第13話 西園寺瑞樹とジュニアアイドル
始業式が行われた週の、翌週末になった。
優衣ちゃんは芸能活動に追われているのか、頻繁に学校に遅れたり、早退したり、また欠席をしたりしていた。
偶然にも登校時に優衣ちゃんを送迎しているワゴン車――ちなみに大きいワゴン車と言っているが、あれくらいならあくまでも普通車の枠内に収まるだろう――
クラスにもまぁ、ちょっと馴染めていないところはあるかもしれないけど、私の『すごい家』オーラに触れているからなのだろうか。クラスメイトは私が仲良くしているのを見て、まあいいや、みたいな視線で何事もないかのようにいつも通りの日常を送っていた。
さて。今日も一日、何事もなく無事に終わることができた。本日この後は珍しく何も予定がないので、このまま家に帰って自由気ままな時間を送るだけとなっている。なんでも、外国語の講師の人が今日都合がつかないらしく、休みとなったのだ。
私としては、夏休み後半はご無沙汰だったので、クラスのみんなと一緒にまただべりたいと思ってたけど、皆今日は都合がつかなかった。なんか、私に触発されて夏休みに塾や家庭教師のお世話になり始めたらしい。
いや、どんな効果だよ。あれか、オーラみたいなので無意識のうちに洗脳でもしていたのか!? うわっ、いまさらと恐ろしいこと考えてしまったな。
そんな感じで皆から今日じゃなくて明日なら都合がつく、と言われてしまった私だけど、あいにくと明日は午前中から夕方までびっしりと用事が入っている。それ以降も来週の水曜日まで私の方の都合がつかないのだ。うーん、何とも残念だ。
帰り支度をして、そのまま教室から出ようとすると、優衣ちゃんが一緒に行こうと声をかけてくる。
断ることでもないので、そのまま頷いて一緒に門の外まで行くことにした。
といっても、私はいつも通り門脇さんの運転するリムジンでの下校になるのだけど。
ちなみに優衣ちゃんもマネージャーの清水さんがいつも送り迎えをしてもらっているようだ。
「へぇ。瑞樹ちゃんは今日はこの後暇なんだ」
「えぇ。普段は習い事や家庭教師などで放課後もやることが多いのですが、今日は珍しく何もないので時間があるのです」
「そうなんだぁ。えへへ、じゃあ私と一緒だ!」
「優衣さんも今日はこの後お暇なのですか?」
「うん!」
優衣ちゃんはそれはもういい笑顔で頷いた。そっか。優衣ちゃんも今日はこの後暇なのか。
そこで、ふと考える。
よくよく考えてみれば優衣ちゃんにだけはまだ聞いてみてないことに気づく。何かといえば無論、お茶会でもしないかというお誘いだ。
まぁ、彼女の場合は芸能人でもあるからそちらの活動なんかで都合がつかないことがほとんどだろうと、無意識に弾いていたのだけど。
急な話なのでとりあえずダメもとで聞いてみると、即答でOKがもらえた。
よかったよかった、これで今日は暇しないで済むと内心で優衣ちゃんに失礼な喜び方をしていると、校門にたどり着いた。
門をくぐって校門近くの駐車場に行くと、いつも通りに私を待っている門脇さん達と、優衣ちゃんを待っているらしいスーツ姿の女性――清水さんがそこにいた。
ただ、始業式以降に会った数日と違って、今日は門を出てすぐのところに清水さんが待ち構えている形だったけど。
私はびっくりしたけど、どうやら今日は門を出てすぐにお別れみたいだ、と優衣ちゃんにごきげんようを言おうと振り向く。
と、その前に清水さんが私に近づいてきた。
「こんにちは」
「あ……はい、ごきげんよう。私に何かご用でしょうか」
「えぇ。あなたは西園寺瑞樹さん、でいいのかな」
「はい、そうですが……」
なんだろう。
ちょっとこの人、目が怖い……。逃がすまいとしているような、そんな目だ。
「ごめんなさい、ちょっと、お話ししたいんだけどいいかな」
「話、ですか……。用事があるのであまり長い時間はとれませんが……それでもいいのでしたら大丈夫です」
どうやら、社交辞令をする程度に理性はあるみたいだ。
しかし、相手がどんな風に出てきたとして、学校の敷地から出てきた直後のタイミングでこの食いつきようは、明らかにスカウト行為だと思うけど。
答えはもう最初から決まっているし、拒絶択一なのだけど。
「ありがとう。それでお話なんだけどね。私が所属している会社、歌を歌ったりダンスを踊ったり、あとはテレビに出ていろいろなお芝居をする人達をいろいろ応援する会社なんだけど」
「そうなんですか」
「そうなの。君が仲良くしてくれてる優衣ちゃんも、実はお芝居の仕事をやっているのよ」
「それはすごいですね。びっくりしました」
「うふふ……。それで、どうかな。良かったらテレビに出て、いろんなお芝居をしてみない?」
「テレビに、ですか……?」
それらしく、演技をしてみる。だてにお嬢様教育を受けてお嬢様を『演じて』いるわけではないのだ。これくらいの演技は十全にできる。
しかし、見事に物心つくかつかないか程度の子供用にかみ砕いたような言葉が出てきたなぁ。
「いえ……遠慮しておきます」
「そう? 君なら、優衣ちゃんと一緒にいい演技ができると思うんだけどな。ダメかな?」
「うーん……そこまで言うなら考えないでもありませんが、私は親が厳しいので……お姉さんがお母様たちを説得してくれるというのなら」
「そうなの? うーん……困ったなぁ……」
ま、スカウトマンならともかく、マネージャーさんならそこまで踏み込んだりはしなさそうなイメージあるしね。
