第11話 西園寺瑞樹と転入生
そんな感じでちょっと予想外のことがあったけど、おおよそ何事もなく夏休みは無事に乗り切ることができた。
そして始まった二学期。
なにやら、めっちゃくちゃ可愛い子が転入してきた。それもウチのクラスに。
でも、最初こそみんな遠巻きながら興味深そうに見ていたけど、私が気にしないそぶりを見せていたらそのうち気にしなくなった。
いやだって、確かに可愛いとは思うけどさ。皐月の可愛さと奇麗さが両立した美少女っぷりと比べたらねぇ。
正直、見劣りしちゃうわけよ。
もはや、私には『皐月様』と皐月を同一視する気はこれっぽっちもなくなってしまっている。
もう、今は皐月が可愛くてかわいくて仕方がないのだ。
そんな、ある意味かわいそうな転入生ちゃんは、新学期が始まって早々行われた席替えで私の隣の席となった。
諸々の連絡事項が終わって放課となると、早速といわんばかりに転校生ちゃんが私に話しかけてきた。
「あの……私、朝比奈優衣っていうの。よろしくね」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いいたします。私は西園寺瑞樹と申します」
「西園寺、瑞樹ちゃん……瑞樹ちゃん、かぁ。いい名前だね」
「はい。とっても気に入っています」
それから一言二言話して、私達はお互い名前で呼び合うことになった。まぁ、他の人とも今のところはそうしているのだけど。
優衣ちゃんは教室の時計を見て、ちょっと申し訳なさそうな顔をした。どうやら、今日はもう帰らないといけないらしい。
って、私もそうなんだけど。
「ごめんなさい。今日はこの後、やることがあって……。また、明日お話ししようね」
「えぇ。私も同じですから大丈夫ですよ。でも……そうですね。門までは一緒に行きましょうか。そうすれば、もうちょっとお話しできるでしょうから」
「あ……それもそうだね。じゃ、行こっか」
いうがいなや、私は優衣ちゃんと連れ立って教室を出た。
去り際に、
「それでは皆さん、ごきげんよう」
とあいさつを残していけば、茫然と言った表情の優衣ちゃんが教室の入り口で立ち止まっていた。
どうしたのだろうと首を傾げかけて、あぁそういえば、とその原因に思い至った。
今のはちょっと刺激が強すぎたのかもしれないな。
「優衣さん、どうかしましたか?」
「え……あ、……ごめん、大丈夫。ちょっとびっくりした」
「うふふ……まぁ、無理もありませんわ。皆さんも最初はちょっとおっかなびっくりでしたし」
「……なんか、すごい人と知り合っちゃったのかな……」
当たらずとも遠からず。西園寺家のことを知ったら一体どんな顔をするのか、ちょっと楽しみだ。
すでに終了予定時刻は伝えてあるので、迎えの車は来ている。門を出れば、すぐそこにいるはずだ。
話ながら学校の敷地外へ出ると……あれ? いつもとはちょっと違う光景。
先生達の車が止めてあるのはいつも通りなんだけど……それとは別に一台、大きい車――ワゴン車が停まっていた。近くにはスーツ姿のやり手の社会人みたいな女性がいた。いわゆるキャリアウーマン、というやつだ。
優衣ちゃんの母親……にしては全く面影がないように思うし。なんなんだろうか。
「ね、ねぇ瑞樹ちゃん。あの車……」
「え? あぁ、あの車ですね。どうかしましたか?」
「あれ、すごいね……どんな人が、乗ってきたのかな……それと、この学校に、なんの用があるんだろうね」
ワゴン車の二つ先に止められた、私を待っているリムジンを指して優衣ちゃんは言う。
まぁ、優衣ちゃんからすればリムジンの方が気になるよね。
でもごめん優衣ちゃん。あれ、私の家の車で、私のことを待ってくれてるんだよね。転校してきてそうそう、そんなことを言えばどんな目で見られるか分かったものではないからまだ言わないけど。
優衣ちゃんはそのまま、件の女性の元へ歩いて行った。
