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第82話:グレンの漢気とカエデの涙

 深海の遺跡を破壊し、俺たちを乗せた『殲滅馬車』は海面へと急浮上した。だが、海上で俺たちを待ち受けていたのは、太陽の光ではなく――空を埋め尽くすほどの「白」だった。


『対象確認。包囲網、完了』


 上空に展開していたのは、数百体もの天使の軍勢。さらに、海上には巨大な魔法陣がいくつも浮かび、逃げ場を完全に封鎖していた。


「……待ち伏せかよ。徹底してやがるな」


 俺は舌打ちをした。馬車の魔力エンジンは深海潜行で限界を迎えている。ここから「超加速ニトロ」を使って振り切るのは不可能だ。


「ヴォルグ、迎撃できるか?」


「無理だ! 砲塔の冷却が間に合わねぇ! この数相手じゃ、弾幕を張る前にハチの巣だぞ!」


 ヴォルグが悲鳴を上げる。詰んだか。俺が【確率操作】で一点突破の活路を探ろうとした、その時。


 ガシッ。


 巨大な手が、ハッチのレバーを掴んだ。グレンだ。


「……旦那。ここを開けてくれ」


「何をする気だ?」


「決まってんだろ。誰かが残って、あいつらを引きつけなきゃならねぇ」


 グレンはニカっと笑い、背中の大剣『真・岩砕き』を担ぎ直した。


「俺が行く。ここは俺に任せて、お前らは先に行け」


 殿しんがり。それは、死を意味する役割だ。


「ふざけるな! 貴様一人で何ができる!」


 カエデが血相を変えて掴みかかる。


「数百の天使だぞ!? 死にに行くようなものだ! 拙者も残る! 貴様と死ぬなら本望だ!」


「……バーカ。惚れた女を死なせる男がどこにいるんだよ」


 グレンは優しく呟くと、カエデの肩を引き寄せた。そして。


 デコピン。


 パチンッ!


「あ……」


 カエデの意識が飛び、その体が崩れ落ちる。グレンは彼女を抱き留めると、俺の方へ丁寧に渡してきた。


「頼むわ、旦那。こいつはまだ、世の中を知らなすぎる」


「……グレン。戻ってくる確率は?」


 俺が問うと、彼はニヤリと笑った。


「100%だ。俺はしぶといぜ?」


 嘘だ。俺のモノクルには、生存確率『0.01%』と表示されている。だが、俺は黙ってカエデを受け取った。男が覚悟を決めた顔をしている時に、数字の話をするのは野暮だ。


「……ヴォルグ。あれを渡せ」


「チッ、しょうがねえな! 未完成だからって蔵入りにしてたが……今のテメェなら使いこなせるだろ!」


 ヴォルグが操作パネルを叩くと、馬車の側面が展開し、巨大な金属塊が射出された。


「受け取れ筋肉ダルマ! 『真・岩砕き』の追加装甲オプションパーツ、対天使・神殺し機構『ギガント・ハンマー』だ!」


 グレンがそれを受け取る。それは、彼の大剣に装着することで巨大な戦鎚へと変形させる、ロマン全振りの強化パーツだった。


「へっ、重くていいじゃねえか!」


 グレンはハッチを開け、海上へと飛び出した。足場となる岩礁に着地し、空を睨みつける。


「おい鳥野郎ども! こっちだ!」


 グレンが咆哮し、魔力を解放する。天使たちの注意が一斉に彼に向く。


「行けぇぇぇッ!!」


 グレンの叫びを背に、ヴォルグが最後の魔力を振り絞って馬車を急発進させた。  水しぶきを上げて離脱する俺たちの背後で、轟音と閃光が炸裂する。


       ◇


 馬車が小さくなっていくのを見届け、グレンは不敵に笑った。


「さて、と。……やるか」


 彼の周囲を、数百の天使が取り囲んでいる。逃げ場はない。足場は海に突き出た小さな岩礁のみ。無機質な殺意の波が、物理的な圧力となって押し寄せる。


『対象捕捉。排除する』


 天使たちが一斉に急降下を開始した。光の槍が雨のように降り注ぐ。


「甘ぇんだよッ!」


 グレンは大剣ハンマーモードを旋回させ、光の雨を弾き飛ばした。だが、天使たちの連携は完璧だ。死角から接近した数体が、戦斧を振り下ろす。


 ガギィィィンッ!!


