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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
>破章之前 こうして私のお嬢様生活は進んでいく
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第12話 西園寺瑞樹と鉄壁の守り


 数日後。

 私付きの護衛をしている北島さんが母さんと一緒に私の部屋に来た。

 まぁ、来るのは別段珍しいことじゃない。少し先の日程やその時の護衛などの打ち合わせで、母さんと一緒に来ることがあったから。

 でも今日はその予定はないから少し驚いた。急に予定でも入ったんだろうか。


「北島さん、なにかあったんですか?」

「いえ。例の、スーツの女性のことについて調べがついたので結果報告に参りました。よろしいでしょうか?」

「えぇ……夜遅くにお疲れさま。別に書類を回してもらってもよかったんですよ?」

「あはは……お嬢様の聡明な頭脳に任せきりにはできませんよ」


 私がクビにされてしまいます、と言われては何とも言えない。

 北島さんに席をすすめると、手元にあるブザーを鳴らす。入ってきた使用人は心得ていますと言わんばかりに、紅茶を入れてくれた。

 全員が一口飲んだところで、母さんが声を発する。


「瑞樹も大分落ち着いてきたというか、西園寺の娘としての自覚が根付いてきたわよね~」

「そうですね。こう言ってはなんですが、一時期人が変わったかのように庶民のような振る舞いをしていたり、西園寺家のご令嬢として無理やり振舞おうとしているようなぎこちなさを感じたりしてきましたが――ここ最近は、また以前のようなお嬢様然とした雰囲気を取り戻しつつありますね」


 二人がそろってそんなことを言ってくるが、その実言っていることの意味は大きく異なっているのが私にはわかる。

 母さんが言った『根付いてきた』というのは北島さんがいることで伏せられているが、私という、西園寺瑞樹の『中の人』が実際に西園寺瑞樹らしくなってきたことを言っているのかもしれない。

 一方の北島さんはそのまま言葉通りの意味なのだろうけど。

 その後、しばらく雑談が続いたが、母さんが『さて、そろそろ本題に入りましょうか』といったところで、場の雰囲気が一気に引き締まった。


「あなたのことを不躾に眺める不埒者がいるみたいね」

「不埒者って……」

「値踏みするようにねめつけるような視線で見られていたのでしょう? 不埒者で十分よ。下手をすれば誘拐沙汰に発展するかもしれないしね。北島さんが瑞樹に申し出たのもあるけど彼女の報告を聞いて、私からも改めてお願いしたのよ」

「勝手ながら報告させていただきました。申し訳ありません」

「だ、大丈夫です。北島さんは私の護衛ですけど、護衛として雇っているのは私のお母様なのですから当然です」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 深々と座礼をする北島さんに、私の方が恐縮してしまう。

 場を取りなすためか、母さんが話を進めようと号令をかけてくれたことで、ようやっと話に入ることができた。


「では北島さん。改めて、調査部による調査の結果を教えていただけるかしら」

「はい。まず、この女性の方を調べるにあたり、私共は彼女が行動を共にすることの多い人物の調査から始めました。ちょうど、瑞樹様の学級に編入生として新しく入った朝比奈優衣ですね」

「そう。それで?」

「調べはそこからすぐに辿れました。彼女はどうやら、子役女優として五歳ごろからテレビに出演しているようですね。たまたま非番の時にテレビを見ていてたら、ドラマの中に彼女らしき子供が出てきたのですぐにわかりました」

「あら、そうだったの」


 おぉう、それは驚いた。まさか子役女優さんだったとは思わなかった。

 ということは、優衣ちゃんを送迎しているあの人は……。


「話は早いわね。その朝比奈優衣って子を送迎しているならその女はその子にかなり近しい人になるわね。でも、写真を見る限りでは母娘ではなさそうね」

「えぇ、そうですね。姓からしても、血縁関係は全くなしと言えるでしょうし」

「確かにね。察するに、その女は朝比奈優衣って子のマネージャーか何かね」

「ご明察にございます奥様。名前はご覧いただいている資料にも記載してありますが、清水恵子といいます」


 やっぱりか。

 送迎している相手が芸能人で、親以外で近しい人と言われて真っ先に思いつく人と言えば、その芸能人についているマネージャーしかいない。あの人は、優衣ちゃん担当のマネージャーさんだったわけだ。

