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ダンジョンに優しいギャル ~あと、易しいダンジョン~

作者: 森田季節
掲載日:2026/02/06

 私はダンジョンだ。名前はない。

 というかダンジョンに名前ってつけるものなんだろうか?



 あえて言えば、チュートリアルダンジョンの次ぐらいの難易度のダンジョンである。異世界からこの世界にやってきた冒険者たちが主な利用者だ。

 元からこの世界出身で冒険者をやってる者は地元にある簡単なダンジョンで腕慣らしをするので、私のところに訪れることは少ない。



 私を含め、この世界の多くのダンジョンは自動生成という能力を持っている。つまり同じ場所にある同一のダンジョンのはずなのに、訪れるたびにマップが変わっていて、新鮮な体験ができるというわけだ。

 本来なら楽々クリアできる実力が冒険者側にあっても厄介なモンスターにエンカウントしまくって攻略できないこともあれば、実力的にきついはずなのにあっさり階段を見つけて先に進めたりもする。



 こういった悲喜こもごもを演出するため誰も冒険者が潜っていない時間を見つけては、私はマップを変更している。老舗の店でも「変わらない味」を客にお出しし続けるために、日夜味の微調整を行っているというが、それに近いものだと思う。

 ダンジョンなので入店したことはないが、多分似たものだろう。



 もっとも、私のところを何度も訪れる冒険者はほとんどいないのだが。

 理由は単純だ。私が易しいダンジョンだからだ。



 私はチュートリアルダンジョンの次ぐらいの難易度のダンジョンである。最下層も地下7階で、少しダンジョンに慣れてきた者は一、二度撤退することはあってもそのうち最下層に到達できる。

 モンスターもありふれたものだし、手に入るアイテムにもそこまで貴重なものはない。だから、腕に自信がついた者はみんな私から離れて行くのだ。チュートリアルの次ぐらいの難易度というのはそういうことだ。



 しかし、たった一人、例外的に何度も私のところにやってきてくれる冒険者がいる。



「おひさ! ダンジョン君、どう? 元気にしてた? むしろ不調の時ってどんな時だよって感じだけど」



 地下1階でなつかしい声がする。

 冒険者のアカネ☆だ。最後の☆は発音しない。だったら不要ではと思うが、その名前で冒険者登録をしているのだから別にいいんだろう。ピンク色の派手な髪がまぶしい。「高校の制服」というものを少し改造したという装備をしているので、そちらからでもすぐわかる。




「昨日も冒険者協会のお偉いさんに『Aランク冒険者がそんな地味なダンジョン行かなくても』とか言ってたけど、別にいいじゃんって感じだよね。旅行で行きたくないところわざわざ行く奴いないじゃん。それと同じ」



 そう、アカネ☆はAランクという冒険者では文句なしの上位存在なのだ。この世界に来てしまってからわずか数年で今の地位に上り詰めた。

 この世界に来た冒険者は剣士とか魔法使いとか盗賊とかいったジョブを持っているが、彼女のジョブはギャルだった。そんなジョブ聞いたことないぞと冒険者業界がざわついたらしいがギャルのアカネ☆はすぐに頭角を現した。



 最初のうちこそダンジョンでモンスターを狩るのに抵抗があって苦戦していて、私のところでもつまずいていた。特殊なジョブだけの変な奴で終わりだなと陰口も叩かれていたが、「ダチっしょ」というスキルを獲得してから一気に道が開けた。このスキルは大半のモンスターと仲良くなってしまえる効果があり、苦戦することもなくなったのだ。



 そして剣士でも魔法使いでもないのに、むしろだからこそ剣や魔法もポジティブに取り組んでそれぞれの上位クラスの技術を手にした。今ではギャルというジョブは魔法剣士の意味で使われている。

