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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之前 こうして私のお嬢様生活は進んでいく
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第18話 西園寺瑞樹とジュニアアイドルの家庭事情


 冬の訪れを感じさせる木枯らしが吹いた、ある日のことである。

 私が部屋で読書をしていると、菅野さんから来客の知らせが入った。習い事やバイオリンのレッスン以外では特に来客の予定がない日だったため疑問に思い、その誰何を聞く。すると、驚いたことに優衣ちゃんと優衣ちゃんのお母さん。そして優衣ちゃんのマネージャーである清水さんだという。


 ちなみに今は昼下がりで、つい先ほどバイオリンの講師が帰っていったところだ。新しく部屋に入ってこようとしているのは優衣ちゃんと清水さんのこと。

 断る理由もないので部屋に入れるよう菅野さんに申し伝えると、一礼して優衣ちゃん達を部屋の中へ案内してくれた。

 去り際に、本日の家庭教師の予定は臨時でキャンセルされたと伝えられ、本当に何が起こっているんだと思いながら、優衣ちゃんに着席を促した。


「いらっしゃい。本日はようこそおいでくださいました。さぁ、まずはこちらへおいでください。……どうぞ、お席に」

「うん」

「緊張しているようですね。まずはお茶をどうぞ。落ち着きますよ」

「うん……」


 優衣ちゃんがこの、西園寺邸に来るのは勉強会のこともあるから珍しいことではない。しかし、それ以外では久しぶりの来訪である。

 感覚が元に戻ったためにガチガチに緊張してしまっているのだろう。


「ほぅ……あったかい……。この家の中はどこも暖房が利いてるけど、やっぱりあったかいものを飲むと違うな……」

「そうでしょう」


 ちなみに今飲んでいるのはミルクティーだ。

 優衣ちゃんが飲み終えたところで、早速話を切り出す。


「それで、本日はいかがなさいました? 聞けば、優衣さんは今日はお母様とおいでになったとか……。なにか、ご家庭で問題がありましたか?」

「うん……。その、ね……。お母さんもお父さんも、来週、何日か家にいなくなっちゃうんだって」

「あら、そうなの……それは困りましたわ。それで、優衣ちゃんはどうなさるのですか?」

「えっと……あのね。私は、その、どこか預かってもらえそうな家の人に預かってもらおうって話になっているの」

「なるほど……それで私の家……西園寺家を頼って来られたというわけですね」

「そうなの。……迷惑じゃ、ない?」

「いいえ。迷惑ではありませんわ」


 決して迷惑なんかじゃない。というか、むしろ優衣ちゃんは被害者みたいなものじゃないか。

 なにかあったときには助力すると誓った手前もあるが、そんなのはどうでもいい。だって、友達なんだもん、困っているなら助けない方がどうかしている。……まぁ、うちの場合は、別の意味で不適合かもしれないけど。


「私のお父様やお母様との話し合いの結果次第になるでしょうけど、もしそうなったらよろしくお願いしますね」

「うん……」


 ふぅ……思ったよりも重大なことだったなぁ。まさか、優衣ちゃんの両親がそろって急に不在になるなんて。

 少し気になったので聞いてみることにした。すると、思った以上にハードな話が返ってきた。主に両親の仕事がハードだ、という意味で。返答は清水さんからだったけど、大人でしゃべり方につたなさのない清水さんだからこそ、そのハードさがより具体的に伝わってくる。


「そうね……。優衣ちゃんのご両親なんだけどね。まず、お父様は優衣ちゃんが瑞樹ちゃんの学校に転校するきっかけになった人なんだけど、自動車を作っている企業の結構上の人らしくて、今は本社勤めらしいのね。それで、来週から数週間、外国に出張になってしまうらしいの。わかる?」

