女流作家の夫婦喧嘩
1.
安藤詩織は仙台生れの仙台育ちの仙台っ子。
国語も英語も数学も駄目な劣等生で、漫画の読書に明け暮れていた。
誰かが教えようとすると「余計なことしないで」と言うほど性格も悪い。
当然、成績も悪い。
偏差値50以上の大学は全滅し、武蔵川女子大学にしか入れなかった。
その入学式で詩織は間抜けなことに荷物をバラバラと落とした。
それを拾うのを手伝ってくれた渡辺典子と親友になり、そういうくだらない縁で漫画研究会に入った。
そこで同人漫画家になったが、いくら出版社に原稿を送っても梨の礫だった。
彼女はプロの漫画家になるのは諦めた。
彼女はブログに小説を書き始めた。
「いつも応援ありがとうございま〜す」と媚びを売った。
「おはようございます。傑作ポチ」と訪問者数が増え続けた。
それが当時、始まったばかりの電子書籍専門出版社の目に止まった。
同人漫画家としての知名度とブログでの訪問者数が評価されて、彼女は電子書籍作家になった。
2.
彼女は大学卒業後、ほとんどアルバイトをしていた。
彼女は雑居ビルの便所掃除をしていた。
その便所のそばに漫画喫茶があり、漫画喫茶の客が入ってくる。
咎めるものがないのをいいことに、彼女はいい加減に掃除をしていた。
ある日、男が清掃中に、「ちょっといいですか?」と言いながら入ってきた。
その男はほとんど毎日、その漫画喫茶に来た。
彼女はその男のことが忘れられなくなった。
男が帰るとき、偶然ビルの前で鉢合わせになり、男が声をかけてきた。
「君、便所掃除のアルバイトでしょう」
「ええ、そうです」
「これから食事でもどうですか?」
「ご一緒します」
詩織は夢心地だった。
憧れの君に告白されたのである。
そのままホテルに入って、その日から二人は付き合い出した。
3.
彼の名前は海老名修といい、意外なことに大企業の社員だと言う。
デートを重ねていくうちに、修のプロポーズを受けて、二人は目出度く結婚した。
詩織は生活の不安なく、電子書籍を書き続けたが、売上は芳しくなかった。
元々、同人漫画家の人気とブログの訪問者数で、電子書籍作家になっただけの話である。
出版社が紙書籍を電子化するに連れ、誰も彼女の作品など見向きもしなくなった。
しかも悪いことに修が会社の金を自分のネット証券の口座に振り込んだ。
その金で株を買い、値上がりしたら売って、元金を会社の口座の戻し儲けを独り占めするという背任行為をやっていたことが発覚した。
警察沙汰にならないで済んだのは、儲けを貯金のほとんどをはたいて返したからである。
返したと言っても、儲けのすべてではなく、使ってしまった分は返すことが出来ず、貯金のほとんどを失った。
それまで贅沢な肉料理を食べていた。
そのために詩織は、かなり太っていた。
小説が売れないので肉料理を写真に取り、ネットで宣伝に使っていたが、節約志向の強まっている現代では却って反感を買い、ますます電子書籍が売れなくなっていた。
4.
修は働こうとせず、それまで住んでいたマンションから、仙台ドリームスタジアムの喧騒けたたましいオンボロアパートに引っ越した。
詩織は電子書籍が売れないので、文学賞を狙うことにした。
机などなく、ちゃぶ台に座ってパソコンに向かっていった。
文学賞を取れば、賞金100万円が入るので、彼女は必死だった。
修は朝から酒浸り。
「お前の小説が売れないから、俺は会社の金に手を付けたんだ!」
「わたしを幸せにするって、言ったじゃない!」
「そんなこと、誰でも言うだろ!」
毎日、喧嘩口論が絶えなかった。
5.
