第23話 西園寺瑞樹とウインターパーティー
それからしばらく時間が経ち、私たちはパーティー会場のある高級ホテルに無事到着した。
一応マナーも考えて、15分くらい早めの到着の到着となった。
パーティー会場のある階に着き、クロークルームでコート類を預けてからしばし待つ。そして開始の宣言がなされると、いよいよ入場となる。
どうやらパーティーは交流をメインとする立食形式のパーティーのようである。
父さんと母さんに連れられて、主催者である藤崎さんに挨拶をしに行く。最初に立食パーティーの主催者に挨拶をするのは、違反してはいけないマナーだろう。
「明良、今日は招待してくれてありがとう。ゆっくり楽しませてもらうよ」
「藤崎様、お招きいただきありがとうございます。こちら、ささやかながら手土産です。お受け取りくださいませ」
「あぁ。瑛斗に、麗奈さん。今日は来てくれてありがとう。これは……おぉ、手作りクッキーじゃないか」
「はい。ご迷惑でなければよいのですけど……」
「麗奈さんの作るクッキーは最高にうまいから迷惑なんてとんでもない! あとで、家族でわけあって食べさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
と、そんな感じで挨拶を交わす父さんたちの横で、私達は私達なりに、年相応のあいさつを交わした。
「涼花様、本日は招待していただきましてありがとうございます」
「あとで、いっぱいお話ししましょうね」
「はい、瑞樹様、皐月様。本日は来ていただいてありがとうございます。そうですね……。お父様からお許しをいただいたら、皐月様のところにいかせていただきますね」
「はい! では、後ほど……」
「えぇ、後ほど、またお会いしましょう」
私達の方が若干話が終わるのが早かったようで、父さんたちが話し終わるまで少し待つことになった。まぁ、誤差の範囲内だと思うけど。
藤崎さんへの挨拶が終わると、あとは各自自由に会場内を歩きながら食事をしたり交流をしたりすることになる。
父さんと母さんは挨拶回りがあるそうなのだが、私たちはどうすればいいのかわからない。
とりあえず会場の一角に連れて行かれ、適当に回って、疲れたらここに来いと言われたので、疲れるまでは適当にその辺をぶらぶらしてるか、と皐月と一緒に会場内を散歩することにした。
会場内はダンススペースこそないもののとてもきらびやかで、高級ホテルを名乗るにふさわしい内装をしていた。
立食形式なので食事は自由に取れる。一応守るべきマナーもあるので、そのマナーを守りながらになるが、それ以外は特に規則がないのが立食パーティーのいいところである。
「……美味しいですね、お姉様」
「そうですね……」
こういう時の料理というのは、やはり普段とは違うものなのだろう。いつも家で食べている料理よりも数段はおいしく感じられる。
食べるのに夢中になるわけにもいかず、とりあえずは周りの様子をうかがいながら箸を進めているのだけど……。なんだろう、私達に視線を送ってくる人はいても、話しかけてこようとする人はいなかった。
これは新種のいじめなんだろうか。
いや、ここにいる人のほとんどは初対面のはずだし、それはないだろうなぁ……などと、真剣に考え始めていた頃になって、
「あら。可愛い子ね、あなた達。姉妹なのかしら?」
と、ようやっと話しかけられた。
いや、うん。向こうが話しかけないならこちらから行こうかなぁ、とは思い始めてたんだよ。
でもね。私が近づくと、どういうわけか退くのよ。こう、道を開くように。なに、このモーゼの海みたいな光景は。それほど人垣はできてないとはいえ、その比喩を使いたくなるくらいの光景だよこれ!
