第57話:VS カジノの女王・前編
バー『ブラック・ジャック』での密議から数時間後。店の外から、ボロボロになった二人の剣士が戻ってきた。
「へっ、やるじゃねえか。東方の剣術ってのは骨があるな」
「貴殿こそ……。拙者の刃を筋肉だけで弾き返すとは、呆れた耐久力だ」
グレンとカエデだ。二人とも服は破れ、体中アザだらけだが、その表情は晴れやかだった。拳(と剣)で語り合った結果、奇妙な友情のようなものが芽生えたらしい。
「話はまとまったか?」
グレンがニカっと笑って聞いてくる。俺はグラスを干し、頷いた。
「ああ。ジャックの手引きで、今夜『ロイヤル・フラッシュ』のVIPルームを押さえた。リエルとのサシ勝負だ」
俺の言葉に、カエデが眉をひそめた。
「正気か?あの女の『強運』は本物だ。イカサマも通用せぬ、絶対的な天運。この街で彼女に挑んで破産しなかった者はいない」
「だからこそ、勝算がある」
俺はニヤリと笑い、視線を店の隅に向けた。そこには、出されたオレンジジュースをこぼしてしまい、慌てて拭こうとしてグラスを割り、さらに破片で指を切りそうになっている聖女候補生――ティアの姿があった。
「あわわ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」
「みゅ〜(やれやれ)」
ラクが呆れ顔で破片を食べて処理している。
「……あれを使うのですか?」
リリが何かを察したようにティアを見る。
「ああ。毒を以て毒を制す。理不尽には、更なる理不尽をぶつけるのが定石だ」
◇
決戦の舞台は、『ロイヤル・フラッシュ』の最上階にあるVIP専用カジノルーム。真紅の絨毯、黄金の装飾、そして中央に置かれた一台のポーカーテーブル。 その奥に、女王リエル・バレンタインは優雅に座っていた。
「あら。逃げ帰ったかと思ったけれど、飼い主の元へ戻ってきたのね」
リエルは妖艶な笑みを浮かべ、手に持ったトランプを弄んでいる。 俺たちはその対面に陣取った。俺の隣にはリリ。背後にはグレンと、護衛兼立会人としてついてきたカエデ。ヴォルグは「機械いじりの方が楽しい」と言って馬車の整備に残った。 そして、ティアはおどおどしながら俺の斜め後ろに隠れている。
「単刀直入にいこう。俺たちが勝ったら、東方への渡航許可と船を用意してもらう」
「いいわよ。その代わり、貴方が負けたら……」
リエルが長い指で俺を指差す。
「貴方は私のペット。一生、私の側でその『運』を使いなさい。もちろん、そこの生意気な元・飼い主もセットで召し上げてあげるわ」
「……上等です」
リリから殺気が漏れるが、俺は手で制した。
「勝負形式は?」
「シンプルにいきましょう。ワン・ゲーム・ポーカー。一発勝負よ」
リエルが指を鳴らすと、ディーラーが新しいカードを開封した。イカサマなしの新品。だが、そんなものは関係ない。彼女の【LUK:EX(固定)】がある限り、配られるカードは必然的に彼女に有利なものとなる。
「ディール」
カードが配られる。俺の手札は、バラバラの屑手。対するリエルは、カードを見もせずに伏せている。
「賭けるチップは、互いの『全財産』。……さあ、レイズする?」
リエルの余裕。俺は手札を交換する(ドロー)権利があるが、普通に引いても勝てる確率は万に一つもない。俺の【確率操作】で良いカードを引こうとしても、この空間自体がリエルの強運に支配されており、俺の干渉を弾いてしまうからだ。
盤面は完全に詰んでいる。
――常識的に考えれば、な。
「ドローの前に、少し席を詰めさせてもらっていいか?」
「あら? 愛する恋人とくっつきたいの?」
「いや。……ツキを変えたいんでな」
俺は後ろに控えていたティアの手を引き、強引に俺の右隣――リエルに近い席へと座らせた。
「ひゃっ!? ジ、ジン様!?」
「座ってろ。何もしなくていい」
俺はティアの肩を抱くようにして固定した。ティアは顔を真っ赤にして固まる。
「……何よそれ。ハーレム自慢?」
リエルが不機嫌そうに目を細める。
「さあな。……カード交換だ。5枚全部」
俺は手札を全て捨てた。ディーラーが新たなカードを配ろうとする。 その瞬間。
「あ、あのっ……くしゅんっ!」
ティアが盛大にくしゃみをした。その反動で、彼女の腕がテーブルに当たり、山札が崩れた。
「ああっ!? ご、ごめんなさい!」
ティアが慌てて山札を直そうと手を伸ばす。だが、その手が滑り、ディーラーの手元にあった水差しを倒した。水がテーブルに広がり、カードが濡れる。
「きゃあああ! み、水が!」
さらに慌てたティアが立ち上がろうとして、椅子の脚につまずき、テーブルクロスを巻き込んで転倒した。
ガラガラガッシャーン!!
一瞬でカオスと化したテーブル。チップは散乱し、カードは舞い散り、水浸しになったリエルのドレスにトランプが張り付く。
「な、な、なによこれぇぇぇ!?」
リエルが絶叫して立ち上がる。彼女の計算(確定した未来)には、こんなドタバタ劇は存在しなかったはずだ。完璧だったはずの「運命の歯車」に、ティアという名の「砂利」が入り込んだ瞬間だった。
「……計算不能発生」
俺はモノクル越しに、リエルのステータスを見た。 【LUK:EX(固定)】の文字が、激しく明滅し、ノイズが走っている。 ティアの【測定不能(乱高下)】の運気が干渉し、リエルの絶対的な強運を「バグらせて」いるのだ。
「ディーラー。カードが混ざった。配り直しだ」
俺は舞い散るカードの中から、一枚を拾い上げて言った。場の空気が変わった。 リエルの支配領域に、風穴が開いた。
「さあ、仕切り直しといこうか女王様。……ここからは、泥仕合(こっちの土俵)だ」
俺はニヤリと笑った。絶対的な王者の運と、制御不能なバグの運。二つの特異点がぶつかり合った混沌の中で、唯一「確率」を計算し、操れる軍師のターンが回ってきた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
くしゃみ、転倒、水こぼし。
ティアのドジが、絶対強運の未来を書き換えていきます。
これぞ「バグ利用」の極意。
次はいよいよ決着編。
トドメを刺すのは、あの「白い毛玉」です。




