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学園テンセイ劇場  作者: シュナじろう
-目が覚めたら悪役令嬢の双子の姉にTS転生してた件について-プロローグ
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第1話 ****の目覚め


 突然だが俺こととある名門家の長女、西園寺瑞樹には前世の記憶がある。

 今、身だしなみを整えるために鏡の前に立っているわけだが、そのことを思うとずいぶんと珍妙な存在だな、と自分で自分を奇妙なものを見る目で見てしまう。


 さて。そんな俺には一つだけ悩みがある。

 それはこの世界が俺にとっては恋愛ゲームの世界であるということ。

 といっても、前の世界ではそれなりにコンピュータゲームをやっていたが、恋愛ゲームなんてものはほとんどやったことはなかった。

 そんな中で唯一やったことがあったのが、『学園レンアイ劇場』というタイトルのゲームであった。

 そのゲームは全年齢対象の男女兼用(リバーシブル)恋愛ゲーム、いわゆる男でも女でも、その手のゲームに興味があれば性別を問わずに楽しめる恋愛アドベンチャーRPGだった。


 ゲーム自体は乙女ゲームでもよくあるらしい(?)玉の輿系(レン劇については兼、逆玉系という注釈もつくが)の王道といってもいいカテゴリー。舞台は現代世界の日本。主人公たち(初期状態で男女各二人)は、日本某所にある超お金持ち学校、上代学園に特待生枠で入学する。

 入学すれば、無事に卒業できただけで一種のステイタスになる学園。その学園の中で、主人公たちは上流階級に住まう人たちの、自分たちの知る常識との違いに驚きながらも、充実した施設・設備のそろった贅沢な学び舎での学園生活を、少しずつ適応しながら謳歌していく。

 そして、ある日。彼らに、突然の出会いが訪れる。雲の上の人、決して交わることはないだろうと思っていた人たちに恋をした彼らの、その行く先やいかに――なんて、内容だったはず。

 ストーリー性が気に入ったので俺はすべてのキャラを攻略しつくした記憶がある。

 攻略キャラはそれぞれのキャラで4人ずつの計12人。それぞれ性別ごとの共通攻略キャラが2人と、固有攻略キャラが2となっていたはずだ。

 

 フラグ関連がやたらと複雑で、それこそある主人公のハッピーエンドやバッドエンドが、そのまま別の主人公の正規ルート開放フラグに通じていたり、ゲーム内トップワーストとまで言われた悪役令嬢が、条件をすべて整えると隠し主人公として選択可能になったりと、どこでどんなびっくり箱が出て来るかわからないゲームとして有名だった。

 それの土台となっているのが、複数の主人公キャラが共存するシステムの採用。さらに、それを前提とした、選択した主人公キャラで進めているルートと、その裏で進行している別の主人公キャラの物語が相互的にリンクしているシナリオ設計。その二つがあるからこそ、複雑な構成でも物語として成り立たせることができているのだろう。

 フルコンプするのに400時間はかかったのだが――前世で過労によって注意力が散漫になっていたところを自動車に撥ねられた挙句、死亡したって記憶を持ったままこっちの世界で目を覚ました時にはたまげたものであった。


 それがつい一週間前の話である。


 目を覚ました直後は、それはもう混乱した。

 背は縮んでいるし、見覚えがほとんどない少年……というより、幼児になってしまっている。

 それでいて周囲の情報を可能な限り探ってみれば、見覚えのある名前に聞き覚えのある双子の妹の名前(・・・・・・・)

 俺ははっきりと悟ったね。この世界が『レン劇』の世界なのだと。

 そして、俺が宿ったのはその『レン劇』に出て来る悪役格の一人――いわゆる『悪役令嬢』の、双子の姉なのだと。

 悪役令嬢本人じゃなくて、その姉っていうのがポイントである。

 先に触れたとおり、『瑞樹』というのが名前だが、実は双子の妹が悪役令嬢だったのに対して姉の『瑞樹』はライバルキャラではなく、男主人公サイドの攻略対象だったりする。姉妹とはいえ双子なのに方や攻略対象、片や悪役って……と、扱いの差の酷さに世間は賛否両論だったものだ。

 だから逆に印象がありすぎて先週はそりゃ悶絶した。さらに二次元が現実になるとここまで違うのかと、それはもう痛感させられた。

 勘違いをされると困るからこれも説明しておくが、一応『私』としての記憶も全部残ってはいる。しかし意識的には完全に『俺』だ。


 閑話休題。俺は何度目になるかもわからない現実逃避から戻ってきて、問題の再確認を始めた。

 目下の問題は妹である。

 『皐月』なる名前で、それはとんでもない性悪の女キャラクターであった。女主人公を選んだ場合は共通攻略キャラである『皐月の婚約者』ルートでライバルキャラとして登場し、全キャラクターの全ルート中最も多いバッドエンド数を叩き出すほどの悪役ぶり。中にはデッドエンドもあったな。さらには『瑞樹』ルート関連のイベントが発生すれば、必ずと言っていいほどお邪魔キャラとして出て来ることから、多分『レン劇』では全敵対キャラ中最も登場頻度が多かったのではないだろうか。

 具体的に言うならば、陰湿ながら表向きにはバレにくい嫌がらせから、あからさまな嫌がらせまで、あらゆる手段を尽くして主人公達をいじめる超絶悪役令嬢だ。

 しかも実家『西園寺』家は、幕末以前から続く歴史を持つ超名門家。その財力は財政界のトップ3以内に君臨し、『御三家の一角』として扱われるほど。ゆえに、つまずいたときの落差も激しいものがあるだろう。