 そんな大物冒険者のアカネ☆はちょくちょくこのダンジョンにやってくる。

 はっきり言って、来る必要なんて何もない。ここでAランク冒険者が必要とするものは何もないのだから。



「やっぱ、落ち着くな~、ここ。第二の故郷って感じ? いや、菊名に戻る手段ないし、実質第一の故郷?」



 彼女は壁を右手で触りながら歩いていく。



「子供の頃、なんかガードレール触りながら歩いたな~。こういうの、なぜかやめられないんだよね~」



 一応、私もダンジョンの矜持としてモンスターも出現させはするのだが、モンスター側もアカネ☆に出会うとなついてしまうので、あまり意味はない。今も大モグラが彼女に撫でられてそのままどこかに行ってしまった。



「地下だから空気悪いはずなんだけどさ、なんつーか、ここの空気吸うと落ち着くんだよね。なんか、渋谷の地下の乗り換えの空気に似てるって言うかさ。知ってる? 渋谷もだいぶ変わってきてるらしいよ。おじさんもおばさんも、東横線の乗り場が変わったとか、新南口がどうとか、井の頭線になかなかたどり着けないとか、昔の思い出語るんだよね」



 独り言を言いながら、アカネ☆は進んでいく。



「ダンジョン君、本当に変わらないよね。ほら、こうやってちょっと長い通路あったら、その先は絶対に階段のある部屋なんだよ。ダンジョン君のマップの癖ってやつ?」



 こうやって癖を指摘されるとなかなか恥ずかしい……。こういうのは本人はなかなか気づけないものだ。



「でも、ダンジョン君のこういう変わんないところがいいんだけどね。最新のダンジョンってワープの設定とか難しすぎて、勉強ができないとクリアが大変とか本末転倒なことになっててさ~。ダンジョンぐらいはゴリ押しの脳筋でクリアできるようにしてほしいよね」



 新しいダンジョンはそんなことになってるのか。私も長くダンジョンをやっているが、冒険者側だけでなく、ダンジョンのほうまで変わってきているようだ。



「冒険者協会の書類とか書くだけでも大変なのに、ダンジョンまで難しくされたらやってらんないよね」



 アカネ☆は最下層に当たる地下7階に到着する。このフロアのどこかには回復スポットである泉を出現させることになっているが、彼女はあっさりそこにたどり着いた。

 アカネ☆は泉に足を入れて、「足湯冷水バージョン」とか言っていた。この言葉も五回は聞いたことがある。



 しばらく前の世界と冒険者になってからの昔話をアカネ☆は語ってくれた。おかげで私はこの世界で二番目に渋谷や池袋に詳しくなっていると思う。



「それでさ、ちょっと困ったことになっててさ」



 なんだ、髪の毛を染料で染めたらけっこう髪が傷んだとか、プチ整形をやるという魔法使いが違法で摘発されたとかいつものそういう話か? あるいは、Aランク冒険者にはAランク冒険者の悩みがあるんだろうか。

 私みたいなチュートリアルの次みたいな易しいダンジョンでできることはほとんどないかもしれないが、悩みぐらいは聞いてやりたい。どうせダンジョンは話を聞くことしかできないのだから。



「ダンジョン君を閉鎖しようって話が冒険者協会で上がってるんだよね」



 えっ? 私のこと?

 しかも閉鎖!?



「実はこの世界に来た新人用のチュートリアルダンジョン近くに、別のダンジョンが生まれたんだよ。そっちのほうは変わったアイテムも出て、ダンジョンの中も土壁じゃなくて神殿みたいとかってことで、けっこう人気が出てるんだよね」



 別のダンジョンが近くにできたという話は冒険者から聞いたことはある。あっちのダンジョンのほうが快適だしいいよなということを言われたこともある。古きよき土壁の洞窟なんて時代錯誤ということだろうか。でも、急に廃神殿風にリニューアルする能力までは私にはなかったし、強すぎる武器を設置することもできない。



「それで、これまでは冒険者協会としては、新人はチュートリアルダンジョンに慣れたら、次はダンジョン君に行こうって提案してたんだけど、それを別のダンジョンにしないかって話になりかけてて。ダンジョン君ってほら、ちょっと交通が不便なところにあるし、管理もしづらいから将来的に閉鎖しないかって話にもなってるんだよね」



