第58話:VS カジノの女王・後編
仕切り直しとなったポーカー勝負。 だが、その場の空気は先ほどとは一変していた。
「……ッ、なんなのよ、この空気は……!」
リエルが扇子を持つ手を震わせている。 彼女の【絶対強運】は健在だ。配られるカードは依然として彼女に有利なものばかりだろう。 だが、今の彼女は落ち着きがない。 なぜなら――
「ひゃうっ! ご、ごめんなさい! またカードを落として……!」
「あ、あの、くしゃみが……へくちっ!」
「こ、これ、ジョーカーですよね? あ、山札に混ざっちゃった……」
俺の隣に座らせたティアが、呼吸をするようにトラブルを連発しているからだ。 カードをめくるたびに静電気が起きたり、風もないのにろうそくの火が消えたりする。 そのたびにゲームは中断し、リエルの集中力(と運命の確定プロセス)はズタズタに寸断される。
「ええい、鬱陶しい! さっさと進めなさい!」
リエルが苛立ちを露わにする。 彼女の強みは「確定した未来」だ。だが、ティアという「不確定要素の塊」が近くにいるせいで、未来が常に揺らぎ、定まらない。 100%だった勝率が、99%になり、90%になり……乱高下を繰り返している。
(今だ)
俺はモノクル越しに、確率の波形を見極めた。 リエルの【固定】された運が、ティアのノイズによって一瞬だけ「隙」を見せる瞬間。 そこに、俺の【確率操作】をねじ込む。
「オール・インだ」
俺は手元のチップ――全財産どころか、自分たちの命運すら乗せた山を、テーブルの中央に押し出した。
「……正気?」
リエルが目を見開く。 彼女の手札は最強クラスだ。俺がどう足掻いても勝てるはずがないと、彼女の「運」は告げているはずだ。
「受けて立つわ。……貴方を私のペットにするのが楽しみになってきたもの」
リエルもまた、全てのチップを賭けた。 勝負は決した。あとはカードを開くだけ。 その、張り詰めた緊張感の中で。
トンッ。
軽い音がして、テーブルの上に白い影が乗った。
「……みゅ?」
ラクだ。 こいつは殺伐とした空気など我関せずとばかりに、テーブルの中央――チップの山の頂上で、悠然と毛繕いを始めたのだ。 フワフワの毛並みを整え、短い手足で顔を洗う。 そして、つぶらな瞳でリエルをじっと見つめた。
「みゅ〜(おまえ、こわいかおしてるぞ)」
首をかしげる白い毛玉。 そのあまりの愛らしさと、場違いな脱力感に、リエルの表情が凍りついた。
「……っ」
彼女の頬が、朱に染まる。 視線が泳ぐ。扇子で口元を隠すが、隠しきれていない。
(……可愛い……!)
心の声が聞こえた気がした。 そうか、この女王様、可愛いものに弱いのか。
その一瞬の動揺。 思考の空白。 それこそが、絶対強者の「運命」に生じた、致命的な亀裂だった。
「オープン」
俺はカードを開いた。 スペードの10、ジャック、クイーン、キング、エース。 『ロイヤル・ストレート・フラッシュ』。 ポーカーにおける最強の役だ。
「な……!?」
リエルが絶句して自分のカードを開く。 彼女の手札は、ハートのエース、キング、クイーン、ジャック――そして、何故か『ジョーカー』。 本来なら最強の役が揃っていたはずが、ティアがさっき「うっかり」混ぜたジョーカーが入り込み、役を不成立にさせていたのだ(このカジノのルールでは、ジョーカーはワイルドカードではなく、お邪魔カード扱いだった)。
「ジョ、ジョーカー!? そんな馬鹿な、私の運が……完璧だったはずの未来が……!」
リエルが震える手でカードを凝視する。 ありえない敗北。 だが、現実にチップの山は俺の元へと移動していく。
「……俺の勝ちだな」
俺は静かに告げた。 リリが「やりました!」と俺に抱きつき、グレンとカエデが「うおおお!」「見事だ!」と歓声を上げる。ティアだけは「あれ? 私、何かしました?」と首を傾げているが。
リエルは椅子に力なく座り込み、呆然としていた。 だが、その瞳から涙は出ていない。 代わりに浮かんでいたのは、熱っぽい、陶酔のような光だった。
「……負けた……。私が、負けた……?」
彼女は自分の胸を押さえ、荒い息を吐いた。 生まれて初めて味わう「敗北」の味。 思い通りにならない現実。 そして、自分を屈服させた男の、涼しげな顔。
「……くっ」
リエルが立ち上がり、俺を睨みつけた。 その顔は真っ赤で、涙目になっていた。
「覚えてなさいよ! 私に初めて土をつけた責任……取らせてやるわ!」
「は?」
「この街の通行許可も、船も用意してあげる! だから……私の前から消えるなんて許さないんだからね!」
捨て台詞のように叫び、リエルは部屋を飛び出していった。 残された俺たちは、顔を見合わせた。
「……あの、ジン様。今のって……」
リリが不機嫌そうに頬を膨らませる。
「ああ。どうやら、厄介な種類の借りができたみたいだな」
俺はため息をつきつつ、チップの山の上で「みゅヘン!」とドヤ顔をしているラクの頭を撫でた。 勝負には勝った。 だが、このカジノの女王との縁は、これだけでは切れそうにない予感がした。
ラクの「可愛さ」は、どんな強運よりも強い。
女王リエルの初敗北でした。
プライドをへし折られた女王様ですが、どうやらジン(とリリ)に対して執着を持ち始めた様子。
次回は勝利の宴……ですが、ここでもリリの「正妻力」が炸裂します。




