第71話:勝利と異変
「――ッ! リリ、離れろッ!」
俺が叫んだ瞬間、空の亀裂から白い光が降り注いだ。 それは雷撃でも、魔法の光でもなかった。 音もなく、熱もなく、ただ「そこに在るものを消す」ためだけの、純粋な消失の光。
光の柱が、リリが立っていた場所を貫く。
「きゃっ!?」
リリはラクに突き飛ばされ、間一髪で光の直撃を避けていた。 だが、光が触れた地面――石畳や枯れ葉が、蒸発するように消滅していた。 焦げ跡すらない。最初から存在しなかったかのように、空間ごと抉り取られている。
「な……なんだありゃあ!?」
グレンが驚愕の声を上げる。 俺の背筋に冷たいものが走った。 あれは攻撃魔法じゃない。 『削除』だ。 この世界を管理する者が、不要なデータをゴミ箱に捨てるような、事務的で絶対的な排除行動。
「ティア! あれは何だ! 神聖魔法か!?」
「ち、違います! あれは……もっと高位の、私たち人間が触れちゃいけない『理』そのものです!」
聖女候補生のティアが、ガタガタと震えながら空を指差す。 亀裂はさらに広がり、空の半分を覆い尽くそうとしていた。 その裂け目から、無数の「何か」が這い出してくる。
純白の翼。 のっぺりとした顔のない頭部。 全身を白亜の鎧で覆った、人型の彫像のような存在。
「天使……?」
誰かが呟いた。 だが、それは宗教画に描かれるような慈悲深い使いではない。 手に持っているのは楽器ではなく、光り輝く処刑鎌。 感情の一切を感じさせない、殺戮の執行者だ。
『イレギュラー検知。対象、リリ・クラウゼル。および、その随伴者』
空から声が降ってきた。 鼓膜ではなく、脳に直接響く無機質な思念。
『天の筋書きを逸脱した存在は、世界の歪みとなります。直ちに排除を実行します』
天使たちが、一斉に鎌を構えた。 その数、数百。 空を埋め尽くす白銀の軍勢が、たった数人の俺たちに切っ先を向けている。
「ふざけるな……!」
俺はリリを背に隠し、空を睨みつけた。
「歪みだと? 排除だと? 勝手なことを言ってるんじゃねえ!」
アルスという「勇者」が堕ち、リリという「生贄」が呪いを克服した。 その結果、天が定めた「魔王を倒して世界を救う」という筋書きが破綻したのだ。 だから、今度は筋書きを書き換えるのではなく、物語の登場人物(俺たち)ごと消し去って、世界をリセットしようとしている。
あまりにも傲慢。あまりにも独善的。 それが、天理のやり方か。
「ジン様……。あの方達は、私を……」
「関係ない。神だろうが天だろうが、お前を奪おうとするなら敵だ」
俺はポケットの中で指を鳴らした。
「総員、戦闘態勢! 相手は『世界』そのものだ! 気合を入れろ!」
「へッ、上等だぜ! 神様と喧嘩なんて、一生に一度あるかねえかだ!」
「拙者の刀が、天の使いに通じるか……試させてもらおう!」
グレンが剣を構え、カエデが抜刀する。 ヴォルグが魔導砲を空に向け、ティアが震えながらも杖を握る。
勝利の美酒を味わう暇すらない。 絶望的な戦力差。 だが、俺たちの目から戦意が消えることはなかった。
空が割れ、天使が舞い降りる。 人対世界。 確率の向こう側を懸けた、新たな戦いが幕を開けた。
お読みいただきありがとうございます。
勝利の直後に、最大の絶望。
現れたのは「天使」。
ですが、それは慈悲深い存在ではなく、バグを削除するための「システム管理者」でした。
アルスとは次元の違う強さ。
ジンたちはどう切り抜けるのか。
次回、圧倒的な暴力と、ヴォルグの「切り札」が炸裂します。




