第6話:守るということは攻撃を代わりに受けることではない
王都の城壁を出ると、そこには見飽きた街道の風景が広がっていた。 轍の刻まれた土の道。まばらな雑木林。 どこにでもある、平和で退屈な光景だ。
だが、隣を歩くリリにとっては、そうではないらしい。
「……木が、倒れてきません」
彼女は道の脇に生える古木を見上げ、ポツリと呟いた。
「足元の地面が陥没しません。空から魔物の群れが降ってきません」
「お前の中で、外出ってのはダンジョン攻略と同義なのか?」
俺が呆れて聞くと、リリは真剣な顔で頷いた。
「はい。一歩外に出れば、そこは戦場でしたから。……でも、今は」
リリは俺の背中を見つめ、熱っぽい瞳を向けてくる。
「ジン様が近くにいるだけで、世界がすごく静かです。風の音も、鳥の声も、今まで聞こえなかった音が聞こえます」
「そりゃどうも。俺は高性能な避雷針らしいな」
俺は肩をすくめた。 実際には、俺が彼女の不運を吸い続けているだけだが、彼女にとっては救世主に見えているのだろう。 その信仰心は利用できるが、あまり重すぎると胃がもたれそうだ。
「さて、まずは手頃な獲物を狩って金にするか。薬草採取でもいいが、効率が悪い」
俺たちが目指しているのは、街道から少し外れた森だ。 そこなら低ランクの魔物が出る。リリの実力をテストするには丁度いい。
――と、思った矢先だった。
「おいおい、待ちなよ兄ちゃん」
街道の茂みから、ガサガサと男たちが現れた。 革鎧に薄汚れた剣。見るからに質の悪い、典型的な野盗たちだ。 数は5人。 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、俺たちを取り囲む。
「王都を出てすぐの場所でピクニックか? 随分と余裕だなあ」
「へへっ、しかも連れは上玉じゃねえか。そのボロボロの服がまたそそるぜ」
リーダー格らしい男が、剣を肩に担いで前に出る。
「命が惜しけりゃ、持ち物全部置いて失せな。姉ちゃんの方は……まあ、少し遊ばせてもらうがな」
ベタだ。 あまりにもベタすぎて、あくびが出そうになる。 教科書に出てくる『三流の悪党』そのままだ。
「……おい、リリ」
俺は隣の少女に声をかけた。
「どうする? 金はないし、置いていく荷物もないぞ」
俺がそう言った瞬間だった。
ザッ。 リリが、無言で俺の前に出た。
その背中からは、先ほどまでの「忠犬」のような雰囲気は消え失せていた。 代わりに漂うのは、氷のような冷気。 そして、触れれば切れるような鋭利な殺気だ。
「……ジン様」
リリの声は、地を這うように低かった。
「下がっていてください。……汚れますから」
「あ?」
盗賊たちが顔を見合わせる。
「なんだこの嬢ちゃん、震えて……ん?」
男の一人が、リリの異変に気づいた。 彼女は震えてなどいない。 ただ、構えているだけだ。 武器など持っていない。素手だ。 だが、その立ち姿には一切の隙がない。
「私の命は、ジン様が救ってくださったものです」
リリは地面に落ちていた手頃な石を拾い上げると、それを握りしめた。 ただの石ころが、彼女の手の中にあるだけで凶器に見える。
「この命も、体も、心臓も。すべてはジン様のためにある」
彼女はゆっくりと顔を上げた。 その赤い瞳は、濁った血のような色で盗賊たちを射抜いていた。 そこに慈悲や躊躇いはない。あるのは「排除」の意志だけだ。
「――ジン様に指一本触れさせない。その汚い視線を向けたことを、地獄で後悔させてあげる」
ゾクリ、と。 場の空気が凍りついた。 盗賊たちの顔からニヤけ面が消え、本能的な恐怖が走る。
(……ほう)
俺は後ろで腕を組み、口元を歪めた。
これは拾い物だ。 ただの「不運な少女」かと思っていたが、どうやら彼女の本質は、俺の想像以上に「壊れて」いるらしい。
「いいぜ、リリ」
俺は許可を出した。
「掃除の時間だ。――ただし、殺すなよ? 後始末が面倒だからな」
リリが小さく頷く。 その瞬間、彼女の姿がブレて消えた。
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「ジン様に指一本触れさせない」
守られるだけじゃない、最強の護衛としての片鱗が見え始めました。
次回は、いよいよ主人公ジンのスキル【確率操作】の本領発揮です。
「空から魚が降ってくる」理不尽な暴力をお届けします。
本日【18:00】頃に更新予定です。




