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第59話:女王のプライドと、銀の献身

 ポーカー勝負に勝利した俺たちは、そのままホテル『ロイヤル・フラッシュ』の最上階にあるロイヤルスイートへと案内された。 一泊で金貨数百枚は下らないであろう、超豪華な客室だ。


「……すげぇな。風呂がプールみたいだぞ」


「ベッドがふかふかすぎて沈む……!」


 グレンとティアが子供のようにはしゃいでいる。 ヴォルグは部屋の装飾品(魔導具)を勝手に分解しようとしてカエデに止められていた。


「皆様、お寛ぎいただけていますでしょうか?」


 部屋の扉が開き、ドレスを着替えたリエルが入ってきた。 先ほどまでの挑発的な態度は鳴りを潜め、どこかそわそわとした様子だ。


「ああ。最高の部屋だ。感謝するよ」


「ふ、ふん! 勘違いしないでよね! これはあくまで敗者としての『義務』を果たしているだけよ! 貴方達に借りを残したままじゃ、私が気持ち悪いからなんだからね!」


 教科書通りの反応だ。 リエルは扇子で顔を仰ぎながら、チラチラと俺の方を見ている。


「それに……貴方は私のペット候補(保留中)なんだから、粗末な扱いをして品質が落ちたら困るでしょ?」


「まだ諦めてないのか」


「当たり前よ! 一度狙った獲物は逃さない。それが『強欲』の次に強い私の信条よ!」


 リエルは宣言すると、パチンと指を鳴らした。 給仕たちがワゴンを押して現れ、テーブルの上に豪勢な料理と酒を並べていく。


「さあ、飲みなさい、食べなさい! 毒なんて入ってないわよ。……あと、ジン。貴方には特等席を用意してあげたわ」


 リエルが自分の隣の椅子をポンポンと叩く。 露骨な勧誘だ。 断るのも面倒だし、適当に相手をするかと思った、その時だった。


 スッ。


 俺の目の前に、グラスが差し出された。 ちょうど俺が「喉が渇いたな」と思った、その瞬間のタイミングで。


「……リリ?」


 見ると、リリが俺の半歩後ろに控えていた。 彼女の手には、俺が好む温度に調整された食前酒と、手早く取り分けられた前菜の皿がある。


「どうぞ、ジン様。……あちらの席ですと空調の風が直撃します。昨晩は少し冷えたようですので、こちらの席の方がよろしいかと」


 リリはリエルの隣ではなく、風が当たらない奥の席を視線で示した。 そこには既に、俺が使いやすい配置でカトラリーが並べられている。


「……ああ、そうだな。助かる」


 俺は何の疑問も抱かず、リリに促されるまま奥の席へ座った。 リリは自然な動作で俺の隣に腰を下ろし、俺が手を伸ばすよりも早く、パンにバターを塗って皿に置く。


「な……っ」


 リエルが呆気にとられているのが視界の端に見えた。 俺にはいつもの光景だが、彼女には異様に映ったらしい。


「ちょっと! 私の誘いを無視する気!? それにその料理、私が選んだメインディッシュじゃないわよ!」


「失礼いたしました、リエル様」


 リリは涼しい顔で微笑んだ。


「ですが、ジン様は長旅の疲れで胃腸が少し弱っております。脂の乗ったオマール海老よりも、まずは消化の良いスープと白身魚から召し上がっていただくのが最善かと」


 リリはそう言いながら、俺の皿に魚料理を一口サイズに切り分けて乗せる。 俺はそれを口に運ぶ。 ……完璧だ。今の俺が欲していた味と量、そのままだ。


「……ん、美味いな」


「良かったです。塩加減、少し気にされていたようでしたから」


 俺が言葉にする前に、リリは俺の好みを見抜き、さらに次の料理を用意している。 会話すらいらない。 視線と呼吸だけで意思が通じ合う。旅の中で培われた連携だ。


「……」


 ふと見ると、リエルが扇子を持つ手を震わせていた。 顔色が優れない。どうしたんだ? やはり敗北のショックが尾を引いているのか。


「ジン様」


 不意に、リリが懐からハンカチを取り出し、俺の口元に手を伸ばした。


「失礼します」


 サッ。


 俺が反応する間もなく、口端についていたソースが拭き取られる。 慣れた手付きだ。まるで子供の世話をする母親か、あるいは長年連れ添った老夫婦のような……。


「……あ、すまん」


「いいえ。お気になさらず」


 リリは嬉しそうに目を細め、ハンカチを畳んだ。 その一瞬。 彼女はチラリと、リエルの方を見た気がした。 勝ち誇った顔ではない。敵意を剥き出しにしたわけでもない。ただ、静かに微笑んだだけだ。


 リエルが後ずさった。 扇子を取り落としそうになりながら、悔しそうに唇を噛み、プイと顔を背ける。


「……ふん! 勝手にしなさいよ! 私は忙しいんだから!」


 リエルは逃げるように部屋を出て行こうとする。 だが、ドアノブに手をかけたところで立ち止まり、振り返った。


「船の手配はしておくわ! 明日の朝には出航できるようにさせるから……それまで、精々二人で楽しむことね!」


 バタンッ!!


 扉が閉まる。 嵐のような女王様だった。


「……行ってしまわれましたね」


「ああ。だが、助かったよリリ。あいつのペースに飲まれずに済んだ」


 俺は素直に礼を言った。 リエルの隣に座らされていたら、あの手この手で勧誘攻撃を受けて疲弊していただろう。リリの気配りのおかげで、静かに食事が楽しめた。


「ふふっ、お役に立てて光栄です」


 リリは淑やかに微笑み、俺のグラスに水を注ぎ足した。 その横顔は、いつもより少しだけ上機嫌に見えた。


「ごちそうさまでした」


 部屋の隅で、グレンたちが「入り込めねぇ……」とボソボソ呟きながら肉を食っているのを横目に、俺はリリが切り分けてくれたデザートにフォークを伸ばした。 東方への足は確保できた。 あとは、出発の時を待つだけだ。


お読みいただきありがとうございます。


リエルからの勧誘を、無言の圧力(完璧な給仕)で封殺するリリ。

戦闘だけでなく、こういう搦め手も最強です。

リエル様、完全に空回りですね。


さて、平和に終わるかと思いきや……。

忘れた頃にやってくるのが「不運ストーカー」です。


次回、カジノ編クライマックス。

因縁の相手が乱入してきます。

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