 話はこれで終わりかと思いきや、北島さんの話はまだ続く。


「本日、私はお嬢様と別行動をしていました。その理由はあの女性と会い、その真意を聞くためでした」

「なるほど。そこまでしてくれたのね。手間をかけたわね」

「いえ……こちらは単なる興味本位でしたから。まぁ、外聞的には仕事で押し通しましたが」


 それはいいんだろうか。

 職権を大きく超えているんじゃないか、と思ってしまう。が、口には出さない。

 今はまだ、話の最中だ。


「彼女は瑞樹お嬢様を見て、芸能事務所の一員としてその容姿を観察していたようです。なんでも、外見がよかったのでスカウト……いえ、より正確にはオーディションへの参加の提案をしたかったとか」

「…………芸能人のマネージャーと分かった時点でうすうす思ってたけど……。うちの瑞樹を見世物にしようだなんて……気分悪いわね。潰そうかしら」

「お母様、不吉なこと言わないでください」


 西園寺家ならそれを現実にすることくらい、わけないだろう。それで世論がどう動くかは問題だが。『レン劇』では、『皐月様』が主人公に対しておこなった悪辣な『嫌がらせ』が原因で没落したが、あれは『皐月様』が刑事事件――具体的には殺人未遂まで犯してしまい、また主人公の親が務める会社を無理やり買収して倒産させたりといったことをしてしまったために世論が騒いだことによるところが大きい。

 母さんがやろうとしているのはそれと同じことではなかろうか――と、懸念の色を含めた視線を送ると、冗談よ、と苦笑する。


「まぁ、マスコミに関係がある組織ほど厄介なものはないからね。こういうときこそ、穏便に事を運ばないといけないことくらい、私だってわかってるわ」

「それならいいのですが」


 ため息の代わりに紅茶を飲んで、ほぅ、と一息入れる。まったく、今の上段は笑えない冗談だったよ。

 まぁ、私自身、仮にその、清水さんって人からスカウトの話を聞いても聞く耳もたない、と今決めたし。

 しかし芸能事務所に、子役女優、ね。また随分と急な展開になったものだ。

 母さんもちょっと探るような視線を私に送ってくる。どうやら、私がどうしたいのかを聞きたいらしい。


「……オーディションに誘われても断るつもりではいますよ。私自身、芸能人という柄ではありませんし……そもそも、立場が許さないでしょう」

「あら。わかっているのね、瑞樹は」

「えぇ」


 お嬢様教育をうける中で聞いた話だが、西園寺家は父さんの代から男女関係なく、一番上に生まれたものが継ぐことになったという。そして当代の弟妹は本家筋と同等の扱いをされるが、厳密には分家の扱いとなる。

 その線でいくと、西園寺の次の当主は私ということになる。つまり、私は西園寺家の次期当代としていろいろ学ぶことがあるのだ。母さんが『アイドルも真っ青なハードスケジュール』と言っていたのは、そのことを示していたのだ。

 まぁ、お嬢様教育が上々の成績なので、公立小学校通いでもなんとかなっている状態だ。


 これがお嬢様学校に通うことになっていたら、もう少し違っていたのだろうけど。そもそもそうなっていたらこんな話になりはしなかっただろう。

 公立小学校に通っている弊害みたいなものか。


 なんにせよ、次期当主候補という立場上、芸能人をやっている暇なんてあるわけがないという話だ。


「なら瑞樹。もしその清水という人からスカウトされたら適当にあしらって、それでも食い下がるようならこの西園寺家本邸に招きなさい」

「わかりましたお母様」

「北島さん。瑞樹が万が一にでも丸め込まれそうになったら、フォローをお願いするわね。瑞樹のスカウトは、イコール西園寺への宣戦布告一歩手前よ。跡継ぎを奪おうとするようなものですもの。そのこと、ゆめゆめ忘れることのないように」

「承知いたしました。お嬢様が相手の誘惑に負けそうになった折には、不肖子の北島、お嬢様を『死守』しつつ相手をこの家へ『お連れ』いたします」

「えぇ、よろしく頼んだわよ」


 こうして、新学期始まって早々巻き起こった騒動により、私を取り囲む鉄壁はその頑強さをさらに増したのであった。


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