第72話:天使降臨
空の亀裂から、無数の白い影が降り注ぐ。 それは雪のように美しく、同時に雹のように冷酷だった。
ズズン、ズズン、と地響きのような着地音が周囲に響く。 舞い降りたのは、磨き上げられた白金の身体を持つ、巨大な彫像のような存在たち――『天使』だ。 背中には幾何学的な光の紋様を描く翼が展開され、手には処刑道具を思わせる巨大な戦斧が握られている。
「……なんだ、こいつらは」
グレンがヒヒイロカネの大剣を構え直し、油断なく相手を見据える。 生物としての気配がない。呼吸も、心音も、殺気さえもしない。 ただそこに「在る」だけの、無機質な暴力の塊。
『歪みを確認。対象、リリ・クラウゼル』
先頭に立った一際大きな天使が、抑揚のない声を発した。 仮面の奥から響くその声は、金属が擦れ合うような不快な音色を帯びていた。
『天の定めた筋書きにおいて、貴様は「贄」として消費されるはずだった。だが、貴様は生き延び、あまつさえ「魔王」となるはずだった器を破壊した』
「……それがどうしたってんだよ」
俺はリリを背に庇いながら問いただした。
「アルスは暴走していた。放っておけば世界が滅んでいたぞ。俺たちはそれを止めただけだ」
『否。滅びもまた、天理の一部』
天使は冷徹に告げた。
『勇者が魔王を討ち、世界に安寧をもたらす。あるいは魔王が世界を焦土とし、新たな再生を促す。……そのどちらもが、天が用意した「円環」の形。だが、貴様らはその理を外れた』
天使が戦斧を振り上げる。
『勇者の器は砕かれ、魔王の座は空席となった。もはや円環は回らない。……故に、原因となった歪みを排除し、盤面を初期化する』
「リセット……?」
背筋が凍る。 こいつらは、俺たちを殺すだけじゃ飽き足らず、この世界そのものをやり直そうとしているのか? 人々が生き、悩み、足掻いてきた歴史を、ただの書き損じのように消しゴムで消そうというのか。
「ふざけるな……! 俺たちは駒じゃねえ! 生きてる人間だ!」
グレンが咆哮し、地面を蹴った。 剛剣『真・岩砕き』が唸りを上げ、天使の胴を薙ぎ払う。
ガギィィィンッ!!
硬質な音が響き、火花が散る。 だが、天使は微動だにしなかった。 グレンの渾身の一撃を、片手で――戦斧の柄だけで受け止めていたのだ。
「な……ッ!?」
『剛力。……だが、理の枠内』
天使が腕を振るう。 ただそれだけの動作で、グレンの巨体が枯れ葉のように吹き飛ばされた。
「ぐはぁっ!?」
「グレン殿!」
カエデが走り、空中でグレンを受け止めるが、勢いを殺しきれずに二人もろとも地面を転がる。 あのグレンが、一撃で。 底知れない膂力だ。
「させねえよ!」
後方からヴォルグが魔導砲を発射する。 紅蓮の炎が天使を飲み込む。 だが、炎の中から無傷の天使が歩み出てきた。その白金の身体には、煤ひとつついていない。
『魔導干渉、無効。……排除を開始する』
天使たちが一斉に動き出した。 その速度は、リリの【神速】にも匹敵する。 数百の神速が、殺意を持って迫ってくる絶望感。
「くっ……!」
リリが双剣で迎撃するが、数が多すぎる。 一太刀防ぐ間に、三つの刃が彼女を狙う。 俺の【確率操作】で刃の軌道を逸らすが、それも限界がある。こいつらの攻撃には「必中」に近い因果補正が掛かっている。運を操作するだけでは避けきれない。
「ジン様! 下がってください!」
リリが悲鳴に近い声を上げる。 彼女の頬を、天使の戦斧が掠めた。赤い筋が走る。
「……ッ」
俺の中で、何かが切れそうになった。 だが、感情に任せて戦って勝てる相手ではない。 解析の結果、こいつらのステータスは全てが【測定不能】。 個体レベルでアルス(魔王化)に匹敵する化け物が、軍団を成しているのだ。
(勝てない)
軍師としての俺が、冷徹に結論を下した。 今の俺たちの戦力では、こいつらには傷一つつけられない。 戦えば、全滅する。確実に。
ならば、取るべき手段は一つだ。
「ヴォルグ! 『あれ』を使え!」
俺は叫んだ。
「ああん? 『あれ』って……まさか、試作段階のアレか!? 暴走しても知らねえぞ!」
「構わん! ここで死ぬよりマシだ! 全出力でぶっ放せ!」
「ヒャハハ! 了解だ! 死なば諸共ぉッ!」
ヴォルグが馬車の制御盤を操作し、赤いレバーを押し込んだ。 馬車の後部に積まれていた巨大なコンテナが展開する。 中から現れたのは、無数の噴射口を持つ、巨大なブースターだった。
『緊急離脱用・超加速術式』。 ヴォルグが「空を飛びたい」という馬鹿げた夢のために開発していた、暴走寸前の推進装置だ。
「総員、馬車に飛び乗れ! 舌噛むんじゃねえぞ!」
俺はリリの手を引き、馬車へと走った。 グレンがカエデを抱えて飛び込み、ティアが転がり込む。
「逃がさん」
天使たちが戦斧を振り上げる。 その切っ先が振り下ろされるのと、ヴォルグが点火スイッチを押すのは同時だった。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
爆発的な加速。 Gで視界がブラックアウトする。 馬車は砲弾のように射出され、包囲網を強引に突破して空へと舞い上がった。
『……追尾せよ。地の果てまで』
遠ざかる意識の中で、天使の無機質な指令が聞こえた気がした。 俺たちは生き延びた。 だが、それは「世界」そのものを敵に回した、終わりのない逃避行の始まりでもあった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「物理無効」どころか「理の外」。
今のジンたちでは傷一つつけられない相手です。
ここで全滅するか、プライドを捨てて逃げるか。
ジンが選んだのは、ヴォルグのロマン兵器(暴走特急)でした。
次回、音速の逃避行。
そして、パーティの絆が試されます。




