第17話 西園寺瑞樹と勉強会
改稿記録:
季節の移り変わりのフレーズをこの話へ移しました。
優衣ちゃんとの勉強会は、二回目からは私が講師役を務めるように、と母さんからお触れが出た。なんという無茶ぶりだろうか。
でも、西園寺家として引き受けてしまった以上は後には引けないし、別に講師を紹介するにしても、優衣ちゃんやその家族がそれを遠慮すればどうしようもなくなる、という懸念があることから、お金もいらず、児童同士で勉強会らしくなり、異様に学力があるので講師役に適任、ということで私が選ばれたということだ。
まぁ、言われたからには、頼られたからには仕方がない。やるしかないか、と意気込んで迎えた本日。
私は数少ない、放課後フリーの日であり、優衣ちゃん側も学校以外はフリーということで三回目となる今日の勉強会は、私と優衣ちゃんのほか、算数にちょっと不安が出てきているという佳香ちゃんも加えた三人での勉強会と決まっていた。
決まっていた、のだけど……。
「どうしてこうなった……」
予定していた勉強会は、私のお嬢様らしからぬ第一声から始まった。
今私がいるのは、前回もつかった私の自室のリビングスペース――ではなく、ちょっとした大人数が使用できる応接間だ。
西園寺家本邸にはいろいろなお客さんが訪れることがある。とある企業の社長クラスの重役だったり、他の企業のオーナー陣営だったりと、実にさまざまである。
この部屋は、そう言った人達の人数が若干多かったとしても対応できるようにと作られたスペースのようである。
ちなみにこれは両親から聞かされた情報でもあるが、『レン劇』からの情報でもあったりする。
というのも、そもそも『レン劇』は戦闘要素こそないもののRPG要素が強い珍しい恋愛ゲームで、ジャンル的にもサウンドノベルというよりはRPGそのものといった方がいいかもしれないつくりをしていた。
RPGでおなじみのキャラクターの移動操作などもあり、マップの移動は実際に3Dグラフィクスで描かれたマップの中を、同じく3Dグラフィクスで描かれたキャラクターを動かすことで次のイベントが起きる場所へ移動したり(どのイベントを見るかの選択にもつながっている)、サブイベントをこなすことで攻略対象についているお邪魔キャラクターの行動疎外のきっかけを作ったりなどして進んでいくのだが――。
そのデータの中には、確かに西園寺本邸のマップデータも含まれていたのだ。
そしてその中にはもちろん、諸情報が出て来る部屋もあるわけで――この部屋は、その諸情報が出て来る、メインイベントやサブイベントに密接に絡んでいた部屋なのだ。
そういえばあったなぁ、勉強会イベント。
メイン主人公キャラではなく、隠し主人公である『皐月様』シナリオで出て来るイベントだったんだけど……なんというか、それを思うと今の光景はその再現みたいに見えてくる。
まぁ、ゲームの中でのイベントが高等部だったのに対して、今の私たちは小学生なのだけど。
さて。
私がぼやいた理由だが、それは目の前に広がっている光景に問題があるからだ。そしてそれは本来なら勉強会は私の部屋で行うはずだったのに、この部屋へ移動せざるを得なくなった理由にも直結しているのだが――。
「えぇっと、それでは第三回、西園寺家主催勉強会を始めたいと思います」
「うん、今日もよろしくね、瑞樹ちゃん」
「よ、よろしく……瑞樹ちゃん」
「お姉様、よろしくお願いします」
「瑞樹様、皐月様、瑞樹様のお友達の皆様。本日突然の参加に応えてくださり、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「「よろしくお願いいたします……」」
「は、はぃ……よ、よろしくお願いします……」
聞いてのとおり、四人ほど余計に多い。
私の部屋で勉強するには支障が出るくらいには、多い。
いや、できないことはないし広さが足りないということもないのだけど、さすがにテーブルを持ってくる必要があって、それはちょっと手間だと思ったので急遽この部屋に移動してきたのだけれど。
本当にどうしてこうなったんだ。
いや、きっかけはたぶん、私が勉強会の講師役をしたという話を、皐月が友達に伝えたからなんだろうなぁ、と察しはつく。察しはつくんだろうけど……。
どう話したらこうなるのさ! 皐月、あんた何を話してくれたんだ!
お嬢様方に勉強を教えるとかどれだけ拷問なの!? しかも誰もかれも皐月と仲がいいから無下に扱えないし!
唯一の救いは、若干人となりの知れた、涼花さんがいらっしゃるところだろうか。
とりあえず、皐月と涼花ちゃんがいるだけでも大分心強い。
とりあえずは挨拶か。えぇっと、百貨店をメインとする古賀グループの社長令嬢の古賀桂さん。IT系企業の社長令嬢の川中楓さん。で、あっていたと思う。
「はい、よろしくお願いいたします。えぇっと、古賀様と、川中様でよろしいでしょうか」
「い、いえ……瑞樹様さえよろしければ、桂とお呼びください」
「私も、楓とお呼びください」
「で、では桂様、楓様と呼ばせていただきますね。では、本日は参加いただき、ありがとうございます。精一杯、頑張らせていただきますね」
「はいっ! よろしくお願いします!」
ほぅ……。とりあえずはファーストコンタクトはうまくいったようだ。
それでは早速、初めて行きましょう、と逃げるように勉強会の開始を宣言する。
勉強会とはいっても、基本的には優衣ちゃんに合わせた感じで進められることになる。なぜなら最前提が彼女なのだから。
必然的に、彼女が苦手とする算数が中心となる。
この中で算数が得意なのは私と皐月。あとは未知数である。皐月は毎日私から算数に関するコツを聞き出しているため、知らないうちにクラス内で一番得意になっていたとか何とか。
そうして始まった勉強会。
驚いたことに、高天学園初等科ではこの時期に早くも負の数も教育内容に取り入れられているらしい。早すぎる気がしなくもないけど――まぁ、他所の学校にどうこう言っても仕方があるまい。
「瑞樹ちゃん……ここ、どうなるの?」
「ここ? ここはですね――」
「皐月様、この部分がちょっとわからないのですが……」
「この問題ですか。これは――」
「えっと、涼花様、で、いいの、かな……?」
「はい、なんでしょうか佳香様」
「ここ、これでいいの……?」
「ちょっと待ってくださいね――いいえ、違うみたいです。もうちょっと、考えてみましょう」
「瑞樹様、いいでしょうか」
「はい。いかがなさいましたか?」
「この(-3)-(-6)なのですが……」
「これですか? これはですね――」
「わぁ、そんな覚え方が……」
「このやり方は本来、もうちょっと先の学年でやる内容が含まれているので、学校では注意してくださいね」
「はい……」
実際にやってみると、公立学校組はどちらも高天学園組に教わることが多いようであった。
高天学園組も公立学校組よりは計算はできるようだったが、公立学校組と同じく皐月以外は算数がちょっと苦手気味のようだった。
特に楓さんの場合は顕著なようで、正の数同士の計算もちょっと苦手気味で早くも置いてけぼりを食らい気味になっているようだ。彼女には都合がつくようなら、優衣ちゃんと一緒に勉強会に来てもらうことになりそうだ。
しかしながら、高天学園の校風もあってか、たおやかで面倒見がいいという感じが根付き始めているのか、庶民丸出しの優衣ちゃんや佳香ちゃんに嫌悪感を示すことはなく、勉強会は終始穏やかで和やかな雰囲気であった。
――そして時間が経ち。季節は晩秋から、初冬へと移っていった。