第22話 西園寺瑞樹とパーティーへの招待
ひとしきり泣いて、ようやっと落ち着いてきて。
それを見計らったかのようなタイミングで、菅野さんが母さんの自室のキッチンスペースにある冷蔵庫から一つの小箱を抱えて持ってきた。
小箱と言っても、印刷もなにもされていない、真っ白なものだったが。しかし同時に、それはれっきとしたケーキボックスだった。
西園寺家お抱えの料理人が作る、ホールケーキ。それが、用意されていたようだ。
4号くらいのケーキだろうか。手際よく4等分に切り分けられたそれは、私と、父さんと母さんと、最後の一切れは誰も座っていない空席に用意された皿へと、切り分けられた。
「菅野、座りなさい。――この場では、菅野さんは客人だ。客人がおもてなしをしてどうする……」
「あ……申し訳ありません、つい癖で」
「うーん……平時なら感謝するべきなんでしょうけど……どうするべきなのかしら……」
「…………あれ? なんか、前にもこんなやり取りがあったような……」
気のせいかな。……あったよね、こんなやり取り。
ぎこちないながらも椅子に座った菅野さんは、落ち着かなさそうにもじもじとしていた。
それをなくすためにも、早速ケーキをいただくことになった。
ケーキにフォークを指して豪快にかぶりつく父さんと、おしとやかに細かく切り分けながら口に運んでいく母さん。はたから見れば見事に『美女となんとやら』である。
しばらく、その場を静寂が支配する。それは話題が尽きたのではなく、マナーの一環だ。
大人と子供では食べる早さも違う。少しするとケーキを食べているのは私だけとなってしまった。他の人はみんな食べ終わってしまっていて、私が食べ終わるのを待っているところだ。
それでも、もともとの大きさが大したこともなかったので、すぐに食べ終わってしまったが。
私が食べ終わったのを見計らって話を再開させたのは、母さんだった。
「……おいしいわね。彼、また腕を上げたかしら……?」
「急な用件だったので普段以上に緊張させてしまったのもあるのでは? 急に予定外ながら重要性がありがちな用件を申し付けられるというのは、私共にとってはこの上なく緊張するものです」
「そう……? だとしたら普段は少し手を抜いていたということかしら……?」
「お母様? 意地悪が過ぎるのでは?」
「あら、ばれちゃった。ごめんなさい」
口に手を当てながらいたずらっぽく笑う母さん。まったく、聞いているこっちの心臓に悪い冗句だ。
「普通に考えて火事場の馬鹿力みたいなものを働かせてしまったか……? 雇っている料理人にはあとで追加手当をはずまなくては……」
「そうねぇ……余計な心労をかけてしまったみたいだものね」
とりあえず、あとで話は通しておかないと、と言ったところで、その話は終わりを迎える。急な用件を持ちかけられて、その目的が極めて私事なものだったと知ったらどういう顔をするのだろう、とふと考えてしまう。まぁ、『なんだ、そうだったのか』などと陰で脱力するのは確かだろう。
次の話題は――母さんの視線が、私の手元に移っていることからすぐに察しがついた。
「……それで瑞樹。その、いかにもな便箋は……もしかして、なにかの招待状かしら?」
「あ、えぇ……実はそうなんです。涼花さんから私に宛てられたものでして……」
「そぅ…………」
二人は思わしげな表情で顔を見合わせると、神妙な顔つきになって再度視線を合わせてきた。
「やっぱり、あなたのところに直接届いていたのね」
「えぇ…………やっぱり、行かないといけませんよね……」
「そうよねぇ……。藤崎さんのお家のパーティーですし、その上直接招待状が届いたとあれば……参加してもらうことに、なるわね」
「あぁ……正直、不安はあるがな……」
ちらり、と母さんを見て、私を再度見る。それにどんな意味があるのか、私は気になったが何も見いだせず。ただそうですか、と覚悟を決めることしかできなかった。
何か、とても大事な何かを見落とした気がしなくもないけど……何度考えても、その見落とした何かがなんなのか、その正体を掴むこともできなかった。
「……瑞樹。今のうちに言っておくな。パーティーの会場で何かお前に対して言ってくるような奴がいても、なにも気にするな。相手にもするな。お前はもう、立派な西園寺の娘なんだから。誰にもそれは否定させない。それだけは、覚えておけ」
「は、はい……わかりました。心得ておきます」
ここまで強く言われたこと、今まであっただろうか。
見れば、母さんはちょっと申し訳なさそうな顔をして私と父さんのやり取りを眺めるばかり。
どうしたというのだろうか。
「パーティーは二日後だったな。……明日はその最終準備だ。一応、菅野さんにも一通りの準備の協力を頼むつもりでいるけど……頼めるか?」
「はい。問題ありません。パーティー用の衣装はすでに仕立ててありますし、着ていく服の選択くらいですね」
「髪型やら何やらは当日じゃないとできないでしょうし……まぁ、その辺が妥当かしらね」
私はその手の準備は初めてなので勝手がわからない。
おそらくは菅野さんに任せきりになるだろうけど、それは致し方ないかもしれない。
――そして、時間は過ぎ、いよいよ藤崎家主催ウインターパーティーの開催日当日となった。
場所は、都内某所にある高級ホテルのセレモニーホール。
いわゆるホームパーティーなので参加は自由だが、西園寺家と藤崎家は互いに友好的で、毎年参加している……らしい。
らしいのだが、私は去年は生まれ変わりとして目覚めたばかりだし消極的だったしで、結局一緒に参加するかと聞かれて参加しないと答えた。その時は父さんも母さんも、私の様子がおかしいということで、病欠扱いとしたみたいだ。それ以前も、極力私や皐月を連れていくことはしなかったみたいだけど。
けど、今年はそうもいかないんだろうなぁ、と思ってここ二日間(主に昨日だが)、いろいろ準備を進めてきた。
「はぁ~……憂鬱だなぁ……」
藤崎家のウインターパーティーは確かにホームパーティーだが、伝手を伝って様々な家の人たちを呼び込むらしい。藤崎家にもメンツというものがあるし、少なくとも西園寺家だけを招くということはない。
ないのだが――実のところ、パーティーというのは私がこの世界で目を覚ましてからこっち、初めての参加となるので正直不安で仕方がないのだ。
なにか粗相をしないか、とか。公立小学校に通っていると知られた場合に下に見られないか、とか。
とても不安である。
予定の時間となり、菅野さんに連れられて外へ向かう。途中で皐月に会うと、とても心配された。
「あ……お姉さ、ま……? …………どうか、なさいましたか……?」
「いえ、大丈夫ですよ」
必死で笑顔を作ろうとしたが……うまく、いっただろうか……。
うまく笑えてないんだろうなぁ。無理をするな、家にいたほうがいいのではないか、と滅茶苦茶心配されるんだから。
まぁ、皐月の共感能力って、『レン劇』でも現実でもとても高いから笑えていたとしても、ばれた可能性は高いんだけど。
玄関へ行くまでに、父さんと母さんの二人にも遭遇して、そこからは一緒にリムジンまで向かうことになった。まぁ、そこは早いか遅いかの問題。あまり全体の行程に変わりはないだろう。
外ですでに待機しているリムジンに乗りこめば、いよいよパーティー会場である高級ホテルへと移動することになる。
西園寺家の敷地から出る直前、私はそっと、後ろの窓から西園寺家の館を眺めた。冬なのですでに薄暗い。
――帰ってくるときには、一体どんな心境になっているんだろうか。
穏やかな心境で帰って来れるといいなぁ、と思いながら、離れていくそれをじっと見つめた。