「なんとなくですがわかります」

「そう……さすがね、瑞樹ちゃん。それでお母様の方なのだけれど……お母様はこちらに来てから、そうね……夏休みの後半からお仕事を始めたみたいなのだけど、看護師さんで、来週はお仕事が夜みたいなのね。夕方ごろ出かけて行って、翌日の朝に帰ってくる……とてもじゃないけど、女優のお仕事やってる優衣ちゃんの面倒を見ながらっていうのはできないみたいで……」

「そうなのですか」

「えぇ。しかも、都合悪く代わりの人がいないらしくて、優衣ちゃんのお母様はその週の夜勤は避けられないみたいなの……。それで、信頼できそうな人の家に預かってもらおうってことになったんだけど……。他の子の家にも頼ってみたんだけど、来週のスケジュールの中に、早いときで五時前起き、という日もあってね。それがちょっと、耐えられないみたいで……」


 確かに……それじゃあ、八方塞がりだろう。普通の家なら、ちょっと負担が大きい気がする。


 ふと、卓上カレンダーを見やる。今日は日曜日。来週というとまだ時間があるだろうけど……あまり気のいい話ではないだろう。少なくとも、一週間とはいえ親と離れて暮らさなくてはならないというのは、優衣ちゃんにとっても相当な負担になるはずだ。

 そういう意味では、少しでもそれを紛らわすために仲のいい子の家に、と思うのは至極当然の話だ。それでたどり着いたのがウチというわけ、か。友達だから協力できることがあれば何でも協力すると公言したし、それを頼りに最後の希望として頼ってきた、という感じだろうか。

 ちなみに清水さんは私のスカウト云々でひと悶着あったときに一時的に敬語になっていたが、初めて話した時に(私の家のことがわからなかったというのもあるが)普通に話してくれていたために、親しみやすい大人というイメージが定着してしまっていたので、敬語で話されるとちょっと居心地悪くなった。なのでやめてほしいと言ったら、快く普通に話すことを了承してくれた。

 今日一緒についてきたのは、私の家に相談しに来ることになったときに、仲立ち人みたいな役割をしてもらいたいと言われて引き受けたからだそうだ。マネージャーとしての仕事を超えていないかと感じなくもないが……そのあたりは清水さんの一個人としての行動なんだろうか。

 まぁ、事情は分かる気がするけど。優衣ちゃんは仲良くしているとはいえ、さすがに家族の人までフレンドリーに、とはいかないらしい。

 清水さんが私のところに来たという結論からして、仲立ち人という役割は果たせなくなったみたいだけど。


 とりあえず優衣ちゃんの不安を少しでも和らげる意味も含めて、他愛もない話へと移行する。

 そうして時間をつぶしていると、話がついたのか母さんが優衣ちゃんの母さんらしき人を連れて部屋に入ってきた。他に、使用人の一人も一緒だ。

 私達を呼びかける声を聴いて、真っ先に顔を上げたのはほかでもない優衣ちゃん。私も、話し合いの結果がどうなったのかが気になって、また少しでも優衣ちゃんにとっていい方向で話が済んでいてほしいという願いも込めて、母さんに視線を送った。

 果たして、母さんの答えは――。

 母さんは、そっと微笑むと、優衣ちゃんに向き直って、こう言った。


「優衣ちゃん。来週、一週間。短い間だけど、瑞樹や皐月ともどもよろしくね」


 それは、ウチで、西園寺家で優衣ちゃんの世話を見るということ。

 優衣ちゃんはぱぁっと輝かしい笑顔で、ありがとうございます、と母さんに礼を言った。

 優衣ちゃんの母さんも『優衣をよろしくお願いします』と、深くお辞儀をして感謝の意を示している。これまで頼み込んできたどの家からも、各家の事情で断られ続けてとても不安だったのだろう。何とかすることができて、実によかった。

 そして母さんは、一緒にうれしそうにしている清水さんに対しても、なにかあるようで今度は清水さんの方へ向き直った。


「清水様」

「あ、はい。なんでしょう」

「私達は朝比奈様のご家庭の都合から優衣様を一週間預かることになりましたが……彼女の女優業に関する期間中のスケジューリングに関しては、更新され次第、随時ご報告頂きたいと思いまして」

