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2.魔法の杖

 家に帰って早々、俺は部屋のベッドに飛び込んだ。

疲れはほとんどなかったが、頭は未だに混乱していた。

その原因は学生鞄に乱雑に突っ込んである。

どうしたものか。

少しの間、ピクリとも動かずにぼーっとした後、鞄に収まりきらず、若干はみ出していた魔法の杖を引っ張り出した。

寝転んだまま仰向けになり、天井のライトに棒をかざしてみる。

どう見ても変哲のない木の棒だ。

正直、怖さ半分、戸惑い半分ってところで、未だに魔法は試していない。

というか、熱を操るってなんだ?


「・・・実際に試してみるしかない、か。」


悶々と悩みながら、棒を空中で振るう。

考えごとをしていた為か、近づいてくる足音に俺は気付かなかった。

コンコン、と可愛らしい控えめなノックに続き、まだ真新しい部屋のドアがきしみながら、ゆっくりと開く。


「にいちゃん。おかえり!」


「おお!ただいま月夜(つくよ)。」


 入って来たのは妹の月夜(つくよ)だった。

二年前、母さんが他界した後、母さんの分まで蝶よ花よと愛情を注いで来た我が家のアイドルだ。

というか歌もダンスも上手いし、いずれ本当に皆んなのアイドルになるだろう。

楽しみな反面、悪い虫が付かないか今から心配でならない。

今年で小学五年生となり、クラス替えそうそうにモテているらしいし。

いざという時の為、最近では、父さんと一緒に不審者撃退講座とやらに顔を出してみている。

はっ、そうだ。馬の骨で魔法を試してもいいかもしれない。


「にいちゃん。宿題のプリントね、家族に書いて貰わなきゃならないとこあるの。」


月夜の言葉で我に帰る。

少しばかりヒートアップしていた妄想を振り払い、差し出してきたプリントを受け取った。


「ん。国語の宿題か。ふむ・・・わかった書いておくよ。」


 微笑みかけて頭を撫でてやる。

すると、えへへ、と嬉しそうに顔を綻ばせた。

仲睦まじく兄妹のやりとりをしていると、階下から父さんの声が聞こえてきた。


「おーい、相剋(しょうご)〜。ご飯もう少しかかるから、先風呂入っていいぞ〜。」


「わかった〜。」


 ちょうどいいな。

風呂なら《熱を操る魔法》とやらを試せそうだ。


「じゃあ、お風呂、先に貰うな。」


「うん!いってらっしゃ〜い。」



  ◇



 体も洗い、さっぱりとした後、浴槽へと体を沈める。

そして、壁に立て掛けておいた木の棒へと手を延ばした。


「さ、て、と。」


ひとまず魔法の実験からだな。

俺はお湯を掬う風呂桶に冷水を注いだ。

熱を操る、というならこの冷水を熱湯に出来るだろう。

バクバクと心臓が跳ねる中、棒の先を冷水へと突っ込んだ。

そして・・・


「熱せよ!」


果たして口に出す必要はあるのか。

ワクワクとした気持ちが先走ってしまったようだ。

しかして、この興奮と期待を裏切ることは無かった。


「お、おお!」


魔法を念じて僅かな時間。

風呂桶の冷水はボコボコと音を立て沸騰し始める。

やがて風呂場に充満する湯気に溶け込むように、真っ白な蒸気へと変わる。

後には風呂桶に少しの熱水が残るだけとなった。

本物だ。本物の魔法だ。

俺は歓喜に震える。

そして、この特別な体験に、俺の頭はかつて無い程に冴え渡っていた。


「と、すると?確か《熱を操る》、だったよな?」


もう一つの事を確かめる為、風呂桶に今度はお湯を注いだ。

そして、棒を入れ再び念じる。


「冷えよ!」


予想した通りだ。

先程とは反対に、お湯は急激に熱を失っていく。

パキパキと()()()()()音を立てながら、水面が凍り付いていく。

遂には完全な氷の塊へと変わり、湯気ではなく冷気が桶から溢れていた。


「すっげぇ・・・!」


スティックアイスのように棒に刺さった氷を持ち上げ、光にかざして見る。

何度目になるのか、感嘆のため息を漏らした。



  ◇



「よし、それじゃあ、いただきます!」


「「いただきまーす」」


いつも通り、揃って食卓を囲む。

テーブルの真ん中には肉やら、だし巻き卵やら味の濃いものが並んでおり、申し訳程度のサラダは個々人の前に置かれている。

このワイルドスタイルには慣れたものだ。

俺は好物の肉を自分の皿によそい、白米に絡ませてがっつく。


そして食事中の会話は今日の学校の話題となった。

そうだ。明日のことを伝えておかなくては。


「あぁ、父さん。明日の夜なんだけど、ちょっとジムに行ってくるよ。帰り、少し遅くなるかも。」


「ん?そうか?気をつけていけよ。」


 本当にジムに行くつもりだが、本命は深夜の学校探索だ。

馬鹿正直に言って心配かけることも無いだろう。

というか、未だ俺は半信半疑だしな。

幽霊なんている訳ないだろ。

馬鹿馬鹿しいと思いながら、次第に思考は魔法の杖へと移り変わる。

・・・そういえば。俺以外に魔法使いっていないのか?

そんな考えが頭をよぎった。


 いや、待てよ。

人が居る時に限って都合よく起きる怪現象?

怪談なんてものは大概そういうものだろうが、今の俺には一つの疑問が浮かんだ。


「・・・魔法、使い・・・」


「ん?魔法使い?ゲームの話しか?」


思わず口に出てしまったのか、父さんが聞き返してくる。


「いや、なんでもないよ。」


だが口にしたことで一抹の疑問は確信に変わる。

思えば今年で三年生になるというのに、学校の怪現象について今まで聞いたことがない。

にも関わらず、今回の件について目撃者が余りにも多いというのも不自然だ。

ならば今、最も可能性として高いのは、俺以外の魔法使いが関わっているということじゃないか?


「にいちゃん、にんじんさん食べなきゃダメー!」


考え込んでしまい食事の手が止まっていた。

ニンジンを摘んだまま硬直していたので月夜に勘違いさせてしまったようだ。


「あ、ああ。もちろん食べるよ。」


どちらにせよ、明日になれば分かることだろう。

ひとまず俺はよく煮込まれたニンジンを味わうことにした。

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