異な事情があることはわかったけれど……だとするなら、やっぱりあの子は、なにがなんでも名門校に通わせるべきだったわね」

「…………はい。それについては、返す言葉もありません」

「今なら、藤崎様主催のウインターパーティーで、水崎様があなたや瑞樹ちゃんのことを蔑んだのか納得できるわ。……あなた、本当に馬鹿なのね」

「………………、」

「元が庶民なのだから、いくら家で令嬢らしい振る舞いをさせたところで意味がないでしょうに……。そういったことを学ばせるのなら、公の場で対話する相手というのは非常に重要なのに……」


 お母様はこれは挽回が難しいわよ、と真剣で頭を悩ませている様子。

 しかし、ある程度のことはすでに考えていたようで、私が何か言う前にある『提案』をしてきた。


「なんにせよ。これ以上、被害を広げたくない――あの子の、上流階級の間での風評を悪化させたくないというのなら。やっておかなければいけないことがあると、私は思うけれどね」

「…………?」


 なにやら確信めいた顔でそういうお母様を見て、私は嫌な予感を感じながら続きの言葉を待った。


「まず聞くけれど、麗奈。まさかとは思うけど――瑞樹ちゃんに、必要以上に学校の、庶民の同級生と仲良くしないように注意したのよね」

「……い、いえ……一応、相手の家に訪問することは禁じておりますが……」

「この家に招き入れることは許した、と……?」

「はい……」


 盛大にため息を吐くお母様。


 ――その直後に嫌な予感は的中。私はお母様に、本当に瑞樹を跡継ぎにするつもりがあるのかと盛大に叱責された。


 そして、私はある約束をさせられるのだったが――その約束が、とんでもないもので。

 それこそ、瑞樹とその友達に対する裏切りにしかならないのではないか、と思えるような内容だったので承服しかねたのだが――お母様の気迫に敵うはずもなく。

 私は泣く泣く――その約束を、飲まざるを得なくなってしまった。

 なぜなら。


 お母様は賢い上に用意周到で、私の話を聞く前にすでにある程度の予測は立てていたようで。瑛斗さんという『外堀』を先に埋めて、そのあとでこの部屋に来ていたらしい。あまつさえ、もし私がやらないのならお母様が直接、その『約束の内容』を決行する、とまで言ってきたのだから。

 明日にでも手を打ちなさいと言われた私は、とても陰鬱な気持ちに苛まれながら、明日の朝、どうやって瑞樹と向き合おうかと思考を巡らせた。



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