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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之後 どうして私のお嬢様生活は揺れるのか
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第28話 お嬢様と『悪役令嬢』の原点


 そうして、何もかもが色を欠いたように見えるようになってしまったわたしは、なにに対しても手がつかないような状態となってしまった。

 昨日も一応形だけでも習い事はやってみたが……結果はとても凄惨なものだ。同一人物とは思えないと、講師の人たちが口をそろえてそう評価するほどなのだから、相当なものなのだろう。


「……はぁ…………今の私って、なんなんだろう……」


 思わず、そう言葉をこぼしてしまう。


「はぁ~……」


 もう、このまま今日は不貞寝してしまおうか。そう思っていた時に、菅野さんが思いもよらない知らせを告げてきた。


「瑞樹様、よろしいでしょうか」

「…………え? あ、はい……なんでしょうか、菅野さん」

「旦那様より伝言があります。年末年始に当たって、旦那さまや奥様のご親族に当たる方々が当家にご来訪なさる予定があるので失礼のないように心掛けてほしい、とのことでした」


 なるほど……。確かに、もうそろそろ年末だものね。親族で集まるにはいい機会だろう。

 私がこの世界で前世の記憶を取り戻すより前の『瑞樹』の記憶を探ってみても、幼いゆえかあまり記憶に詳しい情報が出てこず、どういった人達かはわからずじまいだった。

 だから正直不安がある。

 それに、今のこの状態のまま他人と会う、というのもちょっと気が引ける思いだった。

 でも、来るものは来る。それは仕方ないことである。私が決めることでもないし。だからすべきなのは、それに向けての準備になるだろう。


「……わかりました。可能な限り、気を付けます……」

「それから、決して無理をなさらないように、と。学区内の一般的な(・・・・)地価となっている地域に購入した一軒家があり、そこで過ごす準備もあるので一人になりたい時間があるというならそこに移ることも検討してほしい、とおっしゃっていました」

「一軒家……?」


 西園寺家が、一般的――つまり、ごく普通の一般市民が無理せずに家を買えるくらいの地域に、わざわざ家を持つなんて……もともとは賃貸用、なんだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、菅野さんが私の考えを読んだように、補足で説明をしてくれた。


「その一軒家について、ですが……もともとは、例の件(・・・)で瑞樹様が西園寺家にふさわしくないと判断されたときに、移り住んでいただく予定だった家になります。なので……気分のいい話ではないとは思いますが、機能性については十二分かと存じます」

「…………っ!?」


 その言葉に一瞬、びくっとする。

 今の私にとって、菅野さんが伝えてきたその言葉はなによりも敏感に警戒してしまうものだった。

 それを感じ取ったのか、菅野さんは様子を窺うように、それでいて私の警戒心を解きほぐすように言葉を重ねる。


「大丈夫です。旦那様はなによりも、お嬢様のことを心配なさっていました。断じて、お嬢様が邪魔になったとか、先日の言葉を撤回するなどとは思っていません。旦那様が気にしているのは、麗奈様方のご祖父母のことなのです」

「お母様方の…………?」

「はい……」


 言われて、思案する。

 母さんの両親と聞いて、父さんが気にすること。何か、なかったかと。

 でも、思いつくことはほぼ何もない。現状では母さんの親族がらみの情報についてかなり欠如しているし。

 それでは視点を変えて、ゲーム知識の方ではどうだろうか。前世からの知識を引き出してみると、一つだけヒットした情報があった。


 それは、『皐月様』に関連するキャラクターの情報だ。

 『レン劇』に登場する『皐月様』は『麗奈』の影響を受けて選民意識に染まった、という設定だった。その『麗奈』も、親の影響を受けて選民意識の塊になっていたという設定が『皐月様』シナリオで明らかになったと記憶している。

 『皐月様』の悪辣さの原点をたどると、『麗奈』の母親、ということになる。


 そこまで思い出したところで、菅野さんが、そして父さんが気にしていることにもようやっと思い至ることができた。

 つまり父さんは、母さん方の祖父母が今の私にとって(悪い意味で)かなり刺激的な性格をしていることを気にかけていたのだ。

 ウインターパーティーでの一幕は、それほど時間を置かずに広まってしまうだろう。その場に居合わせていた可能性もある。

 場合によっては、あの時の一幕を彷彿とさせる、とても見るに堪えない光景を見てしまうことになるかもしれない。父さんは、それを恐れているのだろう。


 私にとって、ただでさえまだ荒れている心が元に戻っていないというのに、焼き増しともいえる場面に出くわせばどうなるか。想像することすら恐ろしく感じられる。というか、考えたくもない。