夜、詩織がちゃぶ台に座って小説を書いていたときのことである。
仙台ドリームスタジアムの外野スタンドでどよめきが起こった。
(ガシャーン)
窓ガラスが割れた。
二人とも奇跡的に怪我はなかった。
見ると野球の硬式ボールが転がっている。
1階から大家が怒鳴り込んできた。
「海老名さん!また夫婦喧嘩ですか」
「いいえ。ボールが飛んできて、ガラスを割ったんです」
「でも契約では、弁償してもらいことになっています。今すぐ、1万円払ってください」
木の枠に嵌ったガラスなのでサッシよりはマシなのだが、彼女の経済状態からすると1万円は痛い。
彼女はボールを持って球場の出入り口に向かった。
そこには球場の係員が立っていた。
「ボールが家の窓ガラスを割ったんです。2万円弁償して下さい」
彼女は自分でも平気で嘘をつく嘘つきだと思っているが、ここに来る手間と後片付けを考えれば、当然だと思った。
「このボールがおたくのガラスを割ったんですね」
「そうです」
「ご住所は」
「ーーーーです」
「わかりました。2万円弁償します」
係員は財布から1万円札を2枚だし、彼女に渡した。
詩織はそれをひったくり、帰ろうとした。
「これはホームランボールですから、あなたのものですよ」
「いりませんよ。うちでは野球なんて、誰も興味がありませんから」
詩織は文学賞を狙ってるので急いでいた。
部屋に戻って、パソコンをみると、画面には以下のように表示されていた。
「楽勝球団のブース、場外ホームランで世界記録。ボールを拾ったのは球場の係員。ボールには海外からも1億円以上で買い手殺到」
詩織は腰を抜かしへたりこみ、小説の続きを書く気力がなくなり、ちゃぶ台に突っ伏して朝まで眠り込んだ。
6.
翌朝、修がパソコンを見ていった。
「おい、それ昨日のボールじゃないか。どこにある?」
詩織は黙っていた。
「おい、どうした」
「いらないと思って、あげちゃった」
「何やってるんだ、このバカ女」
「バカ女とは何よ」
詩織はものを投げるクセがある。
あるときは、大根をなげ、あるときは包丁を投げた。
修は詩織の迂闊を毎日、攻め立て、詩織も修が働かとうとしないので、ついに離婚することになった。
7.
世界記録の記念ボールは、球場の所有者である山手電鉄のものとなり、2億円でアメリ人が落札した。
山手電鉄はその半分の1億円を詩織の実家がある仙台市に寄付することにした。
詩織は離婚後、実家に戻っていた。
小説の続きを書き応募したが、一次で落選した。
両親は年金ぐらしであり、詩織の収入を合わせても非課税世帯である。
仙台市は非課税世帯に物価高騰給付金として、一世帯3万円振り込むことにした。
それは世帯主の父親の口座に振り込まれた。
詩織はそれを自分がボールを渡したからだと言い出し、今度は親子喧嘩になった。
詩織の行くところ、喧嘩の耐えることはない。
8.
冬になり、雪が振り始めた。
最初は50センチ程度しか積もらなかった。
詩織は朝、外に出ると、山の枝に止まってるカラスが「アホー」と鳴いた。
詩織はよく「アホ」と言われるのでそれに腹を立てた。
山際に行き、カラスに向かって雪玉を投げた。
カラスが一羽飛び立つと、他のカラスも飛び立ち、枝に積もっていた雪が落ちてきて、軽い雪崩が起き、彼女は生き埋めになった。
両親は男が出来たんだろうと喜び、警察にも届けなかった。
それからも何度も雪が降ったので、人々は家の周りを雪かきした。
その雪は山裾に捨てられたので、ますます彼女の死体は発見されなくなった。
翌年の2月、大雪のためにその地方は孤立してしまった。
「困ったな。もう食べるものがないぞ」
「自衛隊のヘリはまだか」
「視界が悪くて、ここが発見できないらしい」
「仕方ない。可愛そうだが、犬を食うか」
「待て。犬は鼻がいい。何か、食べ物を見つけるかもしれん」
村人は犬を放った。
「ワンワン」
犬が何か見つけた。
村人たちは集まって来た。
「あれは何の肉だ?」
「猿か?」
「猿は賢いから、あんな山際に行かない。多分、崖から落ちた豚だろう」
「豚なら、ちょうどいい。分けて食おう」
ある者はステーキに、ある者はしゃぶしゃぶにして食べた。
ようやく雪が小止みになり、自衛隊のヘリが到着して食料が届いた。
こうして、詩織は始めて人の役に立ち、成仏したのだった。




