第3話 お嬢様の秘密がばれる時
学校に習い事。いつもそれで一日の大半はつぶれてしまう。
無論、お気に入りの奏楽を自分で演奏したいのも相まって、めきめき成長しているけど、それだけじゃあやっぱりストレスは発散できない。
だからこういう時は、録画していたアニメ番組を観賞するに限る。
転生してよかったのは、昔見たアニメとかを、再放送でもないのにもう一度見れるっていうことだよね。
そんな感じで、前もって録画していたアニメを、習い事がないときにまとめてみているのだ。
今日は何を見よ―かなー……。リストアップされた録画番組を見ながら、どれがいいかを選別する。
そしてこれだ、と思った番組を見つけると、すぐさま再生する。
それを二回ほど繰り返すと、ブザー音がして、誰かが私の部屋を訪ねて来たことを知らせてきた。
誰何を訪ねると、相手はお手伝いさんの一人、菅野さんのようだ。
「お嬢様、いかがお過ごしでしょうか……あら。テレビをご覧なっていましたか」
「うん、正確には録画していたアニメだけどね」
菅野さんはお手伝いさんの中でも、身支度を整えるのを手伝ったり、食事の時に給仕をしてくれたりと、身の回りの世話を主にやってくれるメイドさんだ。
ただ、母さんには主に私の面倒を見るように申し受けられていて、私が部屋にこもっていると母さんが心配だからと時たまこうして様子見によこされるのである。その実態は、ただテレビを見ていたり、防音仕様の部屋(なんと、自室の中に防音仕様の部屋までついている。なんという豪勢さだろうか)で、前世でお気に入りだったゲーソンを演奏していたりとか。まあ、そんなくだらない理由だったりするんだけど。
「左様でしたか……。しかし、よく見れば目が二重になっているではありませんか。これ以上は目を悪くします。いったん休憩いたしましょう」
「え~、大丈夫だよ」
「ダメです。さあ、テレビを消しましょう。少し、外の空気でも吸いに行ってきましょう」
そして、まあ仕方のないこととはいえ、こうしてとても世話を焼いてくれる。
おかげでとても健全な毎日を送れている。
自室を出て廊下に出ると、そのままいくつかあるテラスのうちの一つに連れていかれる。
割と高いところに設けられたそこは、西園寺家の広大な敷地を眺めることができる絶景ポイントで、私もお気に入りの場所だった。暇つぶしの一つとしてよく利用したりする。
友達を招いたときにはここでお茶を飲んだりすることもあるし、早速できつつあるグループでもここは好評をもらっている場所だ。
他のメイドさんが用意してくれた紅茶を飲みながら、遠くの景色を眺めれば、確かに疲れ気味だった目が幾分か楽にはなってくる。
「……お嬢様」
「なに、菅野さん」
そばでじっと私に付き添っていてくれていた菅野さんが、ふと私に語り掛けてくる。
私の顔はおそらく、きょとん、という表現が似合う表情をしていることだろう。
「不思議に思うのですが……お嬢様は、お年の割に聡明というかなんといいますか……妙に成熟した精神をお持ちですよね」
「えっと……そう、なのかな……」
うわ、なんというか急にそれらしい話題が来た。
不意打ちはひどいなぁ。どう答えればいいんだろう。
「えぇ。それも――どちらかといえば、成人して、厳しい社会で揉まれたことのある男性のごとき雰囲気を垣間見せますよね」
「ぅ……そ、そう……き、気のせいだと、思うけど……」
「いえ。これでもメイドとして、相手の表情や立ち振る舞いをみて機敏な判断を常日頃からしていますからね。私は私の判断が正しいと信じていますよ。お嬢様は、すでに成熟しきっている」
あぅ……どういうことだろうかこれは。まるで私が転生者であることが分かっているかのような……。
「お嬢様。一つ、お聞きしたいことがあります」
「は、はい! なな、なんでしょうか……」
そして、またも不意打ちに等しいその問いかけ。
なにが出て来るかわからず、若干怯えている私の口からは普段心掛けている子供っぽい口調ではなく、上司に叱られるのを覚悟するときのような口調が出てしまう。
それをどう受け取ったのか。菅野さんは、すぅっと目を細めて――。
「お嬢様は…………学園レンアイ劇場、という言葉に覚えはありませんでしょうか」
「……えっ!?」
混乱の極み、ここに至れり。
どうやってはぐらかそうかと纏まらない思考で考え続けていたいた私は、菅野さんのその言葉で、完全に動きを止めてしまった。
完全に思考が停止した私を見て、菅野さんはほぼ答えを確信したようだ。
それまで問い詰めるような雰囲気で私と問答していたのとは打って変わって、いつもの、優しいほんわかとした女性に戻って、やはりそうでしたか、と呟いた。
「……申し訳ございませんでした、お嬢様。ただ、奥様からどうにかして確認してほしいと頼まれていたことでもありまして……」
「え? お母様が?」
それは本当に予想外だった。
「一体、どういうことなの?」
「そうですね……まず、決して勘違いしないでいただきたいのですが……私には学園レンアイ劇場、というものについて、よくわかってはいません。ただ……その言葉の語呂から察するに、何かしらの漫画なのだろうということは予想がつくのですが……」
「そうなの?」
「はい……」
どうやら菅野さんがレン劇という言葉をよくわからない、というのは本当のようだ。
事実、レン劇は漫画ではなくゲームなのだから。それを知っているならば、演技でもない限り漫画と断定することはないだろう。
そして、今のタイミングでは少なくとも、菅野さんが私に演技する必要性はもうないと私は思っている。
菅野さん自身は、私と同じ境遇ではない、ということだろう。あくまでも可能性の話だけど。
「申し訳ありませんが、この後は奥様からお話を伺ってはいただけませんか。私はただ、お嬢様が学園レンアイ劇場、という言葉に特別な『なにか』を持っているか、否か。それも含めて、聞き覚えがありそうかなさそうかを確認してほしい、と言われただけなので……」
「そう……なんだ」
つまり、可能性としてはこの世界の母親――西園寺月子が転生者である、という線が濃厚ということだろう。
そしてその母さんがこういうアクションに踏み切ってきたということは、私に関して疑いを持っているということ。だからだろう。
でも、一体いつからだろうか……?
相変わらずまともに働いてくれない私の思考。
いくら考えてもまとまらないので、仕方なく考えることを放棄して、流れに身を任せてみようと結論を出した。
「わかった。それじゃあ、母さんのところに行ってみる」
「かしこまりました。それではご一緒させていただきます」
いつも通り付き添ってくれる菅野さんと連れ立って、私は転生者疑惑のある母さんの元へ、向かうのだった。