 グレンの肩、背中、脇腹に刃が食い込む。鮮血が舞う。だが、グレンは倒れない。


「痛ぇなぁ……! だが、そんなナマクラじゃ俺の筋肉は断てねえぞ!」


 スキル【金剛皮】と【痛覚鈍麻】。そして何より、彼自身の異常なまでの生命力(VIT)が、致命傷を浅手へと変えていた。刃が骨に達する前に、筋肉が収縮して刃を噛み止め、へし折る。


「捕まえたぜ」


 グレンは自分に群がる天使たちの腕を掴み、強引に引き寄せた。


「ヴォルグの旦那が作ったこいつの威力……試させてもらうぜぇッ!」


 グレンは『ギガント・ハンマー』のトリガーを引いた。内蔵された魔導炉が臨界点に達し、ハンマーのヘッド部分が赤熱化する。ヒヒイロカネの特性である「魔力増幅」が、ヴォルグの込めた「対天使術式」を爆発的に拡散させる。


「神殺しの一撃だ! 吹き飛びやがれェェェッ!!」


 ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 全力のフルスイング。ハンマーが空気を圧縮し、衝撃波の塊となって炸裂した。  直撃を受けた数体の天使は、鎧ごと粉々に粉砕され、光の粒子となって消滅する。  さらに、余波だけで周囲の数十体が吹き飛ばされ、海面に叩きつけられた。


『損害甚大。対象の脅威度を再設定』


『近接戦闘は危険。遠距離より殲滅せよ』


 天使たちが距離を取り、魔法による包囲射撃へと切り替える。空を埋め尽くす魔法陣。降り注ぐ極大魔法の雨。


「ハッ! 花火大会かよ!」


 グレンは笑った。避ける場所などない。彼はハンマーを盾に構え、岩礁の上に足を食い込ませて仁王立ちになった。


「カエデには見せらんねぇな……こんな、泥臭い戦い方はよ!」


 光の奔流が彼を飲み込む。肉が焼け、骨が軋む。だが、彼は一歩も退かない。  ただ時間を稼ぐためだけに。惚れた女と仲間を逃がすためだけに。その体は、荒波の中で決して揺らがない、不沈の要塞と化していた。


       ◇


 数時間後。安全圏まで撤退した俺たちは、人気のない入り江で馬車を停めていた。


「……ん、ぅ……」


 カエデが目を覚ます。彼女は跳ね起き、周囲を見回した。そこに、あの大きな背中がないことに気づき、顔色が蒼白になる。


「グレン……殿……? まさか、あのまま……」


 カエデが震え出し、その目から涙が溢れる。俺たちが沈痛な面持ちで俯いた、その時。


 ザバァァァッ!!


 海の中から、何かが這い上がってきた。全身ボロボロ。鎧は砕け、体中から血を流し、片目は塞がっている。だが、その手にはボロボロになったハンマーが握られ、口元には不敵な笑みが張り付いていた。


「……ッ、へへ……。遠泳は……疲れるな……」


 グレンだ。生きていた。生存確率0.01%の壁を、その筋肉と根性だけでぶち破って帰ってきたのだ。


「グレン……!」


 カエデが絶叫し、砂浜を駆けてグレンに飛びついた。勢い余って、満身創痍のグレンを押し倒す。


「ぐえっ!? い、痛ぇ……! 死ぬ……トドメ刺す気か……!」


「バカ者! 大馬鹿者! なぜ一人で……うあぁぁぁぁ!」


 カエデはグレンの胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。グレンは困ったように笑い、動かない手でカエデの頭をポンポンと撫でる。


「わりぃわりぃ。……ただいま」


 その光景を見て、俺とリリ、そしてティアも安堵の息を漏らした。ラクも「みゅ〜(さすがだ)」と感心している。


 こうして、俺たちのパーティには、最強の盾と最強の剣、そして最強のカップル(?)が誕生したのだった。


お読みいただきありがとうございます。


グレン、オトコを見せました。

生存確率0.01%の壁を、筋肉と根性と「ヴォルグの魔改造ハンマー」でぶち破る。

これぞ脳筋の鑑です。


そして、カエデとの関係も一気に進展しましたね。

「惚れた女を死なせる男がどこにいるんだよ」

言われてみたい台詞ベスト3に入りそうです。


次回、グレン生存のカラクリと、オアシスでの休息。

リリの料理スキルが火を噴きます。

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