 急に存立の危機になってしまった……。そんな……。誰も来ないダンジョンなんて何の意味があるのだろう。



「もちろん、私は閉鎖なんて大反対だけどさ!!!」



 アカネ☆は泉の水を足でぱしゃぱしゃ蹴った。



「冒険者なんて明日どうなるかもわからない仕事だしさ! それを非効率だから廃止しようってふざけてるよね!」



 それからしばらくアカネ☆は協会の悪口をけっこう語った。ポジティブ思考で有名なはずのアカネ☆だが、そりゃ文句を言いたいこともあるだろう。それにダンジョンの最下層で話したって誰も聞いたりなんてしてないから安全だ。



「それに、私もダンジョン君に愛着あるしさ。知ってると思うけどダンジョン君のところで私、早くも挫折しかけたんだよね。モンスターっていっても、ほぼ動物ってのも多いしさ、それを殺しまくれって言われてもきついよね。デカいハムスターみたいなのもいるしさ」



 覚えている。当時のアカネ☆は物覚えというか要領も悪かった。回復アイテムを少し買い込んでおくとか、部屋全体に爆発魔法の効果を起こす巻き物(スクロール)を温存せず低階層で使ってしまったりとか、冒険者ならす対応できることもわかってなかった。



 当時はこの冒険者は私がいないと何もできないんじゃないかと思いもしたが、うぬぼれだった。彼女はすぐにどんどん成長して、私は置いていかれた。



「で、どうしようどうしようって困ってたら『ダチっしょ』ってスキルが手に入って、モンスターがなつくようになったんだよね。あれで吹っ切れて私はAランク冒険者になれた。ほんとにダンジョン君には感謝してる」



 それは私のセリフだ。

 こんな地味なダンジョンに強くなってからもわざわざ来てくれて、本当にありがとう。

 いくら、挫折を乗り越えた場所とはいえ、そのためだけに来てくれるなんて、光栄にもほどがある。



 ダンジョンに優しい冒険者なんて存在しないと思っていた。こっちはずっと受け身で冒険者に何の好意も伝えないのだから。変わるとしてもマップをちょっと変えるぐらいで、急に廃神殿風のオシャレな内装になったりもできない。

 なのに、アカネ☆は私に優しいままだ。本当にうれしい。




「ところで、なんで『ダンジョン君』ってずっと呼んでるかわかる?」



 えっ? 考えてみれば擬人化して呼ぶって変ではあるか。



「ここの地下3階ぐらいで泣きそうになってたら、壁のほうから『大丈夫だ。きっと乗り越えられる。君は心が優しい、つまり強い人間だ』って声がしたんだよ。幻聴かもしれないけど、それで勇気づけられたんだ」



 私は彼女を応援しようとしたことはある。もしかして、その気持ちが彼女に届いた?



「それ以来、このダンジョンは意思があるんだなって思って、ダンジョン君って呼ぶことにしたんだ。で、意思があるってこっちで決めたのに『閉鎖は受け入れます』ってわけにはいかないっしょ。そんなの無責任だからさ。だから、私はいつまでもダンジョン君の味方だよ♪」



 アカネ☆は立ち上がると、ぽんぽん土壁を叩いた。



「Aランク冒険者の声ってそこそこ影響力あるからすぐに閉鎖ってことはないと思う。ただ、ダンジョン君もこのダンジョンがすごいぞってことを何か表現できそうだったら、やってみてくんない? そしたら私もダンジョン君の援護射撃がしやすくなるしさ」



 アカネ☆はまた手で土壁を触りながら、地上まで上がって帰っていった。








 他に誰も人間がいなくなった私はダンジョンマップを自動生成しようと思った。

 何か物珍しい、これは特別だというダンジョンになりたい。

 そうすれば、アカネ☆も自慢のダンジョンだって言ってくれるだろう。アカネ☆と過ごせる時間も増えるだろう。



 でも、少し変わったアイテムを設置できたところで、そんなものは誤差だということを私は知っている。



 アカネ☆はもはや一介の冒険者ではない。多くの冒険者にも影響を与えうる特別な存在だ。実際、アカネ☆みたいな雰囲気にまつ毛を加工する、通称ギャルメイクなるものをしている女性冒険者もちらほら目にする。