 最終的な断罪方法はイベントの内容によって変わってくるが、少なくとも『皐月』に救いがない結末がほとんどなのは確かだった。

 一方で条件をそろえることで隠しキャラとして主人公枠に昇格することは覚えているものの、どちらかといえば悪役令嬢の印象が強く、ネタとして取り上げられるときも『悪役令嬢』としての『皐月』がほとんど、というくらいに悪役としてのインパクトが強いキャラだったから、正直主人公としての『皐月』がどんなだったかは覚えてない。

 ただ、前世では俺は男だったが、フルコンプのために女主人公プレイしているとき、この悪役令嬢の嫌がらせに耐え抜いて、見事攻略対象と結ばれたというストーリーを見終わったときは、もう感涙した、というのは覚えている。つまり、断定ではないが悪役としての『皐月』しか覚えていないようなものである。

 そして、今の俺。

 その超絶悪役キャラの姉。男主人公その1の固有攻略対象。しかもあからさまに攻略可能でありながら、正規ルートだけ(・・)が隠しルートという攻略最難関キャラ候補の一人である(しかもその隠しルートこそが正規なのだというのは公式設定だった)。その上難易度に関係ないのだろうが、悪役を務めるのは当然のように双子の妹。


 人生負け組だ、と俺は一時考えを中断してうなだれた。今は勝ち組だが、場合によっては負けがほぼ確定してしまう残念な攻略対象である。

 特定の条件を達成しない状態で『瑞樹』ルートでエンディングを迎えると、ハッピーエンドだけど正規ではないエンディング、通称ノーマルエンドとなる。そのエンディングで男主人公と結ばれた暁には、男主人公に合わせて慎ましながらも幸せな人生を歩みました、というちょっと物足りないエンディングしかなかった。おそらくは皐月の件がそこまで尾を引いているのは明らかだろう。

 ただ、隠しルートとして設定されていた正規ルートでは悪役令嬢たる皐月を見事に説き伏せて、和解させるに至ることもあり、多くのプレイヤーに気に入られるキャラではあった。


 しかし、まいった。本当にまいった。と、額に手を当てて考えに没頭する。

 攻略対象なのは間違いないのだがいかんせん、悪役令嬢の双子の姉というのがネックポイントになっている。ゲームの史実のままでいけば、条件が整えば悪役令嬢の断罪のとばっちりを受けて自殺してしまうという、最悪のエンディングも待ち構えている、とてつもない不憫系攻略対象だったりする。


 そうだなぁ……とりあえずは没落しても問題ないように、庶民らしい生活に慣れておく、というか庶民になり切った生活を送っているのが一番な気がする。そもそも男主人公の、『瑞樹』ルートノーマルエンドでは男主人公に合わせた、慎ましながらも幸せな人生を歩みました、とあるから、そういう未来になる線も濃厚なのだし。

 あとは、万が一皐月が西園寺家を没落させても問題がないように、ある程度の資金繰りや没落後の身の振り方は考えておかないといけない。

 そこまで考えたところで、


 ――きゅううぅぅぅ……。


 と、幼児に似合う、可愛らしい合図が空腹を知らせてくる。


「瑞樹お嬢様、朝食の準備が整いましたのでお迎えに参りました」

「ナイスタイミング!」

「うふふ、元気なお言葉、いただきました。さぁ、皆お待ちかねですから参りましょうか」


 うわっ、とてつもない違和感っ! せめて、ここはもう少し子供っぽい喜び方にするべきだったかっ!?

 しかしながら、お手伝いさん――メイドさん?――は気にしたそぶりもなく、俺を連れて一家がそろって食事をする食堂へと歩いてゆく。

 何度体験しても、慣れる気がしない。はぁ……本当にどうしてこうなってしまったんだか……。神様ってのがいたら恨んでやるぜ、この野郎。と、瑞樹はこれまた何度目になるかもわからない恨みを、いるかどうかもわからない存在へと投げかけた。


 住んでいる住居が住居(・・・・・)なだけに、やはり部屋の数は多い。だからどの部屋がどういった部屋なのかはよくわかっていない。しかし、『私』の記憶をたどれば今向かっている食堂の位置などおおまかにわかる。

 しばらく移動して食堂に着くと、すでに可愛い女の子と奇麗な女性、そして若いながらもすでにそれなりの貫禄がありそうな男性が行儀よく椅子に座って待機しているのが見えた。


「遅くなりました」

「いや、待っていないよ。お父さんたちも今来たところだからね」

「お父様お母様、早く朝食をいただきましょう? 今日も家庭教師の方が来るんですもの。話している暇はないわよ?」

「そうね、皐月。いただきます」

「いただきます」


 反対側に座っていたこの世界での母さんの一声で、この日の朝食は始まった。母さんが作ったわけではないのだろうけど、やっぱり食前にはこのやり取りがないと落ち着かない。

 おおよそ前世では食べたことがないような高級食材が使われていそうなコース料理をほおばりつつ、横で俺と同じようにたたき込まれたテーブルマナーを必死に守りながら朝食を食べる皐月を見やる。


 ――こうしてみている限りだと、ごく普通の妹さんにしかならないと思うんだが。


 やっぱり、家族への執着心があの変心を引き起こしたのだろうか。これは謎だ、とこのときはそう思うしかなかった。



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