ちなみにこれはおおむね筋書き通り。この後、マネージャーさんがうちに踏み込む気でいるなら、後日西園寺家の本邸にご案内。そこで『ご丁寧に』お断りする算段となっている。無論、この場でこれ以上踏み込んでこないのであれば、その後の話の展開に応じてさようなら、という手はずになっている。
清水さんは少し考えたそぶりを見せたが、やがて答えを決したように再び私と目を合わせた。
「うん。じゃあ、今度あなたのお母様に合わせていただこうかしら。大丈夫かな」
「はい。それでは、よろしくお願いしますね」
「えぇ。わかったわ。それじゃあ……今日はちょっと、用事があるので……そうね。明日、会えればお会いしたいと思っているのだけど、お母様にお伝えしてもらえるかな」
「明日ですね。あの、具体的なお時間を教えていただきたいのですけど」
「あ……と、いけない。うっかりしてたわ。確か明日は……うん、お昼ごろならあいているかな。なら、12時くらいに、××駅近くのルッテリアでお会いしたいと、伝えてもらえる?」
「わかりました。××駅の……えっと、るってりあ? という……お店で、いいのでしょうか」
むろん、本当は知っている。ルッテリア。前世でも似たような名称で親しまれていた、某ファーストフードチェーンだ。
まぁ、本邸に招いてほしいと言っていたけど、話の流れ的にはこれ以上こちらに踏み込ませることはできないだろう。落としどころはこんなところだと思う。
「え、えぇ。そうよ。ルッテリアっていう、お店で待ち合わせ。覚えられたかな」
「えっと、明日の12時に、××駅のルッテリア、ですよね」
「そうよ。よく覚えられたわね。じゃあ、その通りに伝えてね。あと、一応これ、お母様に渡しておいて」
「はい。頂戴いたします」
そう言って、清水さんが差し出してきたのは一枚の名刺。まぁ、これくらいは社会人の常識だ。
「あら、ご丁寧なのね。うん、今すぐにでもテレビに出したい気分になってきたわ。じゃあ、お母様によろしくね」
そして、私の返事に満足したのか、清水さんは『それじゃ、またお会いしましょうね』と微笑みながら優衣ちゃんに向き直った。
帰りましょうか、と手を差し伸べる清水さんだったが、優衣ちゃんはその手を取らずに、おずおずと話を切り出した。無論、私の家に訪問してもいいか、という問いかけだろう。
「あの、清水さん」
「なにかしら、優衣ちゃん」
「えっとね。今日、実は瑞希ちゃん家に行きたいなって思ってるんだけど……」
「あら、そうなの。よかったわ、優衣ちゃんにもそういうお友達が学校でできて。午前中にも言った通り、今日はこの後何もないから瑞樹さんのお宅へ行くのも問題ないわよ」
「うん……ありがとう、清水さん」
「ううん。むしろ、いつも無理させてしまっているもの。こういうときくらい、楽しまないとね。……じゃあ、瑞樹さん、優衣ちゃんをよろしくね」
「はい、かしこまりました。西園寺の名に懸けておもてなし致します」
清水さんは私の言葉を聞いて満足そうにうなずくと、辞してワンボックスカーで去っていった。
私達はそれを見送って、さあそれでは、とリムジンに乗ろうとそちらの方へ向かって歩き出そうとした。
その途端。後ろからいきなり声をかけられた。
「あ、あの……瑞樹ちゃん?」
「なんでしょうか」
「ど、どこに向かってるの、かな……?」
「どこって……あのリムジンですよ。あれは私の家の車です」
「え? ……ええええええええええぇぇぇぇっ!?」
放課後の学校の門前に、あどけない女優業の生悲鳴が盛大に轟いた。
落ち着かせるのに苦労したのは言うまでもない。
落ち着かせた後も、ドラマの中でしか聞いたことのないような現実と遭遇して、すっかり委縮してしまっている。
「優衣さん。喉、乾いていたりしませんか? ただでさえ喉を大切にしないといけないお仕事をしているのに、あれだけ盛大に大声を出されていたのですから、アフターケアはしっかりとなさった方がよいですよ」
「は……はぃ、ありがとうございます……いただきます」
今はリムジンの中。散々驚いたものの、結局うちに来る意思は変えなかったので西園寺家本邸に向かっているところだ。
私の目の前では北島さんと優衣ちゃんとのそんなやり取りがなされている。どちらかといえば、優衣ちゃんが北島さんにされるがままになっているという感じだけど。
「はふぅ~……美味しいね、このジュース」
「そうでしょう。このレモネードは私もお気に入りなんですよ。イタリアの様式を取り入れていて、砂糖ではなくはちみつで甘味を付けているので喉にもいいですよ」
「ふーん、そうなんだ。すごいねぇ」
優衣ちゃんはもう頭の中で針が振り切れて、どうでもよくなってしまったかのように振舞っている。というか、実際にそうなのかもしれない。
それを横目に眺めながら、私は携帯電話を取り出して自宅に友人を連れ帰っている旨連絡を入れた。
それが済むと、再びお話が始まる。
話題としては、今ドラマで演じている役のこと。どうやら、お金持ちのご令嬢役を演じているらしいが、どうやって演じたらいいのかイメージが思うように浮かばず、思い悩んでいるとのこと。
なんという因果なんだろうか。
それでどうしようかと悩んでいたら私の家が見事にその役のイメージにぴったり当てはまっているので、良かったらどういう生活なのかを教えてほしいと頼まれてしまった。
まぁ、断る理由もないので真面目に答えていけば、なんともまぁ、ご満悦な表情をすることか。話しているこちらが喜ばしく思うほどの笑みだ。
いろいろ思うところがあったんだろうなぁ、と思いながら、私はこれまでの生活を思い出しつつ、参考になりそうだと思ったことを中心に話していった。