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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之中 そうして私は本当の壁に気づかされた
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第24話 西園寺瑞樹と悪徳夫人


 その後しばらくはパーティーの会場内でありながら、家族内での和やかな雰囲気が訪れていた。


 基本的に格上の家の人たちが休んでいるような雰囲気を纏っていれば、そこには入り込まないようにするという暗黙のルールみたいのがあるのは、『レン劇』でのパーティーイベントでもあった気がする。確か、これもそう言ったものと直接かかわりが強い『皐月様』シナリオで出てきた情報だったはずだ。


 そういった不文律もあってか、比較的人がいない隅の方のスペースで私達が休んでいると、大抵の人は近くを通りかかっても、休憩中なのだろうと察してそのまま素通りしていく。

 私はそれを眺めながら、注いでもらったオレンジジュースを少しずつ飲んでいる。ただそれだけでも、疲れていた心は幾分か休まってくる。

 まぁ、それでも話をしに来る人は話に来るけど。


 中には例えば、藤崎さん一家が来て、改めてプライベートな挨拶をしに来たりとかはあったし、どうしてもお話がしたい、という人達もいて、そういう人達とは当たり障りのない会話を少ししてそれで満足してもらっていた。


 そして、休憩しながら他の人たちとの交流を続けていると、とある母娘連れの二人と遭遇した。

 母親の方は赤を基調とした自己主張の強いドレスと、迷いを知らなさそうなそのまっすぐな視線が、強気な印象を際立たせている。

 少女の方は白いワンピースドレス。母親に似てこちらも気が強そうだが、こちらは子供らしい純真な顔をしていて母親とはとても似つかない雰囲気を纏っている。

 母親は見ているととても不快になるというか、いやな感じのする人だ。なんだか、相手にしたくないと思ってしまった。


 母さんを見れば、母さんは緊張した面持ちでその二人組を見ている。父さんもだ。

 この二人がここまで緊張するのも珍しい。いったい、なんなんだろうか――。




 口火を切ったのは相手の方からだった。


「あら。西園寺様ではありませんか。ごきげんよう」

「え、えぇ……ごきげんよう、水崎様…………」


 挨拶の直後に母さんから紹介される。その話によれば、この人はどうやら水崎綺奈さんといって、水崎財閥の会長夫人らしい。水崎財閥といえば確かに聞いたことがある。

 名前がかなり知れている財閥だし、発言力はある方なのは確かだろう。


「今日はご息女方もお連れなのですね」

「はい……。瑞樹と、皐月と申します……二人とも、挨拶なさい」

「は、はい……。西園寺瑞樹と申します。水崎様、どうかお見知りおきの程よろしくお願い申し上げます」

「西園寺皐月です。よろしくお願いいたします」

「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね。二人とも礼儀正しいわね。とくに……瑞樹ちゃん、だったかしら? かなりお上手ね……。とてもいい学校に通っているのでしょうねぇ」


 通っているのは普通の公立学校なのだけれど。聞かれていないのなら言うこともないかと思い、今は言わないでおく。

 しかし、言葉の語調はどことなく相手を蔑むような感じで、聞いていて不快だ。

 しかも、『いい学校に通っている』のあたりで母さんをチラッと意味ありげに見たあたり、その蔑む相手が明確に伝わってくる。


 これは、遠回しに母さんのことを侮蔑しているのだと。


「ねえ。教えていただけない? いったい、どこの学校に通わせているのかしら」

「…………、」


 母さんは何も答えない。

 いや、答えられないのだとわかった。

 皐月の通っている学校ならともかくとして、私の通っている学校は言えないのだ、と。少なくとも、この人に対しては。


「答えていただけないのですか。それとも。……公立の学校にでも通わせているのかしら?」

「………………ッ!?」

「あら、その顔。本当なの?」


 見抜かれた。母さんは答えずとも、表情でそれを語ってしまう。

 そしてそれを見抜くまでもないと言い切った綺奈さんは、それはもう『イイ顔』で母さんと――そして、私に苛烈な言葉を向けてきた。


「クスクス……。まぁ、驚きましたわ。まさか西園寺家のご令嬢とあろう方が、庶民しか通わないような公立の学校に通っているだなんて。ウフフ、あなたのような落ちこぼれが西園寺に嫁いだ時点で、どこかしら欠陥を抱えた出来損ないしか作り出せないだろうとは思っていましたけど……」

「……ッ!?」


 その言葉を聞いて、私は怒りがこみあげてくるのを堪えるだけで精一杯になってしまった。

 お前に何がわかると。母さんのなにが分かるのか、と。

 だが、相手はそのわたしの顔ですら料理に使われるエッセンスの一つにしか見えないようで、その歪んだ笑みをさらに深める。


「なにかしらあなた。その顔は……礼儀がなっていませんわよ。年上は敬う者。そこに貴賤はないのではなくて?」

「う……ッ!」


 正論だ。いくら家柄がよくても、それを盾にするように相手を貶めるような真似はできない。

 でも、正直目の前のコレ(・・)に向けられるほどに敬虔な礼儀は、私にはとても持てない。


「第一印象はまぁ、確かにそれなりでしたけれど。やっぱり指導者が指導者ですものね。せめて通う学校を選べば、もしかしたらと思いはしますが……学校ですら、庶民しか通わないような、公立学校に通っているのですものね。所詮、どこまで私達の生活について学んだとしても、令嬢擬きや淑女擬き――贋物にしかなれないでしょうね……」