女性は優衣ちゃんを認めた後、じっとこちらを見ていたが、やがて運転席へ移動して車を発進させた。
なんだったんだろうか、あの女性は。
まぁ、なんであれ、私には関係ないか、あっても何かあった時点で父さんか母さんが対処してしまうだろう。なんか、そんな感じがする。
ワゴン車が去っていた方を少し眺めてから、私は近くに止めてあるリムジンまで近づき、傍らで待機していた運転手さんの門脇さんに声をかけた。
「門脇。終わりましたから車を出してください」
「はい、お嬢様。では車へお乗りください」
門脇さんに対してそういえば、わかっていますと言わんばかりに門脇さんも恭しく世話を焼いてくれる。
ちょっと角が立つ言い方をしてしまったけど、こういわないと母さんに叱られてしまうから仕方がない。西園寺家云々はさておいて、名家に生まれたものなら使用人にへりくだるのは許されない、と口を酸っぱくして言ってたっけ。
今日はこのまま学校からは帰って、昼食後少し休憩を入れた後習い事の予定が入っている。今日は……確か、バイオリンとフランス語だったっけ。
バイオリンはともかく、フランス語はなかなかはかどらない。単語や言い回しなんかでちょっと苦労している。
「お疲れさまでした、お嬢様」
「えぇ、ありがとう。でも、まだ今日はやらないといけないことがあるのですけど」
「そうでしたね。今日は確か……バイオリンと外国語、でよろしかったでしょうか」
「そうですね。外国語はフランス語。ちょっと憂鬱です……」
「はは……。私など、英会話が精いっぱいです」
「あら。それだけでも大したものだとは思いますけどね」
私は立場上、将来は多言語に精通しないといけないから、いろいろな国の言葉をしゃべれるように今のうちから勉強している。でも、門脇さんは必ずしもその必要性があるとは言い切れないんじゃないだろうか。
まぁ、門脇さんが言ったように、英会話くらいは確かにできたほうがいいかもしれないけど。
「…………、」
しばし、車内に沈黙が流れる。
話題が尽きてしまい、私は退屈を紛らわすために外の風景を眺める。
様々な車種の車とすれ違うのを目の当たりにするが、そこに特に何かを思うことはなく、ただ意味もなくその光景を眺めるばかり。
と、不意に思い出したのはつい先ほどの転入生徒の一幕。
彼女は結局、まったく似つかない女性に連れられて、そのまま去ってしまったが――今になって、急に気になり始めてきた。
思い出してみれば、優衣ちゃんを連れて行った女性。私を確かに、意味ありげに見つめていた。なんか、品定めをするようなちょっと居心地の悪い視線。
あの人、何者なんだろう。
「気になりますか。彼女のことが」
「あ……はい」
ぼうっと考えていると、隣に座っていた私の護衛の人がそう聞いてきた。西園寺家が雇っている護衛業の人で、名前は北島さん。私の担当として日ごろからついてくれているこの人は、女性ながらしなやかな動きで護衛らしい、けれどさりげない動きをいつも見せてくれている。万が一の時には頼りになりそうな人だ。
彼女の今の問いに対する答えが、ちょっと空返事になってしまったのは仕方がないだろう。急な質問だったのだから。
北島さんはそうですか、と呟くと、一つうなづいて、再度聞いてきた。
「では、調べてみましょうか」
「へ?」
ちょうど赤信号になって停車した時。北島さんは、助手席に置いてあった何かを私に差し出してきた。
それはデジカメだ。
「お嬢様を不躾な視線で眺めておいででしたから。思い違いであれば杞憂ですし、何事も杞憂に越したことはありません。が……しかし、万が一ということもありますから」
「そう、ですか……」
確かにそれはそうだ。
私も、あの視線がどういう意味なのかは気になっていたところ。あの女性が何者なのかが分かれば、その視線の意味も分かってくるかもしれない。
少し考えて、私は北島さんにGOサインを出した。