 自分がアカネ☆と長くいようとしたって、ダンジョンでは限界がある。所詮、ダンジョンというのは人に会いに来てもらうだけの存在だ。大物になった相手に会いに来てと望んでも願いなど叶わないだろう。




 私は自動生成に全力を懸けることにした。




 アカネ☆と長くいられる自分になる!













 翌朝、私は近くの町の宿を順番に尋ねて、三軒目でアカネ☆が泊まっているというところを見つけた。幸い、宿の主人からは怪しまれずに部屋の番号も教えてもらった。



 人生初のノックだから、相手が相手だからか、とんでもなく緊張した。



「あの……」



 声はそれだけしか出なかったが、女子の声と思ったからか、あっさりアカネ☆はドアのカギを開けてくれた。



「はいは~い。え? 誰? 君みたいな黒髪の女子の冒険者に会ったことはないけど……。もしかしてファンってこと? だったらうれしいな」


「実は何度も会ったこと……ある」



 私は首を振った。声はかすれている。



「会ったことある? じゃあ、やっぱり冒険者つながり? 魔法使いか何か?」



 怖くてウソをつきたかったが、それでは何にもならないと、勇気を振り絞った。



「ずっと、『ダンジョン君』って呼ばれてた……」



 アカネ☆は目をぱちぱちさせて、しばらく黙った。

 沈黙が怖かったが、すぐに彼女の「は、はあ!?」という大きな声が飛んできて、少し救われた気がした。



「どういうこと? ダンジョン君が人になったってこと? つか、ダンジョンちゃんだし! 黒髪の美少女じゃん! 需要あるよ!」


「ダ、ダンジョンには自動生成機能があるから……生き物の姿になることもできるんじゃないかって……」



 ここまで自分を変えられるとは思ってなかった。

 でも、ダンジョン側も待っているだけではダメだと思って。自分を変える決断をした。



「私、バカだからよくわかんないけどさ、ダンジョン君って女の子だったんだね。ずっとダンジョン君って呼んでごめんね。まあ、ダンジョンに性別あるなんて誰も思わないか。でも私、昔からずっとダンジョン君って呼んでたな。けっこう不思議かも」


「あっ、性別は後付けだから……。ほら、男女より女の子同士のほうが違和感なく横にいられるかなって……」



 アカネ☆は「それ、どういう理論?」と爆笑しながら、私を腕で包んでくれた。



「ダンジョンちゃん、ちっさ! 笑けてくる!」



 私もなんか笑えてきた。後先考えずに人の姿になってしまったけど……まあ、なんとかなるだろう。

 ギャルみたいにポジティブシンキングでいこう。



「この姿で流行してる新しいダンジョンとかも……見てみようと思う……」


「ダンジョンちゃん、心意気はかっこいいけどさ、さすがにもう人であって、ダンジョンじゃないよ。また、ダンジョンには戻れるってこと……?」


「それは、よくわからない……」



 たしかにこの体の中にモンスターを出現させるとかできなそうだ。私は何者なんだろう。



「まっ、そのへんは後で考えればいっか。どっか、お店でも行こっか」



 アカネ☆はダンジョンの私の腕をぐいっと引っ張った。

 少しこけそうになったが、私はアカネ☆と一緒に歩いていけていると思った。




◆終わり◆

お読みいただき、ありがとうございます! 「ダンジョンに優しいギャル」というフレーズが頭に浮かんだので、ざっと書いて投稿してみることにしました。ダンジョンをオタクに変換してもなんとなく通じるような雰囲気になるよう心掛けましたが、最後だけ黒髪女子ということにしました。作者の趣味です。



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短編ありがとうございます やっぱり、作者様の小説は面白いです。
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