 挙句の果てに、こんなことを言われる。こんな奴なんかにきちんとした礼節を守るような奴、いるんだろうか。

 私が怒りを抑えるために黙り込んだのをいいことに、相手は続いて矛先を私から皐月へとむけたようだ。


「もうお一方もそう。外見ばっかり上品で中身が伴っていませんわ」

「…………」

「あなた……ご自分の家がどのようなお家なのか、理解していないでしょう。この子、聖羅というのだけど。この子はあなたたちと同い年だけど、もう自分の立ち位置をわきまえているのよ。――ただ茫然と現状を受け入れているあなたとは大違いでしてよ?」


 言われたことを理解したか、それ以上のものを読み取ったか。皐月はその麗しい顔をくしゃくしゃに歪めて向けられた言葉に耐えようとしていた。

 そして、とどめの一言。綺奈さんが放ったその言葉を聞いた瞬間――


「まったく、西園寺家も本当に落ちたものですね……。まさか、『壁の花』を迎え入れるだけに飽き足らず、張りぼてだけの『偽物』を生み出して、それで満足してしまうなんてね……」


 私は、最後の理性が吹き飛ぶのを、自覚した。


 ――今、この女性は何といった?

 壁の花を迎え入れるだけに飽き足らず、張りぼてだけの偽物を生み出して。

 張りぼてだけの偽物を、生み出して。

 ――張りぼてだけの、偽物を――


「……~~ッ!?」


 認められた、と思っていた。名家のご令嬢らしくなれたと思っていた。それを真っ向から否定されてしまった。

 確かに、私自身が希望したこともあって通っている学校は公立学校だ。他の名家のご子息、ご令嬢とは縁遠い生活となってしまっているのは否めない。それでもまったく交流がないわけではないし、秋場から時々開かれる勉強会でも、稀に集まる他家のご令嬢たちからはいい評価をもらっていた。少なくとも終わるころには尊敬のまなざしはむけられていた。

 それを、それをこの女は――。

 この女は、私を否定しただけじゃなく、私と母さんを否定しただけじゃなく。

 私の周りにいる、他の人たちまで否定しようとしている。

 許せない。

 他の誰が許そうとも、私はこの女を許すことなどできない。絶対に、ユルセナイ――


 口を開きながら、一歩、踏み出そうとする。

 しかし、その直前――


「――!?」


 物理的に。文字通り物理的に。

 優しく、しかし拒否を許さない強い力でそれは止められてしまう。

 私を、抱き留めるように抑えながら、同時に私の口元を手で覆う、その人物は――かあ、さん……?


「………………」


 一番罵声を浴びせられていたのは母さんのはずだ。なのに、その当人がなぜ?

 そう思いながら見上げる私をじっと見つめながら、母さんはフルフル、と首を横に振った。


 ――それだけは、ダメ。お願い、どうか、耐えて……耐え切って…………、と。


 とても辛そうで、涙さえ湛えているのにそれでもまだ、母さんはその激情を押しとどめて、その場に佇んでいた。

 片腕に、ひし、と抱きつかれる感覚。

 そちらを見れば、皐月がとても悲しい表情を浮かべながら、やはり泣くのを必死にこらえていた。

 周囲を見てみる。様子を見るように、私達を見ているパーティー参加者たち。

 この場で激情に駆られて、噛みついていればどうなっていたか。それが呼び水になってこの女がさらに悦びそうな状況が出来上がっていただろう。


 ――耐えなくちゃ。堪えなくちゃ、いけない。


 唇をかみしめて、こみあげてきていたものを必死に押し下げていく。

 こんな女なんかに負けないといけないなんて。屈さないといけないなんて。それが、――それがとても悔しくて。


 せめて、顔だけでも見ないように、と自身の顔を下げてしばらく耐え忍んでいると、今度は父さんの声が聞こえてきた。


「…………すまないが、不愉快だ。楽しいパーティーのつもりだったはずが、こうなるとは思わなかった。失礼ながら、中座させていただく」


 きっぱりと会場全体に向けてそう言うと、私達を先導するようにして、歩き出す。――と、一歩踏み出した直後に、この状況を生み出した張本人に向き直り、一言。


「今までは私達だけに的を絞っていたようなので見逃していたが、さすがに今回は見過ごせない。次はないと思えよ、小娘」


 吐き捨てるように言う父さんのその顔は、今までに見るどの顔よりも――怒りに満ちていた。


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