叫びたくなるのを必死……というほどでもないが、なんとか堪えて話しかけてきた人に振り向いた。
そこには――明らかに私達よりも年上と分かるような少女がいた。
大人というほどでもないが、限りなく近い身長。高校生くらいだろう。精神的には私より年下だけど、実年齢としては十歳くらい年齢が離れているだろう。私達にとっては立派な『年上のお姉さん』である。
「はい、そうです。私は西園寺瑞樹と申します。こちらは双子の妹で、西園寺皐月といいます」
「さ……西園寺……? そ、そうですか……。ご丁寧にありがとうございます。私は、井野上朱里と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「はい。井野上様というのですね。よろしくお願いします!」
やはり、この人くらいの年になれば世情にも明るくなるか。どう考えても私達を上の立場ととらえている。
周りの子たちは、私達が話し始めたのを見て、気が付いたように私達と同じく周囲の子と話をし始める。なんか、私達と話す気をうかがっていたようにも思えなくはない。
「えぇっと……本当ならお家の名で呼ばせていただきたいのですが……お二人が一緒だとわからなくなるので、下のお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか」
「そうですね、ではそのようにお願いします」
「はい、ありがとうございます」
確かにその通りだ。私達は一緒に行動しているから紛らわしいだろう。
「お二人はこのパーティーに参加するのは初めてなのですか?」
「はい。藤崎様のご令嬢の、藤崎涼花様によくしていただいているので」
「そうなのですか……。私は叔母様にごあいさつに来た、という感じでしょうか……」
「まぁ。そうなのですか? 井野上様は藤崎様縁の方なのですね」
これは驚いた。
まさか、一人目でいきなり主催者の縁者と遭遇するなんて、思ってもみなかったから。
聞けば、井野上さんの家はキー局を経営しているのだとか。つまるところ、名実ともに藤崎家の分家筋に当たる家の子だということ。
それだけでも十分にすごいと思うが、それ以上にすごいと思ったのはそれを大したことでもなさそうに本人が語ることについてだ。
ただ、本人に言わせれば、私達『西園寺家の本家筋の娘』に会うことの方がとてもすごいことで、私達と比べればとても矮小な存在だ、というようなものらしいけど。
井野上さんとはその後、一言二言話してから分かれることになった。
ただ、井野上さんと話したことがきっかけになったのか、それ以降は次々といろんな人に話しかけられることになったが。
しかし、あまりにもたくさん詰めかけてきたために最終的には私も皐月も辟易してしまい、一旦母さんたちに言われた『待ち合わせ場所』まで戻ることになってしまった。まったく、皆最初とはずいぶんと態度が違うじゃないか。どうしてああなった。
「はぁ……疲れました」
「そうですね……。あんなにたくさんの人たちから話しかけられるとは思ってもいませんでした」
「お姉様。皆さん、最初は遠くから見ていただけなのに、どうして急に私たちに話しかけるようになったのでしょう」
「わかりません……私も聞きたいくらいですよ…………」
でも、なんとなく私にはあれが、ただ親に『西園寺の名を持つ者とは友好関係を気付いておけ』と言われてやらされているようにも見えなくはなかったけど。偏見かもしれないけど、それだけうちの――『西園寺』のネームバリューは強力なのだ。
それを考えれば、親からすれば、子供を道具にしてでもつばを付けておきたい相手だと思うのは明白だろう。
「なんだか……素直に喜べませんわ……」
「皐月……?」
「お姉様は、感じませんでしたか? 私……なんだかあの方達が、その……私を見ていないような気がしまして。それに、あの方達の後ろから誰かが私達をじっと見ているような気も……。良い関係を築けるかどうか……」
「そうですね……皐月ほどでは、ありませんが……似たような感じは、しましたね……」
皐月も皐月で、何となくではあるがその話しかけてきた相手の向こう側にいる『誰か』を感じ取っているらしい。
ただ、だからといってどう向き合えばいいのかも私にはわからず、結局のところ『大丈夫ですよ』と適当に紛らわすしかなかった。
疲れを取るべくしばらくの間同じ場所で休んでいると、母さん達が戻ってくるのが見えた。
どうやら母さん達も疲れてここに来たようである。
「……あら。二人とももうここに戻ってきてたの……?」
「はい……。ちょっと疲れてしまいまして……」
「あはは。まあ、二人はパーティーに参加するのはこれが初めてだからな。仕方ないか……」
「しばらくはお飲み物をいただきながら、休んでいましょうか」
母さんの申し出に全員で頷き合うと、私達は飲み物を取りに行くべく会場内の移動を始めた