「はい。それはもちろんです」


 清水さんは女優業に関する話と聞いて、マネージャーらしい、とてもしっかりとした姿勢で対応した。

 まあ、母さんの言い分はもっともだろう。スケジュール管理をするにしても、西園寺だけで女優業もやっている優衣ちゃんのスケジュール管理をするのは難しい。

 マネージャーとの連携は必須だ。


「そうですか。ありがとうございます。では、最後になりますが……笹野」

「はい。朝比奈優希様、優衣様、そして清水様。初めまして。私は朝比奈優衣様が泊まりに来られた際、私生活のサポートをさせていただくことになりました笹野と申します」

「は、はぁ……」

「基本的に、この家に泊まりに来られた際は気軽に、不肖この笹野になんなりとお申し付けください」

「は、はい……その、よろしくお願いします……」


 優衣ちゃんの母さん――優希さんというらしい――と清水さんは私や母さん、笹野さんを見て呆然としている。一方の優衣ちゃんは純粋に、お世話になります、みたいな感じで笹野さんに普通に挨拶をしているけど。

 優衣ちゃんの図太い神経が何気にすごいと思う。


「朝比奈様、清水様。それでは早速ですが、優衣様のご宿泊予定期間における現時点で決定しているスケジュールを教えていただけますか?」

「は、はい……その、申し訳ありません。まさか、メイドさんを紹介されるとは思ってなくて……」


 緊張している二人はどぎまぎしながら、来週一週間の優衣ちゃんの予定を笹野さんに伝えていく。

 その内容を、笹野さんは前準備などについても詳しく聞きながら、メモ帳にメモを取っていく。その姿はまさにエリートメイドさんだ。

 スケジュールを聞き終えると、あとは健康状態などについての軽い質疑応答だけとなる。何かアレルギーはないか、食べれないものなどはないか、など実にありきたりな質問だ。

 とはいえ、優衣ちゃんはアレルギーは花粉症以外は特に問題ないらしく。また、好き嫌いの問題として本人はピーマンが苦手と言っていたが、それでうちの関係者がピーマンを抜くかどうかは疑問なところだ。


「とりあえず、現時点では以上でよろしいでしょうか」

「はい。大丈夫です……よね、清水さん」

「はい。問題はないですね」

「では、それに合わせてこちらも動かせていただきます。なにかまた予定に変動がありましたら、こちらの番号に電話をおかけください。私への直通となりますので」

「わかりました。では、よろしくお願いします」


 笹野さんが仕事用として支給されているらしい携帯電話の番号をメモした紙を渡す。優希さんと清水さんはすぐにそれを電話帳登録し、優衣ちゃんも二人に促されてつたない指の動きながら、なんとか登録を終えたようだった。

 メモを渡した時点でこの場における笹野さんの役目は終わったらしく、そのあと笹野さんは母さんの後ろ側へ回り、そこでじっと待機し始める。


「では、こちらからは以上になります。朝比奈様、清水様。お二人からは、何かございますか?」

「いえいえ。これ以上の配慮はいらないというか……むしろ、恐れ多いといいますか……」

「はい。あとは、優希さんと、私が頑張らないといけない部分です」

「そうですか。では、この話は終わりですね。……無事にまとまってよかったです。当日になって、何かあっては困りますからね」


 母さんは我が子を心配するかのような顔で優衣ちゃんを眺めて、そう言った。


「……その、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうか一週間、娘をよろしくお願いします」

「はい。お願いされました。優衣様は責任を持ってお預かりいたしますので。夜勤、頑張ってくださいね」

「はい、それはもう……!」


 優希さんは感極まったと言わんばかりの顔になって、深く、それはもう深くお辞儀をしたのであった。

 かくして、突然の嵐のごとく優衣ちゃんのお泊り計画が決定されたのであった。



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