「そう、ですか…………」


 はっきり言えば、父さんの申し出は、私にとっては渡りに船だった。正直、飛びつきたいくらいに。


 ――でも。果たして、それは正しい答えなんだろうか。


 口にしかかった言葉は、不意に脳裏をよぎった疑問によって消えてしまう。

 本当ならすぐにでもその家に行きたい。そう思っているのに、でもそれを言えない。まるで見えない誰かに手綱を引かれるように。


「旦那様方のご祖父母は三日後に。奥様の……一条院様ご夫妻はそれより一日早く、明後日に到着の予定となっています。なので、急な話で本当に申し訳ございませんが……年末年始を家から離れて過ごす場合は明日中に向こうに到着できればそれが一番いいのではないかと。明後日では、一条院様と鉢合わせになる可能性も否定できませんし」

「そう、ですね……」


 明後日までこの家にとどまれば、どこにいても安らぐことができない日が続くことになる。

 逆に一時的にでも避難すれば、安らぐ時間とともに今私が抱えている、この答えのないような悩みについてじっくり考える時間もできるだろう。

 少しでも考える時間がほしい。ゆらゆらと揺れている、この不安定な状態から持ち直すための時間がほしい。

 そう思って、頷きかける――が。


 ――本当に、それが『西園寺瑞樹』として正しい答えなの?


 否定的な問いかけが、再び脳裏をよぎる。そしてまた、動けなくなる。

 頷きかけた顔が、自分のモノではなくなるような感覚さえしてくる。


「瑞樹様、いかがいたしますか?」

「え、と…………」


 最終判断を問われるも、やはり頷けない。

 見えない何かに抑え込まれた私の顔は、どうやっても動かすことができず。声を発しようとしても、出てくる言葉はまるっきり言葉になりそうにない。

 ここは、あの水崎夫人と似たような思想を持つと予想される、一条院晴香との接触を避けて状況の悪化の回避に努めるべきではないか。そう思っているのに。


 ――そうは思わない……。そんなの『私』じゃない。


 今度は、完全な否定の言葉。ダレカが発したようなその言葉は、外泊の準備を頼もうとする私の意識を強引に抑え込んでいるかのよう。気づけば、手も足も指先まで感覚がなくなっており。

 まるで、頭の中に別の誰かがいるようなこの感覚は次第に強くなっていって。


「外泊の準備は不要です。お爺様お婆様を迎える準備を、手伝わないといけませんね。……私に何かできること、あるかしら……」


 気づけば、言いたかった言葉とは真逆の言葉を、菅野さんに言っていた。

 菅野さんは驚いたような顔をしたが、やがて真顔に戻ってかしこまりました、と言うと、返事を母さんたちに伝えに行くのか、部屋から出ていく。

 途端に、全身にけだるさがのしかかると同時に感覚が戻ってきた。動かせなかった首も自由に動かせるようになったし、声も自由に出る。

 けど、気分は最悪だった。

 まるで白昼夢のようなひと時だったけど、夢ではないだろう。

 自分の意思とは思えないけど、私の口から出てしまった以上周囲には私の意思として伝わってしまっているはずだ。準備を手伝うと、まるで乗り気になっているかのようなことまで行ってしまった手前、あとになって取り消すということもしづらい。


 自分の意思とは正反対の予定が組まれてしまったことに、私はしばらく茫然とするしかなかった。

 そのまましばらく茫然としていた私だったが、答えてしまったものは仕方がないか、と私なりに出迎えに差し支えない準備に取り掛かることにした。

 とはいえ、六歳児の私にできることなどほとんどなく。あるとすれば、荒んだ心をいったん切り離して、出迎えの時に相手に不快な思いをさせないように気持ちを切り替える程度。

 幸い、年末年始ということでそのための材料には困らない。純粋に、今は年末年始ののんびりとした時間を楽しもうという方向で考えることにした。年が明けて落ち着けば、再び習い事や家庭教師で忙しくなるのだし、間違ってはいないはず。

 翌朝になるころにはその気持ちの切り替えがうまくいって、昨日まで悩んでいたことがあまり苦にならなくなっていた。



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