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第41話:月下の攻防

 月明かりが照らす屋敷の前庭で、二つの怪物が激突した。


「オラァッ!!」


 グレンの丸太のような拳が空を裂く。 武器を失った彼だが、その肉体こそが最強の凶器だ。スキル【金剛皮】によって硬度を増した拳は、直撃すればドラゴンすら脳震盪を起こす威力を持つ。


 だが、対峙するアルスは動じない。 無造作に右腕――魔剣を振るうだけだ。


 ザシュッ。


「――ぐっ!?」


 グレンが苦悶の声を上げてバックステップを踏む。 彼の胸板に、深々と赤い線が刻まれていた。鋼鉄よりも硬いはずの皮膚が、まるで濡れた紙のように容易く切り裂かれている。


「バカな……俺の【金剛皮】だぞ!? オリハルコンの剣だって弾くんだぞ!?」


 グレンが驚愕に目を見開く。 物理防御力(VIT)Sランク。その絶対的な自信が揺らぐ。


「硬さなど関係ない」


 アルスが虚ろな瞳で呟く。 彼の右腕が蠢き、黒い刃が月光を吸い込んで禍々しく輝いた。


「切ると決めたら切れる。……それが『強欲』だ」


 魔剣・強欲グリード。 その能力の一つは『因果喰らい』。 対象の「硬い」という概念そのものを食らい尽くし、防御力をゼロとして計算する、理不尽な防御無視攻撃だ。


「チッ、相性が最悪だぜ……!」


 グレンが舌打ちをする。 彼は防御に特化したタンクだ。攻撃を受けて耐え、その隙に反撃するスタイル。だが、受ければ死ぬ攻撃を相手にしては、そのアドバンテージは完全に消滅する。


「終わりだ。邪魔者は消えろ」


 アルスが踏み込む。速い。 右腕が鞭のようにしなり、グレンの首を刈り取ろうと迫る。 回避は間に合わない。グレンは覚悟を決め、腕を犠牲にして首を守ろうとした。


 ――キィィィィィンッ!!!


 高周波のような金属音が、夜気を切り裂いた。


「……あ?」


 グレンが目を開ける。 彼の目の前で、アルスの魔剣が止められていた。 火花を散らして鍔迫り合いをしているのは、使い古された鉄の短剣と、鋭く輝くミスリルの短剣。 そして、銀色の髪をなびかせた小柄な背中。


「……人の留守宅で、暴れないでいただけますか」


 氷点下の声。 リリだ。 現場から全速力で駆け戻ってきた彼女が、間一髪で間に合ったのだ。


「リリの嬢ちゃん!」


「グレンさん、下がって回復を。……ここは私が引き受けます」


 リリが短剣を押し込み、アルスを弾き飛ばす。 アルスは数メートル後退し、着地と同時に体勢を整えた。その視線が、リリを捉える。


「……ああ、お前か。あの時の、ジンの金魚の糞が」


「気安く呼ばないでください、汚らわしい」


 リリは嫌悪感を隠そうともせず、殺気を叩きつける。 かつての仲間? そんな感傷は彼女にはない。あるのは、ジンを害そうとする敵への敵意だけだ。


「排除します」


 リリの姿がブレて消えた。 【AGI:SSS】の超高速機動。 音速を超えた踏み込みで、瞬時にアルスの背後を取る。


「遅い」


 リリの短剣がアルスの首筋に迫る。 決まった。誰もがそう思うタイミング。


 だが。


 ガギッ!


 アルスは振り向きもせず、背中から生えたかのように右腕をねじ曲げ、リリの一撃を正確に防いだ。


「……ッ!?」


 リリが驚愕し、即座に離脱する。 だが、アルスは追撃の手を緩めない。 リリが右に回れば右へ、左に跳べば左へ。 まるでリリが次にどこへ動くかを、あらかじめ知っているかのように先回りして刃を振るう。


「なぜ……!?」


 リリが焦りを滲ませる。 彼女の速度は、人間の動体視力で追えるレベルではない。かつてのアルスなら、目で追うことさえ不可能だったはずだ。 それなのに、今の彼は完璧に対応している。いや、「対応」ではない。「予知」に近い。


「無駄だ。お前の動きは、すべて『視えて』いる」


 アルスが右腕を掲げる。 手の甲に埋め込まれた骸骨の眼球が、ギョロリとリリを追尾していた。


 魔剣の能力『思考解析』。 対峙する敵の筋肉の動き、視線、魔力の流れを読み取り、数秒先の未来を予測する演算能力。 リリがどれほど速く動こうとも、その「始動」を読まれてしまえば、置き攻撃を合わせることは容易い。


「くっ……!」


 リリが攻めあぐねる。 近づけば動きを読まれ、防御無視の刃が飛んでくる。 遠距離戦に持ち込もうにも、リリの投擲ナイフはことごとく切り落とされる。


「どうした、そんなものか? 俺から奪った『運』があっても、実力差はどうにもならないようだな」


 アルスが嘲笑う。 その言葉に、リリの冷静さが揺らいだ。


「……ジン様から頂いた力を、侮辱しないでくださいッ!」


 リリが叫び、特攻を仕掛ける。 速度をさらに上げる。予測されても、それを上回る速度で動けばいい。 だが、その焦りこそが、古より戦士を葬ってきた魔剣の思う壺だった。


「単純だ」


 アルスの右腕が変形し、不規則な軌道を描いてリリの死角を襲う。 避けられない――!


「――リリ、右だ!」


 その時、鋭い声が戦場に響いた。 リリは思考するより早く、その声に従って体を右に倒した。


 ヒュンッ!!


 数本の髪の毛を散らしながら、黒い刃がリリの頬を掠めて空を切る。 間一髪の回避。


「ジ、ジン様……!」


 リリが着地し、声のした方を振り返る。 門のところに、息を切らせた俺が立っていた。


「……間に合ったか」


 俺は膝に手をつき、荒い呼吸を整えながら戦況を見渡した。 血を流すグレン。追い詰められたリリ。そして、異形の怪物と化したかつての同僚。


「やあ、アルス。随分と派手な変わり様だな」


 俺は皮肉混じりに笑いかけた。 だが、その目は笑っていない。 俺の大切な庭を荒らし、俺の大切な仲間に傷を負わせた。 その罪は、万死に値する。


「ジン……ジンンンンッ!!」


 アルスが俺の姿を認め、咆哮した。 その体から噴き出す憎悪の魔力が、夜気をビリビリと震わせる。


 役者は揃った。 月下の攻防は、ここからが本番だ。


お読みいただきありがとうございます。


物理無効&未来予知。

チート級の魔剣を手に入れた元勇者に対し、グレンとリリが粘りました。

特にグレンは、素手で魔剣を受け止めるという離れ業(ただの根性)を見せてくれましたね。


そして、ようやく真打ち登場です。

次回、ジンが「本気」になります。


本日も朝昼晩に更新予定です。

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